告知
チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS:Child Life Specialist)というお仕事があります。医療環境にある子どもとその家族に、心理社会的支援を提供する専門職の方です。病気の体験を子どもが上手に乗り越えて行くことが出来るように、心のケアをしてくださる方々、と言ったら分かりやすいでしょうか。
我々の場合は、息子への病気の告知に同席し、説明の仕方を考えていただきました。
告知。
そうなのです。主治医のY医師は、息子本人へ病気の告知をする時間を用意して下さいました。6歳という年齢を考えると、本人への告知の機会を設ける事は、余りないそうです。成長と共に、段階的に伝えて行き、理解を深めて行く様に仕向ける事が多い、と聞きました。しかし、Y医師は、
「おそらく、彼なら理解する事が出来ると思いますし、かなりの部分で既に理解していると思います」
と話しました。検査結果の読み取り方を熱心に調べる様や、自分の身体の状態を試行錯誤する姿等から判断されたそうです。理解が深ければ、何も話さない事は、それ自体が不信感に繋がる、と言いました。それは息子の将来の精神衛生にはマイナスだ、と。
思えば、息子の治療に従事して頂いた医療者の方々は、常に息子の将来を見て、話をしていた様に思います。我々では到底想像や期待さえする事の出来なくなった将来、未来の姿を、はっきりと、それも輝かしい形に導く話を、いつもされていました。そんな方々に励まされる時間があったからこそ、いまのわたし達は前向きに生きる事が出来ているのだろうと思います。
大人のがんでも同じですが、がんは、治療が終わったからと言って、それで終わりになる病気ではありません。息子の場合も、完治の診断を頂けるのは、再発や転移が見付からずに行くことが出来れば5年後です。さらにそれ以降も、注意深く見守っていく必要があります。つまり、医療環境とは切っても切れない状態が、将来に渡って長く続く事になります。そこに必要になるのは、何よりも本人の病気に対する理解と、医療環境に対する信頼感でした。Y医師はそれに応えようとしている様で、本人への告知の提案を、わたしは素直に受け、息子にもどうしたいか、先生から話を聞きたいかを訊ねました。息子は即答で、聞きたい、と返し、この告知を了解したのでした。
当日は主治医とプライマリーナース(担当看護師)とチャイルド・ライフ・スペシャリストの方が息子の病室を訪れ、妻も同席して、およそ30分程の説明だったそうです。
残念ながら、わたしは仕事があり、同席する事が出来ませんでしたが、妻が動画撮影をして残しておいてくれたので、それを後で見ました。CLSの方が用意した、手書きの絵とパネルを用い、Y医師も一言一言、息子に分かる言葉を選びながら話して下さっている様子でした。
ストレートな病名は避けましたが、悪性リンパ腫の事。下肢が思う様に動かせず、排泄の感覚も鈍い事。何が息子の身体で起こっているのかを、ひとつひとつ伝えて行きました。神経を「頭で考えた事を伝える道路」と表現し、圧迫され、麻痺が残った状態を「バイ菌が道路を崩して、治りづらくなっている」と表現して説明していました。
30分という時間は、子どもが話を聞くには長い時間ですが、息子は真剣に、時にはY医師に質問しながら聞いていました。手元には、どうやらおやつがあったようですが、食べる様子もなく、ただひたすら、何かを吸収する様に聞き入っていました。
実際、この時どこまで理解出来ていたかは分かりません。しかし、全て話を聞き終わった後、息子がY医師にこう言ったそうです。
「取り戻す」
それは、息子の決意表明だったのかもしれません。Y医師も、彼なら本当に、どんなに困難でも、その全てを覆してしまうのではないか、そう思ってしまいます、とわたしに話していました。
後日、病室で、この日の事を息子から聞きました。息子は得意気に自分の身体で何が起こっているのかを、わたしに教えてくれました。そして、最後に、
「聞けて良かった」
と話していました。きっと、息子の意識の中で、某かの化学反応があった瞬間だったのではないかと、いまでも思っています。横顔が、眼差しが、その日から大人びた様に、わたしは思っています。
前向きな息子、と簡単に言ってしまえばそれまでですが、多分、息子に関わる様々な人達が、真摯で、前向きだからこそ、息子は前向きに生きていく事を決意を出来たのだと思います。それはいまも続いていて、息子は全てを取り戻す道の上にいます。
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