3‐19.逆襲(side 悠真)

 手錠を嵌められた不自由な手首をひねって悠真は腕時計を見た。午後7時34分。

ここに連れて来られたのが午後2時、時間差で4時過ぎに亮が、6時半頃に隼人が同じく手錠を嵌められた状態でここに連れて来られた。


隼人が到着してすでに1時間が経過する。監視役の六人は一向に拉致した目的を語らない。晴が揃うまでは目的を言わないつもりのようだ。


 冷房の効いた室内では所望すればペットボトルの水を与えられ、奥にあるトイレにも行かせてもらえる。ずいぶん丁重なおもてなしの監禁だった。


 六人の監視役のうち、四人が先ほど外に出ていった。今部屋にいる男は二人。

ひとりは悠真達とは向かいの位置にあるパイプ椅子に座って簡素な机に置いたノートパソコンのキーを叩いている。眼鏡をかけたひょろ長いインテリタイプだ。

もうひとりは出入り口付近の壁にもたれて立っているがっしりとした体格のいい男。

この二人さえ倒せれば……。


 悠真は男達に気付かれないように肩で隣の隼人の肩を軽く押し、隼人とその向こうにいる亮に目配せする。三人はわずかに顔を寄せ合った。


『俺が合図したら二人であっちの奴を抑えろ』


悠真が二人にしか聞こえない声で計画を呟き、隼人と亮が同意する。三人共このまま監禁され続けるつもりは毛頭ない。


『トイレ行きたいんだけど』


 まず悠真が眼鏡のインテリタイプの男に話しかけた。奥のトイレに行く時も手錠を嵌められたまま後ろから男がついてきた。今回もおそらく同じ行動パターンだ。


 眼鏡の男が面倒くさそうに立ち上がって悠真に近付く。悠真も椅子から立って一歩、二歩と足を進めた。眼鏡の男が背後にぴたりと張り付く。

悠真が隼人達に軽く頷く。悠真、隼人、亮の視線が交わり無言の合図となった。


 振り向き様に悠真が眼鏡の男の顔めがけて回し蹴りを一発入れる。男の眼鏡が派手な音を立てて床に落ち、ガラスが割れた。男は顔を押さえてうずくまった。


 悠真の攻撃と同時に隼人と亮が動く。隼人の横蹴りがもうひとりの男の腹部に命中し、姿勢を低くした亮の払い蹴りで巨漢は地面に伏した。

隼人と亮は幼なじみだけあって息がぴったりのコンビネーションだ。


手錠をかけられて手が使えないなら脚を使え、細かな打ち合わせをしなくとも三人の意思は通じていた。


 悠真はさらに男の腹部を一撃して奴の体を壁に押し付ける。手錠の嵌まる不自由な両手で男の両腕を後ろ手に拘束した。


『手錠の鍵を出せ』

『……俺は持ってない』

『嘘つけ。正直に言え』

『本当だ。本当に鍵は持ってない』


男は腕を捻り上げられて苦しげに喘ぐ。悠真は隼人達が押さ付けている巨漢の方を見た。


『そっちの奴も鍵は持ってないのか?』


地面にねじ伏せられた巨漢の上には隼人と亮が体重をかけてのしかかっている。男も顔をひきつらせて頷いた。

悠真は舌打ちして男達を交互に見た。


『お前らの目的は? 誰の命令で動いてる?』

『俺はただあんた達を連れて来て監視するよう言われただけだ』


かすれた声で巨漢が呟いた。


『だからそれは誰の命令だって聞いてんだよ。お前らに命令してる奴の名前を言え』


隼人の口調も刺々しい。悠真も隼人も亮もかなり苛立っていた。


『俺達は雇われただけだから詳しいことは……』

『ならその雇い主の名前は? 知らないはずないよな?』

『相澤……って男だ』


悠真が拘束する男が呟いた。悠真も、隼人も亮も首を傾げる。


『相澤って誰だ?』

『苗字だけじゃわかんねぇよ。フルネームは?』

『相澤直輝……相澤グループの社長の息子だ』


 今度は隼人達に取り押さえられている巨漢が口を開いた。悠真は相澤グループの名には聞き覚えがある。


(相澤グループって電子機器メーカーの大元だよな? そのグループの息子がなぜ俺達を拉致する?)


