第23話 酒は心のガソリンです

 貴婦人との会談も終わると、外は少し日が傾いていて、日の傾きに付き合うように街の見せる顔が変わり始めている。


 割と時間を使ってしまったか。とりあえず三十三枚の金貨だけでは不便なので、どこかで使わせてもらおう。といっても不必要な物を買うのもなぁ。


 そうだ! 武器とか見に行くだけでもいってみよう。

 何か掘り出し物があるかもしれないから、明るい内に治安がギリギリなんとかなりそうな外側から見ていってみるか。中央につく頃には暗くなってちょうどいいだろう。


 剣と盾が描かれている看板の通りで、少し奥まで通りを進んでみる。

 進んでみると露店の人が少しファンキーになってきた。この辺まででいいか? 流石にこれ以上いって世紀末的な荒くれ者が出てこられても困るし。


 歩きながら見ていると剣や槍、手斧に弓、ナイフ……。両手剣のような長物、盾や兜、鎧の下半身だけの物なんてのもある。

 蚤の市にも似た空気だ、あちらこちらから値段交渉の声が街の喧噪に加わっていてとても賑々しい。

 冒険物のゲームや、ネトゲをやった事のある人間でこの空気に酔わない者はいないだろう。楽しくなってしまい、つい笑みを零してしまう。


「お?」

 刀身の綺麗な短剣がある。刃渡りもあまり長くなく、持ち手の所も握りやすいように加工されている。それに、鞘の出来がいい。

「お、兄さんそれ気に入ったかい? そいつは切れ味も中々のもんで、少しの手入れで済むからね、いい品だよ!」

 うちの料理班がいつもナイフ一本でなんとかしてるからな。

 手入れも少しでいいなら、欲しい。


「悩むなあ。これの切れ味もわからないから……、これいくら?」

「銀五十だ! 切れ味は保証するよ! かなりの掘り出し物だと思ってくれてもいいぞ!」

「高い、三十にしてくれ」


 ぶっちゃけ相場もわからないから、一気に吹っ掛けてみる。ダメならダメでいいし、気楽なもんだ。


 露店のおじさんは先程までの笑顔が途端に消え、感情が消えたように声のトーンも落ちてこちらに再度値段を言い直してきた。

「そりゃやりすぎだ、四十五までならみてやる」

「三十五、おじさんこれ買ってくれる人他にあんまりいないんじゃない? 武器としては物足りない刃の長さだし」


 ぐ、と少し呻くおじさん。

「よ、四十四枚!」

「四十二でお互い手打ちでどう?」


 おじさん、無表情から一転して一気に血色のいい顔色と溢れる感情がわかる表情になってくれたので、交渉は無事終わった。


「ありがとうね。じゃあこれ金貨一枚」

「くそ、もう来なくていいぞ! ほらよ銀貨五十八枚!」

 少し確認させてもらい、確かに。とおじさんに告げその場を離れる。


 これで少し細かいお金もできた。街の中央部にもかなり近づいてきて、一気に露店の数が減り、並ぶ店の様相も少し重厚に思える。


 俺は両開きのドアに剣がかけられている恐らく武器屋だろう店を選び、中に入ってみる。先程までの露店に並んでいた武器もそれなりの物だっただろうが、街の中央部に近い場所に店を構えるだけの品揃えだというのはすぐに感じ取れた。


 奥にはカウンター、そこに座る頭頂部の輝きが激しいおじさん。丸太のように太い首、張り裂けると言わんばかりの二の腕、顔にある傷。

 全てが職人気質という条件を満たすかのような風貌で、こちらに視線を向けている。


 とりあえず声を掛けた方がいいかな? 欲しい物がある訳でも、お金に自由がある訳でもない冷やかしには少し選ぶ店を失敗したかな。

 少し後悔をしていると、その頭頂部の輝きが激しいおじさんが口を開いた。

「らっしゃい」と大地に響くような声で挨拶をされたので、少し話をさせてもらうとしようか。


「少し武器を見させてもらいたいんですが。剣と槍、あとはナイフとか」

「おう、使うのはお前か? あんまり剣を使うような筋肉じゃねえが」

 彼は俺の体格を見て判断しているようだ。まぁ、そうだろうな。

 まだまだ仲間内最弱だし、ゴブリン一匹倒すのも死ぬような思いをしたし……。

「私もそうですが、仲間とかの物も見繕いたいです。なのでいくつか見せて貰えるとありがたいのですが」


 頭頂部の輝きが激しいおじさんはまず剣を何本か出してきた。

 剣や曲刀、ナイフ、細剣。多種多彩な剣の数々はどれも美しい刀身をしていて、目を見張る物だった。

「大体うちに置いてあるもんの売れ筋はここらだな。価格もそれなりだが質がいい。後悔はさせねえぞ」

 先程までの露店に並んでいる武器も美しいといえばそうだが、これらの武器は一味も二味も違う。この武器達はよく研磨もされていて、外の光を吸い込むように鈍い輝きはしっかりとした存在感を主張してくる。


