閑話 アンナ王女の東京巡り

これはアンナが日本に転移して来てすぐのお話。


「東京の街を見てみたい?」


「えぇ…なので幹太さん、案内をお願いしても良いですか?」


出会って間もない二人が、まだ少しかしこまって話していた頃の事だ。


「もちろんそれは大丈夫だけど。

東京か…どこがいいかな…?」


アンナが居候をする幹太の家は東京の吉祥寺にあり、大きな公園や繁華街はあるものの、ここぞ東京と言えるような場所ではない。


「あのテレビ…?で見ているような場所がいいのですが…」


まだ幹太にお願い事をするのに慣れていないアンナは、とても申し訳なさそうだ。


「いや、分からなくて困っている訳じゃないんだよ、アンナ。

思い当たる場所がたくさんありすぎて悩んでるんだ。

ん〜そ〜だなぁ…こうなったら行けるだけ行ってみようか!」


幹太はアンナを励ますように、少し大袈裟にそう言った。


「はい♪よろしくお願いします♪」


その甲斐あってアンナは笑顔を取り戻し、嬉しそうにそう返事をした。


その翌日、


幹太とアンナは朝一番で出発した。


「ほぁ〜まだ朝なのに、ここにはたくさんの人がいるんですね〜」


アンナは口をあんぐり開けて、吉祥寺駅前通りの横断歩道を渡っていた。

平日の駅前は会社や学校へと急ぐ人々でごった返している。


「ここはいつもこんな感じだよ。

平日は通勤と通学の人がいて、休日もここへ遊びに来る人でいっぱいなんだ」


「ほへ〜そうなんですか〜。

それで…確かここから電車に乗れるんですね♪

私、楽しみです♪」


アンナは日本に来て以来、幹太の家でテレビに噛り付き、いくぶんこの世界のことを理解していた。


「ははっ♪

確かにここも人が多いけど、これから行く所はもっと凄いぞ。

んじゃ、さっそく行こうか」


幹太はアンナに向かってスッと手を差し出した。


「ですね♪よろしくお願いします」


この頃まだ男性として幹太を意識していなかったアンナは、差し出された手の意味を間違える事なく、ごく自然に幹太の手を取る。

そうして二人は、人の波に揉まれながらもなんとか駅に到着し、ギッチギチに人の詰まった電車に乗って吉祥寺を離れた。


「で、電車…地獄のようでした…」


東京駅に着いたアンナは、先ほどとは打って変わって憔悴していた。


「うん…俺も久しぶりに通勤ラッシュの電車に乗ったけど…確かにあれは地獄と言ってもいい場所だな…」


普段はほとんど電車に乗らない幹太もアンナと同様にゲッソリしている。


「あんなにマナーを気にするのは久しぶりです」


「満員電車には満員電車特有のマナーがあるんだよ。

さすがに久しぶりで、俺でもちょっと緊張したよ。

ま、とりあえず第一の目的地には着いたからゆっくり見てみようか」


「はい」


二人は日本でもトップクラスに広大な東京駅構内をぶらぶらと歩きながら、色々と見て回る。


「本当に広いんですね」


「うん。ここから新幹線…その…まぁすごく早い電車に乗れば、日本の主要な都市にそれ程時間をかけずに行けるんだ」


「東京はこの日本国の王都のような都市なのですよね?」


「日本は王政じゃないから首都の東京って言うんだけどね。

政治的にも経済的にも日本の中心だよ。その証拠にほら…」


そう言って幹太が指差す方向には、大量にお弁当が重ねて置いてある売り場がある。


「幹太さん、あれは?」


「日本中のお弁当をあそこで売ってるんだ」


新幹線の乗り換えができる東京駅には、様々な地方のお弁当が売っている。

