第2話 歩いて帰る!
メタモルフォーゼ
2・歩いて帰る!
幸い秋の日はつるべ落とし。駅までは気にせずに歩けた。
でも、駅の明るい照明が見えてくると足がすくんだ。女装の男子高校生なんて、へたすれば変態扱いで通報されるかもしれない。
それよりも、このラッシュ時、満員のエスカレーター、ホーム、車両。ただでも人間関係を超えた距離で人が接する。絶対バレる!
家の最寄り駅まで三駅。歩けば一時間近くかかる……。
でも、オレは歩くことにした。
近くに、このあたりの地名の元になった受売(うずめ)神社がある。その境内を通れば百メートルほど近道になる。鳥居を潜って拝殿の脇を通れば人目にもつかない。
あ……!
石畳の僅かな段差に躓いて転倒してしまった。
「気いつけや……」
「すみません」
とっさの事に返事したが、まわりに人の気配は無く、常夜灯だけが細々と点いていた。幻聴だったのか……こういうことには気の弱いオレは真っ直ぐ神社を駆け抜けた。
神社を抜けると、このあたりの旧集落。そして団地を抜けると人通りの多い隣り駅に続く。カーブミラーや店のショ-ウィンドウに映る自分をチラ見して、なるべく女子高生に見えるようにして歩いた。
演劇部なので、基礎練習で歩き方の練習がある。その中に女の歩き方というのがある。
全ての女性に当てはまるわけではないけど、一般に一本の線を踏むように歩く。足先は少し開くぐらいで、歩幅が広いほどハツラツとして明るい女性に見える。思わず春の講習会のワークショップを思い出し、それをやってみる。スピードは速いけど人目に付く。
かといって、縮こまって歩くと逆の意味で目立ってしまう。
役の典型化という言葉が頭に浮かぶ。その役に最も相応しい身のこなしや、歩き方、しゃべり方等を言う。今は一人で歩いているので、歩き方だけに気を付ける。過不足のない歩幅、つま先の角度。胸は少しだけ張って、五十メートルほど先を見て歩く。一駅過ぎたあたりで、なんとなく感じが掴めた。二駅目では、そう意識しないでも女らしく歩いている自分をおかしく感じる。
スカートの中で内股が擦れ合う感覚というのは発見だった。
女というのは、こんなふうに、いつも自分を感じながらってか、意識しながら生きてるんだ。
クラブの女子や、三人の姉の基本的に自己中な生き方が少し理解出来たような気がした。
「ヒヤーーー!」
思わず裏声で悲鳴が出た。
通りすがりの自転車のオッサンが、お尻を撫でていった。無性に腹が立って追いかける。
オッサンは、まさか中身が男子で、追いかけてくるとは思わなかったんだろう。急にスピードを上げ始めた。
「待てえええええええ!」
裏返った声のまま叫んだ。オッサンはハンドルがふらついて転倒した。
「ざまー見ろ!」
「怖え女子高生だな……イテテ」
オッサンは少し怪我をしたようだけど、自業自得。気味が良かった。ヨッコや姉ちゃんたちの嗜虐性が分かったような気がした。
やっと三つ目の最寄りの駅が見えてきた。尻撫でのオッサンを凹ましたことと、ウォーキングハイで、なんだか気持ちが高揚してきた。
最寄りの駅は、準急が止まるのでそれなりの駅前の規模がある。人や車の行き来も頻繁。ここはサッサと行ってしまわなくっちゃ。そう思って駅に近づくと、中央分離帯で大きな荷物を持ってへばっているオバアチャンが目についた。信号が変わって、荷物を持とうとするんだけど、気力体力ともに尽きたのか動くのを諦めてしまった。こんな町でも小都会、この程度のお年寄りの不幸には見向きもしない……って、普段の自分もそうかもしれないが、駅前全体が見えている自分には、オバアチャンの不幸が際だって見えてしまう。
「オバアチャン、向こうに渡るのよね?」
「え、ああ、そうなんだけど……」
しまった、オバアチャンが至近距離で自分のことを見てる……ええい、乗りかかった船。オバアチャンの荷物を持って手を引いた。
「どうもありがとう。タクシーが反対方向なもんでね」
「あ、そうなんだ」
タクシーはすぐに来た。で、タクシーに乗りながらオバアチャンが言った。
「ありがとねえ、あんたならAKBのセンターが勤まるわよ!」
AKBのセンター……矢作萌夏か!?
まあ、オバアチャン一人バレても仕方ない。感謝もしてくれたんだし。
そして、早くも身に付いた女子高生歩きで我が家に向かった。
で、我が家の玄関。
せめてウィッグぐらいは取らなきゃな。カチューシャ外してウィッグを掴むと……痛い。まるで地毛だ。
「……進二の学校の子?」
上の留美アネキが会社帰りの姿で近寄ってきた……。
つづく
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