「そうですね、とても魅力的です。ただ武器を選ぶ基準というのがピンとこないので、少し悩みますね」


 頭頂部の輝きが激しいおじさんは頭を一撫ですると、少し顔を顰めつつこちらに質問をしてきた。

「例えばどんな奴が使うのか、どんな奴が相手なのか。とかで変わるな」

「使うのは少し小柄な子ですね。相手はモンスターが殆どです。今までは曲刀のような物を使ってました」


 それなら、と頭頂部おじさんは剣と曲刀を強調するように少し動かした。

「曲刀を使い慣れてるならこのファルシオンでいい。ロングソードは両刃だからそこは注意だ。あとは重心が違うから、振りにも影響する。このショートソードも両刃だが短い分軽いし扱いやすい」

 そういうと男性はショートソードをカウンターに追加で置いてきた。


 武器はどれも欲しい、今はみんな使っている武器を大事にしているが、いつか壊れるのは明白だ。予備は多いに越したことはない。というより、ここで可能な限り新調したいのが本音ではある。


「モンスター相手ならこの三つでいいと思うぞ。切れ味も、刃の耐久度もいいからな。あとは直刀片刃のサーベルもオススメだな」


「これいくらくらいになりますかね?」

「ロングソードとファルシオンは金貨一枚に銀五十、ショートソードが一枚だ」


 た、たけえ! うう、武器は高いよなそりゃ……。

 ゴブリン達の分だけでもかなりの金額だな、ううむ。


「ちなみに、槍はいくらくらいになります?」

「こいつで金二枚。ナイフは近接用のが銀八十、投擲用のは一つ銀三十。まけねえぞ」


 くそ、先手打たれた!! この頭頂部の輝きが激しいおっさんのハーゲ!

 少し冷静になろう。このおっさんもしてやったり顔でニヤついてるのを視界に入れてはいけない。落ち着くのだ。


「実は、今日これらを買うつもりはないんです。というのも田舎の村から村の食料を買う為に来たので、最優先にお金を使うならまずそっちにして、余ったらこちらを買おうと思っていたので」

「おう、冷やかしだってのはわかってたよ。うちの商品に目もくれず俺の方を見てきたからな」


 相手の方が上手だったか。

 そりゃ経験が違うよね、伊達に街の中央付近の店じゃないってことか。


「すみません。話だけでも伺いたかったんです。まず食料を必要分確保してから出直します」

「あー、待て待て。お前食料を確保つったってそんな大量に用意できるところなんて限られてんぞ。どんくらい量が欲しいんだよ?」

 男性は先程見せた頭を撫でる仕草をしながら、こちらに問いかけてきた。

「そうですね、百人が季節を一つ越せるくらいあれば、まずはいいかなと思います」

「あー、それなら食材扱ってる通りの店で、バーニーって奴の店に行け。そこなら安く大量に卸してくれるぞ。お前みたいな奴相手に商売よくしてるから満足行く量が手に入る筈だ」


 なんだよこのハ……、頭頂部の輝きが激しいナイスガイ。

 そんな情報くれるなんていい人じゃないか!


「なんでそんな事を教えてくれるんですか?」

「ああ? お前がそこで安く仕入れて余った金を俺のとこで使うだろ? 武器も気に入ってたみたいだからな。それにバーニーにも客斡旋してやったんだ、恩が売れて俺が得をするだろう」


 ハッハッハ!! と豪快に笑うハゲ。

 しかし、抜け目ないな。ここまでされたら、確かにこの店で武器を買いたくなるし、先程俺が武器に見惚れていたのも見逃さないとは。伊達に商人の街じゃないな。

 この街怖すぎんだろ。


「わかりました。今日は帰りますが、次来た時は買わせてもらいます。ありがとうございました」

 おう、と返してくる腕を組んだハゲに頭を下げ、店を出る。

 かなり日も落ちてきた。今日のところは帰るか。


 今日一日でも結構な収穫だったし、運がよかった。行く店行く店で人伝に評判のいい店を聞いて回れたのが大きいな。


 わらしべ長者のようだ。

 と、なると最初にワラと蜜柑を交換してくれた人のポジションである宿屋の子にお土産を持っていくとするか。

 先程見る暇のなかった飲食通りの屋台を見ながら、おいしそうな焼き菓子の店でプレゼント用にいくつか、自分用にいくつか見繕ってもらった。


 全部で銀貨一枚とは……。甘いもの高いな。

 砂糖やハチミツなのかな、それともこの世界特有の甘い物の調味料があるのかな?

