第64話 ケジメ

夜になり、夕食ついでのささやかな祝勝会を終えた幹太は、部屋のベッドで横になり一人考え事をしていた。


「もう…この気持ちを否定するのは無理だな…」


幹太は緻密な彫刻の施された天井を見上げてそう呟く。


『三人と結婚するなんてとても無理だと思ってたけど、でも…あの中から一人を選ぶなんて出来ない。

俺、アンナと由紀とソフィアさんを他の誰にも渡したくないんだな…』


結局、幹太の出した結論は女子会で由紀が予想した通りであった。

むしろ事ここに至って、誰か一人選んで結婚するなど、そちらの方が不誠実な気さえする。


「そうと決まれば…うん、やっておかなきゃいけないな…」


幹太はこんな自分を好きになってくれた女の子達に、キチンとしてあげたい事があった。


「よし、行こうっ!」


幹太はベッドから飛び起き、部屋を出る。


「まずは由紀…かな」


それは長い時間を一緒過ごしてきたからなのか、幼馴染の顔を見て落ち着きたかったのか分からないが、幹太は最初に由紀の部屋に向かった。


コンコン!


「由紀〜俺だ〜」


幹太は扉をノックして、部屋の中に声をかける。


「えっ、幹ちゃん!ちょ、ちょっと待って!」


という由紀の返事と共に、なにやら中でバタバタと慌ただしく動く気配がした。


「は、はいっ!どうぞ〜」


しばらく経って扉が開き、由紀はそう言って幹太を部屋の中へと招き入れる。

由紀はいつもの短パンTシャツ姿で、胸に枕を抱えて立っていた。


「疲れてるのにごめんな。

もしかして、なんかしてた?」


「う、ううん、別になにもしてないよ。

ただ…服を着てなかっただけ…」


後半はよく聞こえなかったが、特に問題はないようだ。


「そっか、んじゃちょっと話してもいいか?」


「うん」


二人は並んでベッドに座った。


「ちょ、ちょっと待ってな、由紀。

一度、深呼吸するから…すぅ〜はぁ〜」


幹太は震える手を握りしめて深呼吸をした。

幼馴染の由紀とはいえ、さすがにプロポーズするのは緊張する。


「それで?どうしたの、幹ちゃん?」


「あのな由紀、俺、由紀と結婚したいんだ」


自分でも驚くほど自然に、幹太はそう口にしていた。


「そっか〜幹ちゃん、私と結婚したいって…ってえぇぇ!?」


一方、幹太からのプロポーズを受けた由紀は、とてもじゃないが自然ではいられない。

彼女は真っ赤な顔で、抱きしめていた枕を思い切り引き千切った。

部屋中に羽毛の舞う中、幹太は何事もなかったように話を続ける。

目の前の由紀に集中しすぎて、周囲が見えていないのだ。


「俺、この先も由紀が隣に居ない人生なんて考えられないし、考えたくもないんだ」


「う、うん…」


「それでな…その…由紀の気持ちは前と変わらずにいてくれてるのかと…」


幹太はこんな状況でも、女性に対して自信が持てずにいた。

しかし、そんな幹太の言葉を聞いた由紀の様子が一変する。


「幹ちゃん…私がこんな短期間で幹ちゃんを嫌いになると思う…?」


首を傾げ、幹太をガン見する彼女の目は井戸の底のように仄暗い。


「い、いや、ずいぶん待たせたから、呆れられてるかと…」


「私さっき、これでみんなと一緒に居られるって喜んだんだけど…聞いてなかったの…?」


そう言う由紀の顔は、幹太の鼻先まで迫っていた。


「い、言ってたかなぁ〜?あの時は興奮してて、ちょっと覚えてないかなぁ…ゆ、ゆーちゃん!ごめんなさい!」


すでに額同士がくっ付き、それでもグイグイと押してくる由紀のプレッシャーに負け、幹太は言い訳するのをやめて土下座をした。


「いいっ!幹ちゃん!

色々と好きに変化はあったけど、それでもずーっと昔っから私は幹ちゃんの事が大好きなの!

だから私は幹ちゃんと結婚したいですっ!分かった?」


「はい!分かりました!」


「よろしい!

