4.ふたりと、ひとり
季節は10月。長袖のセーラー服に身を包んだ麻衣子は秋の香りの漂う帰り道を友人の真理と歩いていた。
「理科のプリントたるいなぁー。元素記号なんか覚えなくても人生、生きていけるっつーの!」
真理の憂鬱なぼやきで麻衣子は宿題として渡された理科のプリントを教室に忘れてきたことに気付いた。真理には先に帰ってもらい、麻衣子は急いで学校に戻る。
3年5組のプレートがかかる教室が麻衣子のクラス。教室の扉を開けようとした時に手が止まる。扉の上部にある窓から教室の様子が見えた。
生徒が帰った後の誰もいないはずの教室に二人の人影がある。
窓からは机の上に乗っている男子生徒の横顔が見えた。
麻衣子には横顔だけでその男子生徒が隼人だとわかった。隼人の隣には山崎沙耶香が立っていて、隼人は沙耶香の腰に手を回している。
隼人が沙耶香の耳元で何かを囁き、沙耶香は嬉しそうに笑っている。また…麻衣子の知らない隼人の顔だ。
二人はキスをしていた。
胸の奥が張り裂けそうに痛い。あそこにいるのは麻衣子の知る隼人じゃない。
沙耶香が隼人に抱きつき、隼人が彼女を抱き締める。隼人が沙耶香を抱き締めた時に廊下側に顔を向けた。
麻衣子と隼人の目が合った。教室にいる彼から麻衣子の顔が見えていたのかはわからない。
でもほんの数秒間、麻衣子と隼人の視線は交わっていた。
いたたまれなくなった麻衣子は教室を離れて階段を駆け降りた。
*
沙耶香を抱き締めていた隼人は彼女を離してしばし無言で教室の扉を見つめていた。
(廊下にいた奴、麻衣子に似てたな)
もしもあれが麻衣子だったとして、彼女はどうしてこんな時間に教室に来たのだろう?
「隼人? どうしたの?」
『……なんでもない』
沙耶香にはそう答えつつ、隼人は教卓の上の座席表で麻衣子の座席を確認した。
麻衣子の席は廊下から三列目の前から四番目…
隼人は麻衣子の席の前に立ち、椅子を引いて机の中身を確認した。人の机の中を漁ることに躊躇いはあるが、ここは幼なじみ特権で許してもらおう。
「何してるの?」
『探し物』
「探し物って……そこ、加藤さんの席だよ?」
『わかってる』
隼人はすぐに目当ての物を見つけた。机の中には理科の宿題として出された元素記号のプリントが入っている。
『沙耶香のクラスって明日理科ある?』
「あるけど……」
元素記号のプリントは隼人のクラスでは今日が提出日だった。麻衣子のクラスでは明日が提出日のようだ。
『帰るぞ』
「……うん?」
隼人は麻衣子の宿題のプリントをカバンにしまい、沙耶香を促して教室を出た。
(麻衣子はもう帰っちまったかな……)
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