乗り換えついでに、遠く離れた場所の名物が気軽な値段で食べれるのだ。


「駅の中じゃないけど、この辺りにはもっと本格的に各地方の名産品を取り扱うアンテナショップって言うのがあるんだ。

そうだな…ちょっといってみるか?」


「はい!ぜひ!」


そうして二人は東京駅を出て、寄れるだけ日本各地のアンテナショップに行った。

北海道や青森、長野や島根など、東京駅の近くにはたくさんのアンテナショップがある。

これだけのアンテナショップを徒歩でいっぺんに回れるのは、首都東京ならではである。


「幹太さん、気づいてますか?」


「うん?なにを?」


「どこの土地のお店にも、ラーメンがありました♪」


「あ、確かに!ほとんどの所にあったかも」


「本当にラーメンってこの国の国民食なんですね♪」


「まあなぁ〜日本ならどこでもラーメンは食べれるからな」


そんな話をしている内に、幹太とアンナは銀座へとたどり着いた。


「とっても華やかな街ですね♪

昼間なのに街がキラキラ輝いてます♪」


「あ、あぁ、そうだな…」


実を言うと幹太も、久しぶりに来た銀座に圧倒されていた。


『こんなに昼間っから電飾が点いてるんだ…』


幹太の住む吉祥寺もなかなかの都会ではあるが、さすがにここまでの賑やかさはない。


「凄いですね〜あんなに明るく光ってます。

幹太さん、これは全部建物にあるお店の看板なんですか?」


「お店の看板もあるけど、それ以外にも商品の宣伝なんかもあるよ。

しっかし、昔からこんなに人が居たかな〜?」


平日の昼間だというのに、この街は買い物客で溢れていた。

しかも幹太が最後にここを訪れた時より、はるかに多くの外国人の姿が見える。

銀髪碧眼のアンナでさえ、特別目立っている感じはない。


「幹太さん!あれもラーメン屋さんじゃないですか!?」


アンナがニコニコと笑顔で指差す先には、ド派手な看板のラーメン屋があった。

看板の端にチャーシューやメンマの乗ったラーメンの絵が描いてあり、外国人でも一目でラーメン屋と分かる様になっている。


「ほ、本当だ…」


幹太はまさかこんな一等地に巨大なラーメン屋があるとは思っていなかった。

アンナを案内する為に来た都心ではあったが、久しぶりに来てみると色々な発見がある。

二人はそのまま晴海通りを東へ進み、銀座とは違った活気に包まれる場所へとやって来た。


「幹太さん、ここは?」


「ここは築地。

今日はアンナをここへ連れて来たかったんだよ」


築地市場。


豊洲への移転間際に、幹太とアンナはその市場へ来ていた。


「もうそろそろ閉場しちゃうんだけど、最後にちゃんと見ておこうと思ってさ」


「とっても歴史がありそうですもんね」


「あぁ。でも実は俺も市場の中に入った事はないんだよ。

せっかくの機会だから、アンナと一緒に来てみたかったんだ」


二人は市場の端にある事務所で見学の受付を済ませ、築地市場の中へと入る。


「う、うぅ、すっごいお魚臭いです…」


「うん。消毒の匂いと混ざってちょっとキツいな」


市場の中は正直言ってかなり生臭い。

幹太とアンナは案内の係員に従って進み、マグロのセリの行われる場所までやって来た。

てっきりガラス張りの向こうでセリを見るのかと思いきや、案内された場所はセリの行われる魚が間近に並ぶ位置である。


「か、幹太さん…お魚がおっきいです…」


「お、おう、凄いな…」


「このお魚、幹太さんには美味しそうに見えるんですか?」


アンナは初めて見るマグロのデカさに引いていた。


「どうかな…?

