第5話 転校初日
メタモルフォーゼ・5・転校初日
美優って名前は、あんたが女の子だったら付けようと思っていたんだよ。
昨日、帰りの電車の中で、お母さんがしみじみと言った。
半分は同様にしみじみとし、半分はいい加減だと感じた。
ウチの女姉妹は、上から留美、美麗、麗美。これに美優ときたらまるで尻取りだ。
「一字ずつで、みんなが繋がってるだろ。いつまでも仲の良い姉妹でいてほしくてさ」
「あのう……」
「うん?」
「なんでもない……」
あたしは(受売神社にお参りしてから、一人称が『あたし』になった)単に呼びやすいからだろうと思った。でも車内にいる受売高校の男子が、こっちを意識しながらヒソヒソ言っているので、視線を除けて俯いてしまった。
帰りに、当面の衣料とノートを買った。教科書は転校した優香が未使用のまま学校に置いていった奴を、指定されたロッカーに入れてある。体操服はネームが入っているので、業者に発注した。明日は体育が無いので、ノープロブレム。
家に帰ると、あたしの女性化にいっそうの磨きがかかったので、三人の姉にオモチャにされた。
四回ヘアースタイルを変えられ、けっきょくは元のポニーテールがいいということになり、ルミネエとミレネエがメイクしようと言って迫ってきたが、高三のレミネエが、取りあえずリップの塗り方だけでいいということで収まった。
「お母さん、ミユのブラ、サイズ合ってないよ」
どうやら、あたしはレミネエより発育が良さそうだ。
「ね、今度の休みにさ、四姉妹で買い物にいこうよ」
お母さんが買ってくれたのは、取りあえずだったので、キチンとしたのを買おうということで話がついた。
さっそくネットで検索したりでおおさわぎ。
トドメは、お風呂に入るときのむだ毛処理。いくら姉妹でも屈辱的!
朝は、自分でブラッシング、キッチンで新品の弁当箱を渡された。食器棚に収められた進二時代の弁当箱が、なんだか抜け殻のように思えた。
制服は、優香の保科の苗字が、渡辺に変えられていた。
「ええ、ご家庭のご都合で、今日からうちのクラスの仲間になる渡辺美優さんです。みんなよろしくな」
ウッスンが、紹介してくれて教壇に。
みんなの視線を感じる。みんな知った顔なのに発しているオーラがまるで違うので、とまどった。女子の大半は頭の中で点数を付け、男子は女子のランキングを考えている顔だった。
「渡辺美優です。二学期の途中からですけど、よろしくお願いします」
パチパチパチパチパチパチ
短い挨拶だったけど、反響は凄かった。この学校に入って、こんなに拍手してもらったことは初めてだ。
席は、昨日までの進二のそれ。窓側の前から三番目を指示された。
進二の転校がウッスンから簡単に説明されたが、これには誰も反応しない。ちょっと寂しいってか、進二が可愛そうになった……進二を客体化している自分にも驚いた。
進二は、成績は中の上、授業はノートをきっちりとる程度。で、試験前にちょこっとやってホドホドの成績。ノートを書いて驚いた。字が完全に女の筆跡で、たいていの女子がそうであるように、字がきれい。教科書の図版を見ていろいろ想像している自分にも驚いた。
例えば、日本史で元寇を見ていると、鎌倉武士の鎧甲(よろいかぶと)の美しさに目を奪われ、資料集の鎧の威し方の違いをメモったりする。紫裾濃(むらさきすそご)なんてオシャレだなあと思う。ワンピでこの配色なら、相当日本的な女子力が無いと着こなせないと感じる。
現代国語の宮沢賢治では挿絵の『畑にいます』という賢治のメモを見て、淡々と春の東北の景色を感じてしまう。あたしって空想家なんだなあと感心したりする。
授業に来る先生のほとんどが呼名点呼で、あたしの姿に驚くのはサゲサゲだった。職員朝礼で、あたしの「転校」の話は出ているはずなのに、みんなろくに聞いていないんだ。
トイレは気を付けていたので男子トイレに行くような失敗は無かった。しかし、休み時間の女子トイレが、こんなに騒がしいとは思わなかった。
でも、クラスで一番美人の仲間美紀にトイレで声を掛けられたのには驚いた。今まで、口をきいたことがない。噂では中学のときAKBの試験を受け「美人過ぎる」ことで落ちたらしい。
「お昼、いっしょに食べよう」
ということで、昼は仲間美紀を筆頭に町井由美、勝呂帆真の美人三人組といっしょにお弁当を開いた。これで、あたしの女子の序列がハイソになったことを周りの視線と共に意識した。
――二年A組、渡辺美優さん、保健室まで来て下さい――
「失礼します」
保健室に入ると、三島先生がにこやかに出迎えてくれた。
「保健の記録書書かなきゃならないから、ちょっと計らせて」
で、上着を脱いだだけで、身長、座高、体重、視力、聴力の測定をした。
「これ、既往症とか、子どものころの疾患、アレルギーとかあったら家で書いてきて。うん、それだけ……あ、困ったことがあったらいつでも来てね」
三島先生がウィンクした。三島先生は分かってくれている。先生の味方ができたのは嬉しかった。
放課後は、自然に部室に足が向いた。で、部室は閉まっていた。
「あたしって、何してんだろう……」
そう思いながら、職員室の秋元康先生のところに足が向いた。
「秋元先生、二年A組の渡辺です。演劇部に入りたいんです」
自分ではない自分が喋った。
「演劇部、昨日で解散したよ」
「え……?」
と、言ったわりには驚いていない。
「浅間って男子が転校。君と入れ違いの男子、目立たないやつだったけど、クラブの要だったんだな。みんな……一年の杉村って男子は残ってるけど、辞めちまった。一人じゃなあ……」
「あたしが入ったら二人になります。やりたい本があるんです」
え、なに言ってんだろ!?
「『ダウンロード』って一人芝居があります。これならやれます、もう台詞も入ってますし」
あたしは、こうして急遽演劇部に入ることになった。
で、気がついた。『ダウンロード』は優香がやりたがっていた芝居だった……。
つづく
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