第35話 追いつかない二人

幹太とアンナが、ジャクソンケイブでラーメンの試行錯誤を始める少し前、シャノンと由紀の二人は国境の町、ストラットンに向かっていた。


「かなり差がついているかもしれませんね…」


シャノンは遠くに見える街を眺めながらそう呟く。


「ヤッホー!ねぇシャノン!見て見てー!」


と、後ろを走る由紀に呼ばれたシャノンは振り返る。

そこには馬の鞍に足を乗せて立ち上がる由紀の姿があった。


「ちょっと先の方を見ようと思ってやったらできちゃった!これってけっこうすごくないっ!?」


「由紀さんっ!危険ですっ!早く座って下さい!」


シャノンは王宮での馬術の曲芸を思い出す。


『確かあれは…衛兵の方達が必死で練習してやっていたことですよね…?』


由紀は馬に乗り始めてまだ数日である。

しかも彼女の馬は、馬車に積むはずだった大量の荷物を鞍に括り付けているのだ。

その上で立ち上がりバランスを取るのはかなりの技術である。


「はーい!よいしょっと♪もうかなり町に近づいて来たね〜!」


「ですね。無事に森を抜けられて何よりでした」


由紀とシャノンは巨木の森を抜ける途中の泉で、顔に傷を負った熊に遭遇していた。


「うん。やっぱり熊いたね〜」


「はい。魚を捕るのに必死で私達には気づきませんでしたけど…」


ソフィアを襲った熊は、人相手に餌を奪うのは懲りたようだ。


「よーし!それじゃあストラットンまでどっちが早く着くが競争だよ!」


「いいでしょう由紀さん!負けませんよ!」


二人の馬は土煙を上げ、ストラットンに向かって一直線に走って行く。

そして、あっという間にクレイグ公国側の検問所に到着した。


「ま、まさか私が負けるとは…」


「シャノンの馬の方が荷物をたくさん載せてたからだよ♪」


そう由紀は言うが、シャノンが馬の早駆けで誰かに負けたのは初めてである。


「えっと、とりあえずまた聞き込み?

さっき道ですれ違った馬車の人の話しだと、荷馬車の荷物が荒らされただけで怪我人なんかは出てないってことだったよね?」


二人はフットの町を出てすぐ、ストラットンから来た荷馬車の御者からその情報を聞いていた。


「えぇ。しかし、ちゃんとアナ達の無事を確認しておきましょう。

シェルブルック側の検問なら、何か二人の情報があるはずです」


二人はシェルブルック側の検問に向かい、検問所に居た兵士にシャノンが聞き込みをする。


「では三人だったんですね?」


「は、はいっ!」


どうやらまだ年齢も若く、新人らしい検問所の兵士はシャノンの軍服を見て緊張していた。

シャノンの軍服は、王宮付きの精鋭しか身に付けることの許されない物である。


「お、王宮の馬車に乗っていたのは男性が一人と女性が二人です。

あの…女性はお二方とも、とても綺麗な方でした…」


「とすると、男性は幹太さんでしょうね」


「うん。でも女性二人って?一人はアンナでしょ?」


「そうですね。一人は確実にアナでしょう。

二人の女性の特徴は覚えていますか?」


シャノンがさらに若い兵士に質問する。


「一人は銀髪で碧眼の女性と…もう一人黒髪の背の高い女性でた…その、黒髪の方は荷馬車が熊に襲われたとおっしゃられてました」


「あぁっ!そう言えば来る途中にバラバラになった馬車があったよ!」


「あぁ、あれですか…。

確かにまだ壊れて間もない感じでしたね。

それで?三人に怪我などは無かったんですね?」


「はい。私も気になりましたから、キチンとお怪我がないかお聞きしました。

三人とも怪我はないとおっしゃられてましたので、大丈夫だと思います」


「だとすると…アナと幹太さんはその女性をどこかに送るつもりなのでしょうか…?」


「うん。そうね、幹ちゃんなら間違いなく送って行くって言うだろうなぁ」


「では、三人はどこに向かうか言ってませんでしたか?」


「いいえ、それは聞いてません。

ただ、銀髪の女性が入国した途端、物凄く喜んでいた印象が強くて…。

私は帰ってきたっ!って叫んでましたから。

あっ!先輩!」


とそこへ、お昼の休憩を終えた彼の上司が戻って来た。


「このお二人がこの間の王宮の馬車に乗った三人の情報が欲しいそうです」


「どこへ向かったとか、なんでもいいので何か知りませんか?」


シャノンはズイッと上司に迫って聞いた。


「え、あー、あの馬車ですか…?

