第68話 ヤブヘビ
翌日も幹太が朝から倉庫へと行ってしまった為、アンナ、由紀、ソフィアの三人は暇を持て余していた。
「よく考えたら私、この王都をゆっくり見て回ったことがない…」
と、ボケ〜っと外を眺めていた由紀が何気なく言った。
「私もゆっくり見たのは市場ぐらいです〜」
テーブルでお茶を飲んでいたソフィアも頬に手を当ててそう言う。
「…確かにそうですね」
そう言われてみれば、アンナはこの町に戻ってから由紀やソフィアを中央市場以外に連れて行った記憶がない。
市場以外の場所に姫屋の屋台を出店したことはあったが、それでは町を案内した事にならないだろう。
「シャノン、今日は…」
アンナは少し考えて、隣に立つシャノンの方を見た。
「いいと思いますよ。今日は私もご一緒できます」
アンナも含めた女性四人で町に出るならば、護衛のシャノンがいた方が都合が良い。
「それでは今日は四人でブリッケンリッジを散策しましょう♪」
「わーい♪やったね、ソフィアさん♪」
「はい〜♪」
そうして本日の予定は決まり、四人はそれぞれ準備のため、自室へと戻った。
「由紀さんたち…遅いですね」
「まぁまぁシャノン♪ゆっくり待ちましょう♪」
それから数十分後、シャノンとアンナは王宮の正面に入り口で残りの二人を待っていた。
警護のシャノンはいつもの軍服。
アンナは日本で買ったデニムのスカートに白いノースリーブのブラウス、そして靴も日本で買ったオレンジ色に白い星が付いたスニーカーを履いていた。
「ほら、来たみたいですよ」
とそこへ、ようやくソフィアと由紀がやって来る。
「お、お待たせしました〜」
「お、お待たせ…遅れてゴメン」
二人は一生懸命走って来たらしく、ゼイゼイと荒く息を吐いていた。
ソフィアは紺のノースリーブのワンピースにツバの広い麦わら帽子を被り、靴は皮でできた編み込みのサンダルを履いている。
先ほどの元気なアンナの格好とは対照的な、大人の女性らしい装いであった。
「はぁ…私、これしかなかった…」
一方、由紀はくるぶしまでの黒いタイトなジーンズに、自分の所属するラクロスチームのTシャツを着ていた。
「由紀さん、私のお貸しした軍服のスカートは?」
「う、うん。
確かにあれの方が女の子っぽかったんだけど…ちょうどお洗濯しちゃったの。
それに着たとしても…女子力高すぎのアンナとかソフィアさんの隣に並んじゃうと、なに着たってあんまり変わらないし、しかもシャノンと同じ軍服って…」
由紀はビシッとした軍服を着ているにもかかわらず、女性の魅力満点なシャノンを見てガックリとうなだれた。
「そうでしょうか?
