第66話 幸せになるために…

そして昼食後、


少し時間をもらった幹太は、客間でどうトラヴィス国王に挨拶をすれば良いのか悩んでいた。


「でも…アンナと結婚させて下さいって言うしかないんだよなぁ」


「まぁそうでしょうね…」


突然、独り言を言った幹太の背後から声がした。


「うわっ!びっくりした!

なんだシャノンさんか…どうしたの?」


「幹太さん、ご挨拶の時のお洋服はどうするのですか?」


「あっ!ヤバい!

そういや俺、ちゃんとした服がないや!」


幹太はこの世界にやって来たのは、アンナとシャノンの帰還のための転送の事故に巻き込まれたからである。

当然、きっちりとした服など持ってくる余裕など無かった。


「どうしよう…?さすがに店の白衣って訳にもいかないしな…」


「大丈夫です。そう思ってご用意しておきました」


シャノンはそう言って、客間のテーブルの上に黒いスーツを置いた。


「正装とまではいきませんでしたが、地球のスーツを参考に幹太さんのお洋服を急いで仕立てました」


「えっ?これ…俺の?」


「はい」


「いつ作ったの?」


「先ほど完成したばかりです」


「す、すごいな…」


トラヴィス国王へ挨拶の話が出てから、まだ二時間ちょっとしか経っていない。

その間にデザインと縫製を終えて、スーツを完成させたのだ。


「スーツは似たような形の物がこの世界にもありますので型紙を少し改良するぐらいで済みました。

もちろん仕立て屋も王宮の中にあるので、完成するまでそれほど時間はかかりません」


「そ、そっか…やっぱり王宮ってハンパじゃないんだな。

とにかく助かったよ。ありがとう、シャノンさん」


「いいえ、アナや皆さんの為ですから。

幹太さん、私の妹をよろしくお願いしますね♪」


シャノンはそう言って、久しぶりの笑顔を幹太に見せた。


「やっぱり!シャノンさんの方がお姉さんだったんだ!」


「えぇ、まぁ」


「うん、そうだな…まずはトラヴィス国王様に、アンナとの結婚を認めてもらえるように頑張ってみるよ」


「えぇ、がんばって下さい。

では、私は外にいますので着替え終わったら声をかけて下さいね」


「あぁ、わかった」


しばらく経って着替えた幹太が部屋の外に出ると、シャノンを含めた女性陣全員が集まっていた。


「幹太さん、カッコイイ♪」


「幹ちゃん、なぜかスーツが似合うんだよね〜♪」


「とっても素敵です〜♪」


アンナ、由紀、ソフィアには概ね好評のようだ。

普段は仕事着である白衣がほとんどの幹太だが、もともとの凛々しい顔つきに、ラーメン稼業で程よく鍛えられた筋肉質な体も相まって、実はスーツがかなり似合う。


「シャノンさん、ありがとう。本当にピッタリだよ」


「よくお似合いですよ、幹太さん。ではさっそく行きましょう」


「う、うん、そうだな。じゃあみんな行こうか?」


「「「はい♪」」」


幹太は久しぶりにこの王宮の中心にある王の間を訪れた。

五人が扉の前に立つと、アンナとシャノンがいる事を確認した衛兵が扉を開ける。

そして扉が開くのをゆっくりと見届けてから、まずはアンナとシャノンが部屋に入った。


『こ、これはマズイ…』


幹太は以前ここを訪れた時とは段違いの緊張を強いられていた。

二人に続いて部屋に入ろうとした足は、震えるばかりで一歩も前に進んでくれない。


「頑張ってね….幹ちゃん♪」


とそこで、ニッコリ微笑んだ由紀が隣に立つ幹太の手を握り、一瞬だけ引っ張って彼を扉の向こうへと送り出した。


「うん。ありがとう、由紀」


幼馴染の一言に励まされた幹太は、どうにかちゃんと前を見て王の間へと入ることができた。


「まったく…アンナ、やっと来たか…」


そう呟いて、トラヴィス国王は憔悴した様子で椅子にもたれかかり幹太達五人を迎えた。


「お、お父様…ご、ご報告が遅れて申し訳ありません…」


「まったくだ!

ローラとジュリアとは色々と一緒にやっていたのに、私のところには一言の報告もないとは…。

これでも私は父親なんだぞ!」


とどのつまり、シェルブルックの国王は拗ねていたのだ。


「まぁまぁ、あなた♪」


「そうよ。年頃の娘ですもの、男親に話にくい事もあるわ♪」


そんなトラヴィス国王を、彼の後ろに座るローラとジュリアがたしなめる。


「本当にごめんなさい、お父様…」


「まぁ…もうよい。

それでな、お前達の話の前にビクトリアの件なんだが…」


トラヴィス国王がそう言うと、


「もがっ!もががっ!もがー!」


と、国王がチラリと横を見ると、王座の脇からがっちり縛られたビクトリアが転がり出てきた。

彼女は手足をまとめて後ろ側へと弓なりに縛られ、その上に猿ぐつわまでされている。


「「お、お姉様…」」


そんなビクトリア王女の姿に、二人の妹は呆れた様子で額に手を当てた。


「芹沢幹太君…」


トラヴィス国王も二人の娘と同様、額に手を当てて幹太に話かける。


「すまんが…その…今回のビクトリアの件は水に流してもらえないだろうか?」


「え、あの…?」


「もがががっー!」(お父様ー!)