ん〜どこへ向かったかは分かりませんが、三人でこの町の広場で屋台を出店していたようです」


「三人でですか?」


「えぇ、だいぶ繁盛していたみたいですよ。

出てくる食べ物は美味しいし、店員の女性二人がビックリするぐらいの美人だったってんで、今だに町の噂になっているぐらいです」


「そうですか、ありがとうございます。

…ちなみにその中の一人はこの国の王女ですからね。

この国の衛兵なら、顔ぐらいちゃんと覚えておいて下さい」


「「えぇっ!?」」


二人の衛兵は声を揃えて驚く。

シャノンはそんな二人を放ったまま、ドアに向かって歩きながら由紀を呼んだ。


「では由紀さん、行きましょう」


「で、でもあの二人はあのままでいいの?」


「平和な時代ですが、自国の王女のことが分からないなんて衛兵として失格です。

二人はあのまましばらく反省してもらいます」


「う、うん。じゃあ行こっか」


「えぇ、少し急ぎましょう。

行きと同じように、バルドグラーセン山脈は一日では越えられません。

まずは野営の準備をして、それから出発です」


「ほーい、りょーかい!まずは買い物ね♪」


シャノンと由紀は、それからテキパキと買い物を済ませて、昼前にはストラットンを出発した。

二人の馬は、少し荒れた山道をスルスルと軽快に登って行く。


「行きは馬車だったけど、私は直接馬に乗った方が楽かも♪」


馬車がなくなり、馬に乗るようになってから由紀は終始楽しそうだ。


「先ほどから思っていましたが…由紀さん、すでにあなたの騎乗技術は相当なものですよ」


「ん〜?そんなことないでしょ?

馬の気持ちを考えて優しく乗ってれば、このぐらいすぐにできるんじゃないの?」


笑顔でそう話す由紀は、心底そう思っているようだ。


『一番最初に技術より気持ちって言葉が出くる辺り、天才とはこういう人の事を言うのでしょうね…』


シャノンがそう考える間も、由紀はかなり前のめりに馬に乗り、たてがみを撫でている。


「ね〜カンタロー♪今日も乗せてくれてありがとね♪

それでシャノン、今日はあとどのぐらい進むつもりなの?」


由紀は王家の馬に勝手に名前を付けていた。

彼女の乗っている馬の元々の名前はディロンである。


「今日はこの先の水場のある草原で休みましょう。

もうあそこに見えてきています。」


そう言ってシャノンが馬を停めた草原は、幹太達も野営した場所である。


「あー!焚き火の跡がある!