 扉の蝶番ちょうつがいが軋む音がした。悠真は晴が連れられて来たのかと思った。もしそうなら他の監視役の男達も一緒に来てしまう。

隼人も亮も二人がかりで巨漢を押さえつけている。この状況で他の人間を相手にするのは分が悪い。


(喧嘩負けなしの晴を合わせればなんとかなるか……)


 足音が近付き、冷や汗が悠真の背中を流れた。しかし足音と共に聞こえてきたのは悠真の想定外の拍手の音。


『さすがですね。面白いものが見れて楽しませてもらいました』


 足音と拍手、そしてこちらの神経を逆撫でするような上から目線の男の声。ひょろりとした体躯の若い男が薄暗い廊下を通って部屋に入ってきた。


 男はベージュのサマーニットにジーンズ。服装はラフだが粗末には見えない。着ているニットやジーンズは上等なブランドの商品だろう。

金色の時計を嵌めた左手でこれ見よがしに髪を撫で付け、彼は順に悠真達を見た。


『えーっと……そちらから高園悠真さん、木村隼人さん、渡辺亮さん……で合っていますよね?』


彼は悠真、隼人、亮の名前を正確に言い当てた。ねじ伏せた監視役の男を拘束したまま悠真が身動ぎする。


『あなたが相澤直輝さん?』

『そう。僕が相澤直輝です。皆さんはじめまして』


 相澤直輝は先ほどの格闘で床に倒れたパイプ椅子を部屋の中央に置き、腰かけた。


『とりあえずそこの二人を離してあげて欲しいな。君達も事情を知りたいでしょう? まずは落ち着いて話をしましょう』

『俺達をここに集めた理由を話してくれるんだな?』

『ええ。ですから乱暴な真似は止めてビジネスライクに話を進めましょう?』


悠真は隼人と亮と目を合わせる。三人の意志疎通はできた。ここは相澤の言う通りビジネスライクに進めるのが得策だ。


 悠真達に拘束を解かれた男達は体の痛みを堪えて相澤の隣に立った。


『お前達はもういい。車で待機してろ』

『はい』


相澤の指示で二人の男が部屋を出る。静まり返る室内で相澤が優雅に片手を差し出した。


『君達も座ってください。座り心地の悪い椅子で申し訳ありませんが我慢してくださいね』


 相澤に促されて悠真達は渋々パイプ椅子に腰かけた。長方形の殺風景な室内で壁際に置かれた四つの椅子に悠真、隼人、亮の並びで座る。空席はひとつ。その椅子は晴の席のようだ。


『まずはお礼を申し上げなければいけませんね。貴重な夏休みの最中にわざわざこんな場所までご足労いただき恐縮です』

『そりゃあ、一緒に来ないと仲間がどうなるかわからないって脅し文句言われたら行くしかないだろ』


 亮が呆れた顔で溜息をつく。悠真も同じような脅し文句を言われて車に乗せられた。

相澤は悠長に笑っていた。


『それは申し訳ない。君達をここに連れて来た彼らには多少手荒な扱いをしてでも必ず連れて来るよう指示していたものですから』

『なぁ、あんた部屋に来た時にって言ったよな。それってここにいる俺達をどこかで見てたってこと?』


悠真も気にしていた件を隼人が聞いた。相澤は手で顎をさすって頷く。


『ああ、あれね。君達の素晴らしい連携プレーは面白かったですよ。この部屋にはいくつかカメラが仕掛けてあってね。僕は別の場所でここの映像を見ていました』


 そんなことだろうとは思っていた。悠真が本題を切り出す。


『それで相澤さん。あなたの目的は?』

『目的ねぇ。こちらにも色々と込み入った事情がありましてどれから話そうかな。の目的を言うなら、僕は君達に興味がある』


 僕のみ、と含みを持たせた表現も気にかかるが、三人は異口同音に『は?』と返した。

興味があると言われると、嫌でもの趣味の想像をしてしまう。


『勘違いしないでくれよ。興味があると言うのはセクシュアルな意味ではない。僕の性的嗜好は女性のみだ。安心していいよ』


三人の反応を見て相澤は大袈裟に片手を振って苦笑する。


『君達のことを調べさせてもらったよ。一般の高校生にしては言動が研ぎ澄まされていて興味深い。高園さん、あなたのお父上はあのemperorの元ボーカリストですよね。あなた自身も緒方さんや弟さんとバンドを組んで音楽活動をしていらっしゃる』

『父の素性は世間には知られていないはずですが、どこでそのことを?』

『僕はあらゆる業界にコネクションがある。これくらいの情報は容易に手に入ります』


大方、金持ちのコネクションだろう。

相澤は脚を組んで不敵に微笑んでいる。いちいち言動が気に障る男だ。


 数人の足音が聞こえ、扉が開かれた。相澤が顔だけを出入り口に向ける。


『最後のひとりが揃いましたね』


最後のひとり。つまり……

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