それで幹ちゃん、次は誰?」


「つ、次はアンナ…かな」


「そう!じゃあすぐに行って来なさい!」


「はいっ!」


幹太は慌てて由紀の部屋を出て、アンナの部屋へと走って向かった。

由紀はその背中を見届けた後、ゆっくりと扉を後ろ手に閉め、歓喜の気持ちを込めて力いっぱい叫ぶ。


「いやっほぅー!幹ちゃんと結婚だー!」


彼女は飛び散った羽毛を巻き上げながら、クルクルと部屋の中で回った。


そして、その頃のアンナの部屋。

彼女の部屋は由紀の部屋の真上にある。


「あら?なにやら乙女の雄叫びが聞こえたような…?気のせいかしら?」


コンコン!


と、アンナの部屋の扉がノックされた。


「はーい、誰ですか〜?」


「アンナ〜俺だ〜」


「幹太さん?どうしました?

今日はお疲れなんじゃ…?」


アンナはそう言って扉を開けた。


「あ、アンナ、こ、こんばんは…。中入っていいか?」


「え、あっ、はい、どうぞ」


「ありがとう…」


アンナは幹太を部屋の窓際にあるテーブルに案内する。


「それで幹太さん、ご用事はなんですか?」


そして、サラリと流れ落ちる銀の髪の毛を耳にかけながらそう聞いた。

風呂上がりだったらしいアンナの髪はまだ濡れており、キラキラと輝いている。


『あ、あれ?アンナってこんなに綺麗だったっけ…?』


幹太は再び緊張していた。

長い間一緒に働いていた事で彼女の容姿に慣れたつもりでいたが、久しぶりに見た風呂上がりのアンナの破壊力はやはり凄まじいものだった。


「あ、あのな、アンナ…」


「はい、なんです?」


アンナは無防備に幹太に顔を寄せて、彼の目を覗き込む。

紺碧に輝く美しい瞳と目が合い、幹太の心拍数は急激に上昇した。


「その…結婚の事なんだが…」


「はい…」


「結婚なんだが…」


「…はい…」


「結婚…」


「だから何回結婚っちゅーねんっ!?

もうっ、幹太さん!ハッキリ言ってください!」


壊れたレコーダーのように結婚と繰り返す幹太に、さすがのアンナもブチ切れた。

彼女はイスから立ち上がり、彼の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。


「あ、あ、アンナ!俺と結婚してくれ!!」


幹太が思い切ってそう言った瞬間、

彼を揺さぶるアンナの動きがピタリと止まった。


「カンタサンガワタシト?」


と、機械の自動音声のように返事をしたアンナの身体はほとんど動かない。


「う、うん。俺からもキチンと気持ちを伝えておきたかったから…。

その…アンナが俺の所に来てから、好きな人と一緒に暮らすって、こんなに幸せ事なんだって気付いたんだ。

この世界でアンナと一緒に、姫屋のラーメンを作っていけたらなって思ってる…」


と、顔を真っ赤にしながら頬を掻く幹太の姿を見て、アンナの意識は覚醒した。


「もちろんです!こちらこそよろしくお願いします♪」


アンナはテーブル越しに幹太に抱きついた。


「じゃ、じゃあ幹太さん!このまま熱い接吻などっ!」


喜びのあまり、アンナはおっさんのように唇を突き出して幹太にキスを迫る。


「そ、それはまだダメだって!

しかもこれからソフィアさんの所にも行くんだからっ!」


「えー!だってソフィアさんと由紀さんにはしてるんですよね!?ズルいです!婚約者は公平に!」


「由紀は子供の頃だし!ソフィアさんとは事故だ!」


「では、私が最初のチッスの相手になります!」


プリンセスのキモいおっさん化は止まらない。

なぜおっさんは普通にキスと言わないのか疑問だ。

飛びかかってくるアンナをなんとかギリギリ躱した幹太は、そのまま部屋の扉まで走った。


「じゃ、じゃあアンナ!また明日!」


「あっ、幹太さん!ちょっと!」


おおよそプロポーズの後とは思えない状況で、幹太は逃げるようにアンナの部屋を後にする。


一方その頃、


ソフィアは一人、客間のカウンターバーでウィスキーっぽいお酒を飲んでいた。

他の子よりもちょっと大人なお姉さんは、実は強めのお酒が好きなのだ。


「今日は楽しかったですね〜♪」


今日はお祝いの意味もあり、いつもより深酒をしていた。

すでに酩酊と言っても過言でない状態で、もともとタレ気味な彼女の目尻が、普段より一層トロンと下に下がっている。


バタン!