今のお洋服も由紀さんらしくて素敵ですよ♪
そういうお洋服がお似合いなのは、手足が長い由紀さんだからだと…」
「えぇ、よくお似合いです〜♪」
「由紀さんはご自分の魅力が分かっていませんね…」
「私もみんなみたいに可愛い女の子になりたかったのっ!」
由紀は幹太との関係が変化してから、自分の女子力の低さをかなり気にしていた。
「本当にこのままじゃマズいんだよぉ〜」
実のところ、幹太からすれば今の彼女だって十分に魅力的なのだが、由紀本人はまったくそう思っていない。
「まぁまぁ由紀さん♪でしたら今日は由紀さんのお洋服も見てみましょう〜♪」
女子力のドン底にいる由紀には、こんな自分に優しく声をかけてくれるソフィアが女神に見えた。
「はい…お願いします、ソフィア様…」
「ソフィア様…?まぁとにかく行きましょう〜♪」
そうしてやっと四人は王宮を出て、ブリッケンリッジ一番の繁華街へと繰り出した。
「えぇっ!こ、これはっ!?」
そこで王宮の馬車から降りたアンナは、昨日、ローラ王妃がなぜ自分を手伝いに呼ばなかったのかを理解する。
「アンナ様ー!ご婚約おめでとうございますー!」
「良かったわね!姫様!」
「まさかビクトリア様より先だとはなぁ〜」
「ご一緒にいるお二人は誰かしら?」
「あれじゃない?ご一緒にご結婚されるって噂の…」
「もしかしたらシャノン様も同じ方とご結婚なさったりして♪」
先日の新聞の報道により、アンナの婚約は国中に知れ渡る事となった。
それにより普段は気付かないフリをしていた街の人達も、お祝いということで彼女に声をかけるようになっていたのだ。
「フフッ♪ねぇシャノン、アンナって本当に好かれてるんだね♪」
「えぇ、アナはなんて言うか…放っておけないお姫様なようで、特に王都では皆さんから娘や孫のような扱いを受けてますね。
街の子供達からも姉のように慕われてます」
実際シャノンがそう話しをしている間にも、一人の女の子がアンナに自分で摘んだであろう小さな花を手渡している。
「…アンナさまぁ♪おめでとうござましゅ…♪」
「ありがとうございます、お嬢さん♪お花、大切に飾りますね♪」
アンナはしゃがんで女の子から花を受け取り、恥ずかしそうに母親の方へ駆け出すその子を満面の笑みで見送った。
「あぁ…人を好きになるって本当に素晴らしいですね♪」
そう言って立ち上がり、受け取った花を愛おしそうに見つめるプリンセスの姿は、周りを取り囲む人々が魅入ってしまうほど可憐であった。
それからしばらくして騒ぎが収まり、四人は繁華街を抜けて公園へとやって来た。
「わぁ〜!広い公園!!はぁ〜気持ちいーねー!」
こちらに来てから運動不足気味だった由紀は、広大な芝生の上を駆け回る。
「これは〜?なんだかうちの村の村長さんに似てます〜」
そう言いながら、ソフィアは公園の隅にある銅像をポヤ〜っと眺めいた。
その銅像は、かなりボロい服を着た二人のジジイが凛々しい顔で空を見上げているというものだ。
「えぇっ!本当ですか…?
ん〜と〜、あぁ、確かにこれは私のご先祖様とジャクソンケイブの初代村長の像…みたいですね」
アンナも渋い顔をしながら、ソフィアと一緒に暑苦しい銅像の説明書きを読んでいる。
「アナ、ここはバルドグラーセンの開拓記念公園ですよ。
一応言っときますが、片方の方は貴方のひいお祖父様です」
「私、いま初めて知りました…」
「あ〜久しぶりに全力で走ったよ♪ねぇシャノン、ここでお昼にしない?」
「お昼!いいですね!
では、どこかで買ってきましょう」
そう言ってアンナは辺りを見回すが、付近に売店などは見当たらない。
「でしたらシャノン、ちょっと私たちで探しに…」
「あ!それなら大丈夫だよ、アンナ。
ね、ソフィアさん?」
「は〜い♪私と由紀さんで作ってきました〜♪」
と、ソフィアはずっと手に持っていたバスケットを持ち上げた。
「なるほど、それでお二人は来るのが遅れたのですね♪」
「お手伝いもせずにすみません、由紀さん、ソフィアさん」
「大丈夫だよ、シャノン♪
ソフィアさんと簡単にサンドイッチを作っただけだから」
「お茶もありますよ〜♪」
「そうだった、そうだった。
んじゃその辺で食べようか♪」
四人は手近にあった東屋のテーブルとベンチで昼食をとる。
「なんだか皆さんと食べるのは久しぶりですね、シャノン♪」
「ですね。最初のパーティ以来、私達はビクトリア姉様に付きっきりでしたから」
「そういえば、ビクトリアさんは大丈夫なの?