「言いにくいのだが…王宮での刃傷沙汰など、本来あってならない事なのだ。

ましてや第一王女自らが行うなど…。

も、もちろん罰はキッチリと受けさせる。

お詫びの方も何を要求してくれても構わん。

だからどうか…この馬鹿な姉を許してはもらえないだろうか?」


「えぇ、いいですよ」


幹太はあっさりとそう答えた。


「ま、まさか本当にか…?

き、君はこんな簡単にビクトリアを許して…ゲフンッ!ゲフンッ!

で、ではその代わりに君は何を求める?

こちらとしては出来るだけ君の要求には答えるつもりだ」


「そうですね…ん〜あっ!では新しい調理設備をください!

ちょうど屋台の物が古くなって困っていたんです!」


「えっ?それでいいのか?」


「はい!よろしくお願いします!」


勢いよくそう言う幹太はホクホクの笑顔だが、彼の周りの人間達はポカンとしていた。

明らかにこの中で幹太だけが、国王の真意に気づいていない。


「いや〜良かったぁ〜。これでしばらく…ってそうじゃないっ!!」


そして幹太は、トラヴィス国王に向かって突然ひざまずいた。


「その…国王様、今日はお話しがあって参りました」


彼は固まっている周りの空気に気づかず、そのまま今回の本題に入る。

どうやらあまりの緊張に、またもや周りが見えていないようだ。


「は、話とは…なんだ?」


「その…アンナさんとは私達の国、日本で会いました…」


ここへきて幹太は、なぜかアンナとの馴れ初めを話し始めた。


「…アンナさんに支えてもらって、僕はここまで来れたのです…」


それからおよそ数十分、幹太はアンナとの旅を長々と語り、その最後をこう締めくくる。


「お願いします、アンナさんと結婚させて下さい!」


「「「「長いっ!!(もがっー!)」」」」


王の間にいる全員(衛兵も含む)、がそうツッコミを入れた。


「フフッ…あのな、幹太君…」


トラヴィス国王は、そんな幹太に苦笑しつつ話かける。


「私は君がビクトリアの一件でアンナとの婚姻を要求すると思っていたし、そしてたぶん、ここにいる君以外の全員がそうするだろうと思っていたんだよ」


「えぇ〜!あぁ〜そういう手も…いや、でもそれだと…」


「そうだな…それでは君は納得しないだろう。

私も君が切り出しやすいようにと思っていたが…正直、娘を嫁にやる親としては少なからず歯痒さが残る…」


「はい」


「ありがとう、幹太君。

君のアンナに対しての真っ直ぐな気持ちはしっかりと私達に伝わった。

私は…」


と言ってトラヴィスは振り返り、優しく微笑む二人の妻の顔を見た。

そして再び正面を向き、すでに涙目になっている自分の末娘を見つめて言う。



「君とアンナの結婚を認めよう」



その瞬間、シンっと室内が静まり返った。


ガサッ!ガサガサッ!


「も、もがっ!もががっ!」


いや、一部だけ騒がしかった。


「ほ、本当ですか…お父様?」


「あぁ、もちろん♪幸せにおなり、アンナ♪

あっ!でもな、しばらくは婚約って事だから…」


「ありがとうございます!お父様ー!」


アンナは王座へと駆け上がり、トラヴィスの胸に飛び込んだ。


「ははっ♪アンナ、お前は昔から変わらんな♪」


「はい♪アンナはお嫁に行ったって、いつまでもお父様の娘です♪」


涙を流しながら喜ぶ娘を、父は優しく抱きしめる。


「よ、良かった〜」


そんな二人の姿に、幹太はようやく肩の力を抜いた。


「…うん。よく頑張ったね、幹ちゃん」


「私も涙が止まりません〜」


「アナ…良かった…」


「それじゃこれからパーティよ!

ローラ!今日は豪華にいきましょう!」


「もちろんよジュリア!アンナちゃんの婚約記念ね!」


「んがー!もがー!あっ外れた!?

私は許さないぞー!芹沢幹太ー!」


そうしてその晩、内輪だけ行われたアンナ王女の婚約記念パーティーでは、例外なく全員が飲み過ぎたため様々な事件が巻き起こったのだが、それはまた別のお話である。

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