こりゃ美味そうだっ!とはならないけど…ん〜食べてみたいなぁとは思う…かな…?」


幹太の言う通り、目の前にある巨大なマグロよりも、サクに切り分けられた状態のマグロの方が食欲をそそるだろう。


「そう言えばそろそろお腹が減ってないか、アンナ?」


「はい…実はちょっと減ってました」


アンナは恥ずかしそうに目を伏せて幹太に言う。

この辺りも、この頃ならではのアンナの仕草であった。

王都に戻ってからのアンナは、隙あらばトッピングの角煮をつまみ食いするほど、幹太の前でも素直に欲求に従っている。


「よーし、んじゃ外に出よう」


幹太はそう言ってアンナの手を引き、築地市場を出て、先ほど来た道を戻っていく。


「はい、到着!」


「あら?ここも市場なんですか?」


「こっちは築地場外。

プロのための市場じゃなくて、俺達も楽しめる場所だ」


築地場外市場には、食材を売るお店だけでなく、様々な飲食店が入っている。

今となっては観光名所になっているお店も多いのだが、本来は築地市場で働く人達が食事をするためのご飯屋さんだ。


「アンナ、なんか食べたい物はある?」


「そうですね〜あっ!ラーメンがいいです!」


「おっ、そりゃいい!んじゃラーメンにしよう!」


幹太とアンナは昔から築地で人気のラーメン屋に入った。

ここも本来は築地市場で働く人の為の店だったが、今の時間、ほとんどのお客が観光客である。


「さぁどれにする?つってもラーメンかチャーシュー麺のどっちかだけど」


「私はチャーシュー麺で♪」


ラーメンの味は醤油ラーメンのみである。

アンナは即決でチャーシュー麺を選んだ。


「俺もそうしよう。

すいません!チャーシュー麺二つお願いします!」


幹太がそう注文すると、速攻でラーメンが出てくる。

二人の前に並ぶのは、これぞ醤油ラーメンという茶色いスープに黄色い麺、上に乗る具はチャーシューとネギとメンマという、シンプル極まりないラーメンである。


「わぁ〜美味しそうです♪

ん〜、見た目は幹太さんの屋台のラーメンと似てますね」


「言われてみればそうかも。

たぶんうちの屋台もここのお店も、シンプルなラーメンを手早くお客さんに出して、サクッと食べてもらうってとこは一緒だからかな」


「ほぇ〜そうなんですか。

ではさっそくいただきます♪」


「いただきます」


まだラーメンを食べるのに慣れていなかったアンナが、お箸を不器用に使いながらラーメンを食べる。

さすが肉好きのアンナだけあって、初っ端からチャーシューに手を付けていた。


「ん〜♪美味しいです♪」


「うん、美味しいな」


贅沢ではないが素朴な味のラーメンが、腹ペコだった二人の胃袋に優しく染み渡る。

さすがに古くから築地にあるラーメンだけあって、幹太とアンナはあっという間に完食してしまった。


「アンナ、もう少し場外をみてみようか?」


「はい、お願いします♪」


そもそもアンナは異世界人だ。

次元の差こそあれ、観光客の外国人と感覚的にはあまり変わりはない。


「こんな感じの所だけど、ちゃんと楽しめてる?」


「はい、とっても楽しいですよ。

それで幹太さんあの食べ物はなんでしょうか?」


そう言ってアンナは老舗の練り物屋の本店の前で立ち止まり、店先に並ぶ商品について一つ一つ質問していく。

その後も二人はそんな感じで築地を見て回り、さらにいくつかの観光名所を回って幹太の家に帰ってきた。


「つ、疲れました…」


「あぁ、さすがに俺も疲れた…」


築地のあと、幹太はアンナを秋葉原に連れて行った。

東京と言えばクールジャパンの秋葉原だと思ったのだ。


「まさかアンナがコスプレイヤーだと間違われるとは…」


「えぇ私、ラーメンの具と同じ名前の人と間違えられました」


アンナは銀髪碧眼、さらに今日は白いノースリーブのワンピースを着ていた。


「スカイツリーも凄かったですね。

あんなに巨大な塔を建てるなんて、私の世界では考えられません」


「うん。あれは俺達だって驚くデカさだからな。

まぁとりあえずお茶入れて一息つこう」


「そうですね、でもちょっと今は動けません」


「いいよ、俺がやるから。

アンナはそこで休んでいてくれ」


「はい、ありがとうございます」


アンナは幹太が台所へ行くのを見届け、ちゃぶ台の横で仰向けになった。


「ふぅ〜本当に疲れました。

あんなに混雑した電車に毎日乗って通勤しているとは尊敬です」


アンナはそう言って目の前に自分の手のひらをかざした。


『そういえば今日はずっと幹太さんと手を繋いでましたね…』


東京の観光名所は人混みが多い為、幹太はほぼ一日、アンナの手を離さなかった。


『あら?なんだか顔が熱くなってきました…』


ガララッ!!


と、アンナがそう思ったところで、幹太の家の玄関の扉が勢い良く開いた。


「幹ちゃーん!アンナー!ご飯だよー!」


やって来たのは部活で東京観光に参加できなかった由紀だ。

今日は由紀の家で晩ご飯をお呼ばれしていた。


「はーい、由紀さん!分かりました〜!」


そう返事を返した時には、アンナは唐突に自分の心に湧いた気持ちをすっかり忘れていた。


「幹太さーん!すいません、ご飯ですってー!行きますよー!」


「おー分かった!由紀と先に行っててくれー!」


「はーい!

では由紀さん、行きましょう」


「うん」


アンナはその後の柳川家との夕食で、東京人に向かって東京の魅力を熱く語ったのであった。


「よく考えたらあれはデートでした!」


そして現在、アンナはブリッケンリッジの王宮にて、三人の女性陣を前にそう熱く語っていた。


「えー!でもアンナも幹ちゃんもその時はデートって思ってなかったんでしょ?」


「それなら私と幹太さんも村でデートした事に〜」


「そうです、アナ。それはちょっと強引ですよ」


「いいえ!あれはデートです!

そしてソフィアさん、あの時は私もいましたから断じてデートではありません!

ソフィアさんのそういうとこ、最近ちょっと怖いです!」


アンナは頑なに主張した。


「でもそっか…そんな幹ちゃんが今はアンナを女の子として意識するようになったんだねぇ」


由紀は感慨深そうにそう言った。


「はい!私頑張りました!今ではちょっとした誘惑もできる、大人なアンナちゃんです!」


「あらら〜、私はまだそこまでできません〜」


ソフィアは頬に手を当ててそう言うが、この中で一番うまい事幹太を誘惑しているのは彼女であると、ここにいる女子全員が理解している。


「まだお母様達とお姉様の許可は頂いていませんが、なんとか幹太さんの元へお嫁に行けるよう四人で頑張りましょう!」


「「「おー!」」」


「いや、ですから私は…」


一人否定するシャノンはさて置き、幹太を取り巻く女性陣の絆はより一層深まっていた。

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