幹ちゃんとの婚約はちゃんと認めくれたのかな?」
「うーん…どうでしょう?
ビクトリア姉様、私が婚約の話しをしようとするとなんだか人語を忘れてしまうんですよね…」
「えぇ…あの姿はまるで獣に育てられた少女のようです」
「えっ!それって…」
「それは〜」
たぶん、いや完全にそれは大丈夫な状態ではないと、由紀とソフィアは思った。
「でもあのパーティーは楽しかったですね♪」
アンナはそんなビクトリアを気にかける様子もなく、すぐに話題を切り替える。
「あ〜凄かったね〜ジュリア様♪」
由紀はシャンパン片手に国王の膝に座る第一王妃を思い出した。
「でも一番凄かったのは…」
由紀がそこまで言うと、婚約者三人の脳裏にある一人の人物が思い浮かぶ。
「幹太さん♪」
「幹ちゃんだね♪」
「幹太さんです〜♪」
父親への挨拶というプレッシャーから開放された幹太は、あろうことか飲み過ぎてしまったのだ。
「あの…幹太さんよりもソフィアさんの方が…」
一方で警護官という立場上、パーティーの席で一滴もアルコールを口にしなかったシャノンだけが、翌朝、どエロい格好で幹太の部屋から出てきたソフィアを目撃していた。
「はい?シャノンさん、なんでしょうか〜?」
「い、いいえっ!何でもありません!」
これまた警護という立場上の選択である。
「ん〜?じゃあ次はどこに行こっか、アンナ?」
「そうですね〜♪これだけ女性がいるのですから、次はお洋服を見に行くというのはどうでしょう?」
「あっ!それいいね、アンナ!」
「はい〜♪
約束通り、由紀さんのお洋服を見に行きましょう〜♪」
「では皆さん、一旦馬車に」
四人は公園を離れ、女性向けの洋服店が立ち並ぶ大きな街道へとやって来た。
「シャノン、ここは…」
アンナはゴクリとツバを飲む。
「えぇ。行きますよ、アナ」
「さぁ〜由紀さんも行きますよ〜♪」
「ダメよ!ソフィアさん!今日は!今日だけはここに入る訳にいかないのっ!」
今、四人が立っているのはちょっと大人のランジェリーショップの前だ。
ちなみ本日の四人の下着事情は、
ソフィア・・・赤 (オトナ)
シャノン・・・黒 (オトナ)
アンナ・・・青 (オトメ)
由紀・・・灰、スポブラ(判別不能)
である。
「確かに!確かに何にも考えないで着けてきたけどっ!
三人の前で見せるとは思ってなかったんだもんっ!」
柳川由紀、渾身の叫びであった。
「あ〜疲れた…」
それから数時間後、一通りの女子力アップの買い物をした由紀は、疲れのあまり道端でへたり込んていた。
ちなみにあの後、由紀が買った下着は紫 (オトナ)である。
「ほらっ!頑張って下さい、由紀さん!
最後に幹太さんの所へ行きますよー♪」
アンナが由紀の手を引いて立ち上がらせる。
「そうだね…ちょっと顔出していこうか…」
いつもは体力自慢の由紀ではあるが、女の子同士の買い物は女子力の方が重要なようだ。
アンナ達一行はそのまま街道を歩き、幹太が片付けをしている元店舗兼倉庫にたどり着いた。
「おっ!みんな来たな」
倉庫の入り口の扉を磨いていた幹太が、四人を中へと招き入れる。
「幹太さん、これは…」
そして倉庫に入ったアンナは、驚きのあまり言葉を失った。
「どうだ?すごいだろ!?