 一つ袋から出し、頬張ってみる。

 舌の上に広がる甘味、鼻を抜ける果物の香り。久々に食べる甘い物は少し感動するものがあるな。しかもあまり経験のない甘味だ。

 ハチミツにも似た甘さだ、とても口当たりがいい。スライム君へのお土産にしたいな、この調味料。

 少し甘さに酔いしれつつ、屋台のおじさんにバーニーという人の商店の場所を聞いておく。


 中央から少し離れた場所に立派な店構えを確認したので、場所も大丈夫だ。

 今日はもう行かないが、明日は早々に来るとしよう。


 日も暮れ、街の街灯が灯り始めた頃に宿に戻り、受付の子にお土産を渡す。

 彼女は本当にもらえると思っていなかったようで、小さな体を跳ねるようにして喜んでいた。

「あまり量はないけどね。おかげでいい取引ができたよ。ありがとう」

「どういたしまして! それでどうする? 食事の時間にもできるし、お湯の準備もできるよ!」


 ああ、街に来てまだちゃんとした食事をしてないか。

 そういえばお腹もかなり減った。お菓子とネリボーだけでは、スライム君によって拡張した胃袋が満足する訳もない。


「先に食事にさせてもらいたいな、お湯は後でいいよ」

「はい! じゃあ荷物を置いて、鍵を掛けたらそこの食堂に降りてきてね!」


 ありがとうと伝え、部屋に戻る。マントやバッグを置いて、少し身軽になると気も落ち着いてくる。結構疲れてるな、身体的にじゃなく精神的に。今日はゆっくりと休めそうだ。


 食堂に来て案内された席で、客同士が楽し気に話している中を駆け回る受付の子。そんな周囲が織り成す賑やかな空間を楽しんでいると目の前に料理が運ばれてくる。

 肉料理、野菜の炒めた物、色鮮やかな具で彩られたスープ。昼にも軽く飲んだが、少しブラウンに寄っている色をしたエール。

 パンも焼きたてなのか、目の前に並べられた途端に鼻孔を擽る香り。


 いただきますと心で想い、スープから手を付ける。

 よく煮込まれたクリームスープと柔らかい具材でおいしいのだが、何故だろう少し物足りないような……? 肉もそう、何故かうまい! という衝撃には見舞われなかった。

 この中だと野菜を炒めた物が一番いい。シャキシャキとした野菜独自の歯ごたえ、スパイスの効いた味付け、スープにも肉にも合うような料理だ。

 野菜ってこんなに美味かったっけ。と最後に野菜らしい野菜を食べたのもかなり前だった事を思い出した。


 多分肉もスープも、スライム君の料理で舌が肥えてるんだろう。

 ここの料理もおいしいのだが、スライム君はあの環境で常においしい物を出している。いつか彼の全力の料理を作ってもらいたい、確実においしいのはわかる。どこまで美味い料理になるのだろう。


 

 ……みんな大丈夫かな? 食堂全体が賑やかな分、少し寂しい気持ちになる。

 いかん年かな。

 遊びにきている訳でも、感傷に浸っている場合でもない。気を引き締め直して明日からまた頑張らねば。


 恙なく食事は終わったが酒はもう少し頂いておく。贅沢は敵だが、久々に飲むとやはりクる物があるのがまた楽しい。


 そんな中、近くの席の男性たちが酒を片手に世間話をしている。

 世界情勢の話から、この街の噂話までこの手の話の終着点はないのだろう。


「でもよ、この街はまだいいよな。『神の加護』で守られてるから攻め込まれる余地はねえし。聖王国や帝国は武力に『加護』を使ってるんだろ? 危なくねえのかな」

 おっと、これは聞き逃せない情報だな。


 もう一人の男性も、木製のジョッキを一度傾け中身を煽り終わるとその話に繋げていった。

「いや、あそこらへんの国はそれこそ武力で解決してるからな。先の戦争でおっんだ勇者の次をもう育成中らしいぜ? よくやるよなあ」


 神の加護ね、と俺はチラリと右手に目をやり、腕輪を見た。あの神の体に突き刺さってたものがソレなら、随分と凄惨な加護もあったもんだ。


「魔族にもかなり被害が出たっていうあの戦争も、半分くらいは逃げられたって聞いたぜ? やるなら早くやっちまってほしいよ」

「そうだよなあ。行商やってる身としちゃ、戦争でピリピリしてる国が多いからとっととなんとかして欲しいよ。まぁ言うだけの身分は簡単でいいけどな」


 話をいくつか聞いていると、やはり先の戦争での被害は人間側も相当な物だったらしい。どの国もまだ攻め込むような余裕もなさそうだ。

 そして神の加護は街の護りを司ったり、力を授けたりと様々あるみたいだな。


 腕輪に実装しておいてくれよその利便性……。

 久々に酒も飲めたし、いい話も聞けた。女の子に「ご馳走様」と伝えて、お湯を頼んでおく。


 部屋に戻りすぐにお湯が届けられたので、布を使い体を拭き顔を洗う。

 お酒が入ったからかな、眠気が強くなってきたのでそのままベッドに倒れ込むように横になる。


 久々に寝具らしい物で寝られるな……。

 ふうと体の底から息を出すようにしていると、瞼が重くなり始める。


「明日はまず食料を買いに行って……、時間が余ったら、何しようかな……」


 そうだ、必要な物は多いんだしそれらを集めていかないとな。

 そう考えていたら気づくと俺は眠りに落ちていた。


 久々のベッドでの睡眠はやはり素晴らしいもので。


 ――朝に宿の看板娘が声を掛けてくるまで睡眠から覚めることはなかった。

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