11.イベント
そして、事態は更に悪い方向へと転がる。
「きゃっ」
流石はヒロイン。がさつなように見えて、要所要所で可愛らしい女性らしさを押し出して来る。そんな情緒を感じさせる悲鳴と共に、私の手を引いていたベティが盛大に転倒した。
引き摺られはしたが、瞬間的に彼女が手を離したお陰で共倒れが防止される。盛大に膝から崩れ落ちて行ったベティに慌てて駆け寄った。
「ダイナミックに転んだけど大丈夫!?」
「ぐっ……左足、捻ったかも……!!」
――大丈夫じゃ無さそう!!
心中で叫ぶ。足を失う、それ即ち詰みである。逃げるしか方法が無いのに、逃げる手段でさえ失ってしまった。
本格的な窮地に頭から音を立てて血の気が引いていくのを感じる。モブ風情の私がクエストに行きたいなんて言わなければ。身分違いの仕事をしようとしなければ。こんな事にはならなかったかもしれない。
青い顔をする私の心中を見透かしたかのように、ベティが強がりな笑顔を浮かべた。
「大丈夫だって、心配するな! 私、運だけは良いからさ!」
「運以外の要素で現状を打破する事が出来ないって事になるのでは……?」
タウロスとの距離感を計っていたデレクが苦しげな表情でチラチラとこちらの様子を伺っている。ややあって、ベティの復帰は望めないと判断したのか声高に宣言した。
「俺が奴等を引き付ける! 今のうちに、林から抜けて救援を呼んでくれ!」
「デレク!? 無茶だろ、止めとけって。マジで挽肉になるよ!?」
「そうかもしれないが……。ここで全滅するよりずっとマシだ。シキミ、頼む! ベティを外まで連れて行ってくれないか」
「いいや、シキミ! 私は残るから、お前は林を抜けて救援を! 私がいない方が早く呼べる!」
――マズい……意見が二分している上、時間が無い!!
オロオロと両者の顔を交互に見やる。一番逃走できる確率が高いのはベティの案だが、デレクのヒロイン推し姿勢も評価したい。というか、それ以前に林ってどうやって抜けるんだろう。道が分からない。あれこれ、やっぱりベティがいなければ脱出する事すら出来ないのではないだろうか。
思わぬデレクのベティ推し発言に胸を痛めつつ、無い知識を振り絞って最善の方法を考える。救援は恐らく呼ばずとも来る。というか、呼びに行っている間に到着する可能性すらあるだろう。
何せ、ギルドには難易度が変更されているという事実は既に届いているからだ。どこから情報を仕入れて来るのかは不明だが、難易度が変更された場合、およそ数時間で適正レベルの救援が現れる。なので、救援を呼びに行く必要は無い。
ならば、私はどうするべきなのか。
引き攣った笑い声を上げなら、魔道書を取り出す。正気か、と言わんばかりにデレクが眉根を寄せた。
「戦う気か!? ダメだ、俺達じゃ勝てないぞ!」
「でも、2人を置いて行く訳にも、あなただけを置いて行く訳にもいかないし……。救援は恐らく、私達が呼びに行くまでもなく来るよ。だから、ここは戦うんじゃなくて、耐えるべき場面だと、思う」
「シキミ……」
目前にまで迫った強者が、その凶悪な武器で地面を打ち据える。鈍い音は人体など簡単に打ち砕く事が出来るとでも言わんばかりの恐ろしさを孕んでいた。
足が震える、緊張感で肺も痛い。
だが逃げる訳にもいかない。私は魔道書の1ページを適当に開き、深く息を吸い込んだ――
「あー!! いたいた! テメェ、どこを彷徨いてんだよ!」
発動しかけた魔法を呑込む。あまりにも場違いな溌剌とした声音に、勢いを完全に殺されたのだ。
背後から聞こえたそれは僅かに聞き覚えがある。勿論、対面した上での知り合いではないけれど。
「お前達は……ギルドの精鋭……」
呻くようにベティが呟いた。
私はゆっくりとその姿を視界に納める。それはこの間、ロビーで見掛けた4人組。通称、化けの皮パーティと呼ばれるギルドの精鋭面子。
先程、元気な声を上げたのはアリシアだ。見目麗しい、シンプルに美女である彼女はタウロスを真っ直ぐと指さしている。
すぐに合点が行った。これは救援ではなく、タウロス討伐のクエストを受けていた彼女等が運良くその獲物を追い、私達と合流したのだろう。
おや、と私達の姿を見つけた男性――ルグレが目を細める。
「同業者ですね。どうされました? こんな所で」
彼は何と言うか、圧がある。笑っているように見せ掛けて、目がちっとも笑っていないのが少しばかり恐ろしい。ゲーム内でも恐ろしく圧のある立ち絵だったが、実物は当然ながらそれ以上だ。
ともあれ、ルグレの問いに対しベティが怖々と応じる。
「や、私達はただ……魔狼の討伐クエストに来てただけで」
「ああ。クエスト地が被っていたのですね。まあ、王都の近くですし魔狼狩りのクエストがあってもおかしくはない。我々の追っていた魔物が、貴方方にご迷惑をおかけしたようで。申し訳ありません」
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