ローラ様が元店舗だって言うから、ちゃーんと使えるようにしてみたんだんだ♪」
そう自慢げに話しながら、彼が指でなぞるカウンターにはチリ一つ落ちていない。
むしろ長い年月を使われてた木の質感が蘇り、ピカピカと輝いている。
「これは…凄いです。
お祖父様のお店が見事に元に戻ってます」
シャノンは幼い時に来た祖父の料理店を思い出していた。
「いいお店だね、幹ちゃん♪
なんだか幹ちゃんちを思い出すなぁ〜♪」
そう言う由紀もまた、幹太の父親が生きていた頃の芹沢家を思い出していた。
「幹太さんはこのお店を使うつもりなんですか〜?」
ソフィアがピカピカに磨かれた鍋を一つ手に取って聞いた。
「う〜ん、とりあえず徹底的に綺麗にしようと思っただけでさ、後の事はぜんぜん考えてなかったんだよ。
綺麗にしたからって、ローラ様に許可してもらえるかも分からなかったし…。
とりあえず今はこのお店を使えるように出来ただけで満足かな♪」
幹太は心底嬉しそうにそう話す。
「それはそうと幹太さん、屋台には何を持っていくんですか?」
アンナが見た限り、店内は全てキチンと整頓されており、幹太が持って帰るようなものが見当たらない。
「あぁ、それなんだけどさ…昨日この辺りにまとめて置いておいたんだけど…」
「「「「けど…?」」」」
「どうやら全部しまっちゃったみたいなんだ…」
そう言って、幹太は困った顔で頬を掻く。
「…あのですね幹太さん、お祖父様のお店を綺麗にしてくれたのは嬉しいのですが…」
「う、うん」
「一応、今回の事はビクトリア姉様の件での国王様からの謝罪なのですよ」
「えーっと…はい。すいません、シャノンさん」
と、頭を下げる幹太を見て、シャノンはフゥっと深くため息をついた。
「…まぁでも、幹太さんが謝ることではないですね。
わかりました、私からお母様にこのお店の全てをもらえないか聞いてみます」
「えっ!いいんですか、シャノン!?
ここはあなたの思い出のお店では…?」
「だからこそですよ、アナ。
建物は人が使わないとすぐダメになってしまいます。
店舗としてでなくても、幹太さんに使ってもらった方がいいでしょう」
「そうですか。でしたら帰ってローラお母様に聞いてみましょう」
「それじゃ幹ちゃんももう終わり?」
「うん」
「じゃあ私達と一緒にお散歩して帰ろっか♪」
「あぁ、ご一緒させてもらうよ」
その後しばらくブリッケンリッジの町を散策した五人は、日が沈む頃に王宮へと帰った。
「そうね♪好きに使っていいわよ」
シャノンが店舗を使用して良いか確認すると、ローラはあっさりそう答えた。
「あ、ありがとうございます、ローラ様。
大切に使わせていただきます」
幹太はローラに深々と頭を下げてお礼を言う。
「ちょうど誰か使ってくれないかなぁ〜って思ってたしね♪
あとは〜そろそろ幹太さんにもお部屋が必要じゃないかしら?」
「俺の部屋?」
「そうよ〜。もうアンナちゃんに婚約者がいるって国民の皆さんにも知られてしまったしね。
だからケジメとして、せめて男の幹太さんだけでも王宮の外で暮らしていただかないと♪」
一線を退いているとはいえ、さすが王妃のローラ。
王室のイメージを守る気マンマンである。
「ま、まぁ俺はもちろん構いませんが…」
と、幹太は簡単に了承するが、アンナたち婚約者ズは違った。
「わ、私は反対です!お母様!」
「わ、私も幹ちゃんとは昔から一緒に住んでいるようなものなので…」
「では〜私がお先に幹太さんと〜♪」
そう言うソフィアは、どこから取り出したのかパンパンに膨らんだバックを抱えている。
「かわいそうだけど、ダメよ。
今は頑張って我慢してちょうだい」
「「「えー!」」」
婚約者三人の願いも虚しく、幹太と過ごす王宮での素晴らしい日々は唐突に終わりを迎える事となった。
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