とそこへ、客間の扉が開き幹太が駆け込んできた。


「あっ!ソフィアさん、ここで飲んでたんですか?」


カウンターバーは客間の広間にあるため、幹太とソフィアはここを通って各客室へと入る。


「はい〜幹太さんはどこへ〜?」


ソフィアは自分の隣のイスをポンポンと叩き、幹太に座るよう促す。


「えっと、それじゃあ隣に…。

あの…由紀とアンナの所へ行ってました」


「え〜?どうしてお二人の所に〜?

わ〜た〜し〜は〜?」


そう聞きつつ、ソフィアは幹太にしなだれかかる。


『オゥ!ソフィアさん!…酒くさっ!って!?』


とそこで、幹太は改めてソフィアの姿を見た。

彼女は夜も遅いこの時間だというのに、なぜか胸元と背中ががっつり開いた紫紺のドレスを着ている。


「そ、ソフィアさん…その格好は…?」


「え〜っと〜、何かおかしいですか〜?」


「い、いえ、どエロ…いやっ!素敵ですが…」


「ん〜、お洋服を全部洗濯してしまってぇ〜これしか無かったんです〜」


このドレスはいざという夜の為に、ソフィアの母、ティナが娘の荷物に忍ばせたものであった。

母のチョイスだけあり、素肌の上にシルクのドレスを着て、フラフラと揺れながら話す今の彼女は強烈に色っぽい。

その間にもソフィアはズリズリと幹太に近づき、ついには彼の膝の上に座ってしまう。


「それでぇ〜?お二人には何を〜?」


そして幹太の膝の上で器用に上半身を捻り、彼の首に手を回した。


「二人には大事な話があって。

それでソフィアさん、その…ソフィアさんにも伝えたい事が…」


幹太はむせ返るようなソフィアの色気に呑まれつつあった。


「なんです〜?」


そう言って幹太の間近に迫る彼女の胸元は、その先端が見えそうなほどフリーダムである。


「ソフィアさんっ!おれと結婚して下さい!」


これ以上は理性が保たないと判断した幹太は、目を瞑ってそう叫ぶ。


「は〜い♪もちろん〜♪ん〜♪」


ソフィアはプロポーズに即答し、目を瞑ったままの幹太の唇を思い切り奪った。


「んんんっ!そ、ソフィアさんっ!?」


幹太は一生懸命離れようとするが、

野良仕事で鍛えられた彼女の腕力は思ったよりも強く、引き剥がすことができない。


「ん〜ぷはっ♪

これで二度目ですね〜♪

ふぁ〜ではおやすみなさ〜い♪」


と言って満足そうに微笑んだ後、ソフィアはすぐに穏やかな寝息をたて始めた。


「はぁ、はぁ、す、すごかった。

まだ伝えたい気持ちがあったのに、全部すっ飛んじまったよ…。

てゆうか、アンナのキスは断ったのに…大丈夫かな…?」


幹太はしばらく経ってから彼女をソファーまで運び、自室へと戻った。

朝からバザーで働き、その後は緊張の結果発表と三人へのプロポーズという怒涛の一日を終えたにもかかわらず、幹太はベッドに入ってからもしばらく眠ることができなかった。


そして幹太がベッドの中で悶々とした時間を過ごしていた頃、


王宮の武器庫では、ビクトリア王女が真剣な表情で一本のナイフを手にしていた。


「これなら一撃だ…」


彼女が手にしているのはギルヒットナイフという、主に暗殺に使われる特殊な形状のナイフだ。


「芹沢幹太め…」


ビクトリアは瞳に憎悪を宿らせ、暗い部屋で一人ナイフを研ぎ始めた。


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