これ、もう一回使っちゃお〜♪」


由紀が見つけた焚き火の跡は、幹太がいい感じになる為に作ったものだ。


「はぁ…またですか由紀さん。

魔石の簡易コンロがありますから、焚き火なら要りませんよ」


幼馴染同士は、変なところで共通のこだわりがあるようだ。

それから二人は、買っておいたパンに野菜とハムを挟んだだけの簡単な食事をして、厚い布地を紐で張った簡易テントの中で横になった。


「シャノンはアンナといつから一緒に居るの?」


久しぶりの野営で眠れない由紀は、なんとなくシャノンにそんな事を聞いてみた。


「私とアナは、少し私の方が先に生まれたぐらいでほぼ同い年なんです。

アナはもちろん、私も生まれたのは王宮なので、ずっと一緒にいたと言っていいでしょうね」


「シャノンも王宮生まれなの?」


「えぇ、私の母はこの国の第二王妃ですから…」


「えぇっ!」


由紀は二つの意味で驚いた。

まず第一にシャノンが王女ということ、そしてもう一つは、王妃が二人いるということにである。


「シャノン!お姫様だったの!?」


由紀にそう聞かれたシャノンは、テントの天井を見つめながら首を横に振った。


「私はもう王女ではありません。

それに、私の母も王妃と呼ばれてはいないのです…」


「そんな…」


まさかあの優そうな国王が二人をそんな風に扱うとは、由紀には想像がつかなかった。


「いいえ。由紀さん、ご心配なさらないで下さい。

その…虐げられたりとかが理由ではないのです」


「えっ?そうなの?」


「そうですね…誤解のないよう、初めからキチンと説明しておきましょう。

私の母、ローラ・ランケットは国王様の幼少期からのご学友です。

ちょうど幹太さんと由紀と同じような感じですね」


ローラは当時、王宮の調理場に勤める一般女性の娘であった。

王宮に勤めている者の子供は、全員同じ小学校の様な場所に集められ教育を受ける。

幼い頃に一般の感覚をキチンと身に付けるという理由もあり、それは王子のトラヴィスであっても同様だった。


「ある日、母が王宮にいる自分の母、つまり私の祖母を迎えに行った時に、厨房で大怪我をしたらしいんです」


小さいなりに自分の母の手伝いをしようとしたローラは、無理して何枚もの皿を持ち、転んで額に大きな傷を負った。


「翌日学校に行った母は、友達の前で自分はもうお嫁に行けないと泣いたらしいのです。

でも…」


『じゃあ僕がローラちゃんをお嫁にもらってあげる♪』


と、当時のトラヴィス王子が部屋の隅で泣くローラの手を取って言ったのだ。

もちろんその時は、一国の王子が一般人の娘と本気で結婚することはないだろうと、周りの友人はもちろん、当のローラでさえそう思っていた。

トラヴィスは以前より許婚がおり、誰もがその女性と結婚すると思っていたのだ。


「でも、トラヴィス国王様は私の母と結婚するとずっと思っていたようで…」


そんなある日、王宮の食堂に勤め始めたローラの下にトラヴィスが訪れた。

そして彼は、王子の突然の訪問にア然とするローラの手を取って言ったのだ。


「二人とも大切な人だけど、ジュリアとの婚約は解消するよ。

小さい頃からローラと結婚する約束だったし、それに、その…僕はずっと君のことが…」


ローラは困った。

自分もトラヴィスの事が大好きだ。

だが、一国の王子と一般の人間が結婚するなど聞いたことがない。

さらに、トラヴィス王子の正式な相手である婚約者のジュリア・クラークソンは由緒正しい女性であり、人柄も申し分ないと言われていた。


『トラヴィス様は昔の約束を気にしているだけだわ…。

嬉しいけど…ちゃんとお断りしなきゃ…』


しかし、彼女がいつトラヴィスにそう切り出そう迷っている間に、ローラはジュリアから呼び出しを受けた。


『あぁ…私がズルズルと返事を引き延ばしてたから、ジュリア様を怒らせてしまったのね…』


そして呼び出しの当日、ローラは怯えながら王都にあるジュリアの実家を訪れた。

あらかじめ今日の訪問を知らされていた執事に客間に通され待っていると、すぐに王都にある名門の学園の制服を着たジュリアがやってきた。


『この人がジュリア様…』


ジュリアはローラがイメージしていた深窓の令嬢といった雰囲気ではなく、長く綺麗な金髪を頭の後ろで小さくまとめた活発そうな女性だった。


「あなたがローラさんね♪

実は私、ずっとあなたにお会いしたかったのよ♪」


彼女はニコニコと笑顔でローラに挨拶をする。

絶対に怒られると思っていたローラは、その予想外の展開に呆気に取られた。


「それじゃあ単刀直入に聞くわね♪

あなたもトラヴィスが好き?

もしそうなら、二人一緒にお嫁に行かない?」


と、まだ動揺の収まらないローラに、ジュリアは畳み掛けるように驚きの提案をする。


「あのね♪実はシェルブルックの王族は、お嫁さんの数に制限はないのよ。

先々代の国王様から、お一人しか娶っていらっしゃらないけどね」


「で、でもジュリア様はそれで大丈夫なのですか?」


「もちろん大丈夫よ!貴女となら絶対上手くやっていけるわ♪」


と、彼女は笑顔で即答する。


「でも…私はただのコックですし…」


これからの国の為を思えば、トラヴィスは由緒正しいジュリアと結婚するのが一番だ。


『でも…本当に私もトラヴィス様と一緒に居られるなら…』


と、思い悩むローラの腕をジュリアはガッチリと掴む。


「トラヴィスの説得は私に任せて!早速行きましょう!」


「えっ!?ジュリア様っ!ちょ、ちょっと〜!」


結局、その後ジュリアはローラを引きずりながら王宮のトラヴィス王子の元へ行き、王子は二人と婚約する羽目になったのだ。


「うちの母は政治的な事は全く分かりませんから、自ら望んで第二王妃になりました。

ですから、その後もずっと王宮のキッチンで働いて、ほぼ毎日国王様と食事を一緒にとっていますよ」


「じゃあ王妃と呼ばれてないって?」


「えぇ。母は王宮のキッチンの副料理長ですからね。

王妃様と呼ばれるのは嫌だといつも言っています。

私も自ら王女である事を放棄して軍に所属しましたから、肩書きとしてはもう王女ではないのです」


「そういう事情なんだ。

だけど二人でお嫁にいくなんて、その頃のジュリア王妃も思い切ったねぇ〜」


「そうですね…さすがはアナとビクトリア様のお母上様と言ったところでしょうか。

元々国王様もどちらとも結婚したいと思っていたようですよ。

ただ、うちの母の方はご自分でした約束だったので、最初はそちらを選ぼうとしたらしいのです」


「はぁ〜素敵なロマンスだねぇ」


「ふふっ♪そう言われればそうかも知れませんね…。

さて、私の話はここまです。

明日も移動なんですから、そろそろ休みますよ、由紀さん」


「はーい。じゃあおやすみ、シャノン」


「おやすみなさい、由紀さん。」


とは言ったものの、シャノンの母親の素敵な話を聞いた由紀は興奮でしばらく寝付けなかった。


翌日、


日の出と共に起きたシャノンと由紀は、準備をしてすぐに出発した。


「とりあえずどこへ向かうのシャノン?」


「今日は山を越えて反対側の麓の町、ベイカーまで行きましょう。

お二人に追いつくために、なるべく寄り道はしない方向でいきます」


「りょーかい!ではしゅっぱーつ!」


二人は馬を走らせて麓の町ベイカーに向かう。

途中、ジャクソンケイブ村に向かう別れ道があったが、幹太とアンナがそこに居ると二人には知る術もなく、思いっきり通り過ぎてしまった。

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