09.補助輪の方々

「おー、良い匂い。何か良い肉でも買ったの?」

「や、購買に売ってる一番安いヤツ」

「そ、そっか……」


 火加減の調節を終えたベティは、私達が枝に刺した串肉の焼け具合を観察している。非常に微笑ましい反面、ただのキャンプになりつつある事にやや不安を覚え始めているのも事実だ。まるでバーベキュー。それは陽キャ達の営みである。


 だがそんな悠長な事を考えていられたのも一瞬だけだった。あんまりにも良い匂い過ぎたせいか、焼き初めて僅か十数分で標的が姿を現したのだ。

 グルルルル、と如何にも腹を空かせている凶暴な獣のような鳴声が辺り一帯から響く始める。素人の私にも分かる。これは1体どころか、複数体の肉食獣が近くに潜んでいると。


「よし、来たみたいだな! さっさと片付けて肉を食おう!」

「デレク、お前意外と食い意地張ってるよな。後で飯でも食べに行く?」

「ああ! だが、目の前で焼けてる食糧と飯は別だ。焼いた肉が勿体ないだろ」


 ――それどころじゃないけど!?

 茂みの中から1体、また1体と姿を見せた魔狼を前に私は心中で叫んだ。現れた魔物達は現実世界の生き物とは様相が異なる。

 ベースは確かに狼なのだが、尾が二叉になっている他、頭からは凶悪な金属製の角。触れたら血が噴き出しそうな鋭い刃物が生えているように見える。魔物のイラストなんかもしっかりあったので、どんな生物であるかは理解しているはずなのに、想像の倍は恐い。

 それが――目に見える範囲で、5体。


「え、これ大丈夫かな? そういえば私、近所の飼い犬ポチにも勝てないクソ雑魚人間だった気がする」

「えっ、ここに来て不安を煽るような事言うなよ、シキミ! 大丈夫、私達が着いてるだろ!」


 ギルドのメンバーでさえ補助出来ない足の引っ張りっぷりだったらどうしよう。次からクエスト行くの止めようかな。


 ちらっと一緒に戦う仲間2人の手持ち武器を確認する。

 ベティは王道の両手剣を持ち、デレクは片手剣と盾。何と言うか、みんな前衛の装備だ。なら、私は剣と魔道書を持っている訳だし前衛に拘らずとも後ろからの遠距離支援が良いかもしれない。というか、恐らくそっちの方が良い。


 それに気付いた私はパーティメンバーの安定を図る為、一歩下がった。


「私、出来る限り後衛で立ち回りするね」

「ああ、助かる。しかし、囲まれているな……。あんまり俺達から離れないでくれ。その、悪いがシキミの戦闘能力には若干の不安がある……」


 ――だろうね! だって私自身も心配だもの!!

 ご尤もな意見に心中で激しく同意する。序盤を過ぎればクソ雑魚ナメクジと化す魔狼の1体ですら、自分の力では倒せそうにない。クエスト受けてる冒険者って凄いな。


 人間側の出方を窺っていた魔狼の1体が低く唸る。

 そろそろ向かって来るな、と私は身を固くした。普通に恐い。サファリパークに身一つで放り込まれた気分だ。


「来るぞ!」


 デレクの言葉で我に返る。彼が声を上げると同時、丁度ベティの正面付近に陣取っていた魔狼が2体、ベティ目掛けて地を蹴った。

 それは飼われている犬しか見た事の無い私にとって、想像を絶する速度と勢いだったと言える。滑るように地面を蹴って向かって来る大きな生物に思考が止まる。


「へへっ、私を狙うとは良い度胸だ!」


 勇ましくそう言ったベティが両手剣を一閃。同時に真っ赤な鮮血がぱっ、と舞い、地面に血糊が付着する。剣の一振りで魔狼を1体仕留めた彼女は好戦的に嗤った。

 もう1体の魔狼が、仲間がやられた事により狼狽えたように足を止める。その横合いからデレクが飛び出し、迅速にストップした1体を討取った。連携と言うより、ベルトコンベア作業。完璧に割り振られた役割を、無駄なく全うしている。


 が、それを見ているだけで戦闘が終わるはずもない。残った3体が怒りを露わにする。いけない、そろそろ私も何か活躍をしなければ。これでは報酬の山分けを狙う、寄生虫である。


 魔道書のページを適当に開く。購入した物なので、1回も開いていなかったが、どうやら氷系統の魔法を扱う書物らしい。『安心の初心者サポート付き』と書かれた物を選んだが、その効果は絶大だった。

 小難しい魔法についての説明、その横に「これだけ唱えていれば安心! まずは初歩的な魔法で仲間をサポート! この魔法は術者の正面から一直線に氷の塊を放つぞ!」、と書いてある。成る程、この部分を読み上げれば良いのか。


 随分と俗っぽい魔道書だが非常にありがたい。私は魔道書の言う通り、様子を伺う魔狼の1体に初心者用魔法を放った。

 拳大程の氷塊が目のも止まらぬ速さで魔狼に急接近。慌てて躱そうとした魔物の前足を凍り付けにし、動きを止める。何て事だ、この魔法メチャクチャ使える。


「いいぞ、シキミ! その調子だ!」

「あの魔狼は私に任せろ!」


 ヒロインとデレクからべた褒めされた。何て誉めるのが上手な人達なのだろうか。あんよが上手、あんよが上手、と完璧なメンタルサポートを実施してくる。

 そうこうしている間に、ベティとデレクが魔狼の数を着実に減らし、気付けば残り1体となっていた。私、1体しか魔狼の相手をしていないのだが。

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