06.実力派達の集い

 丁度、息が整ったタイミングでベティがグイグイと話を進めて来る。ちょっと強引な所もゲームの通りだ。


「えーっと、そういえば名前は何だっけ? おかしいな、あんまり人の名前、忘れたりしないんだけどな……」

「いやあ、あまり目立たないんで。私」


 そうフォローしつつ、更に一応記憶喪失らしき事になっていると伝える。実際、プレイヤー時代の自身の名前は思い出せるのに、この世界で付けられているはずの名前が一切出て来ない。

 そっか、とベティは肩を竦めた。名前不詳問題をあっさりその一言で納得するあたり、流石はサツギルの世界線だ。


「ここじゃ、名前なんて本名じゃ無い奴はごまんといるしさ。私が何か、あだ名みたいなのでも考えてあげようか? ほら、呼ぶ名前が無いと不便だろ?」

「えーっと、じゃあ、シキミって呼んで欲しいかな」

「うん? まあ、それでいいなら。そう呼ぶけれど」


 咄嗟に覚えのある名前を名乗ってしまった。そう、私の名前は立花樒。これなら呼ばれた時に自分の名前だとすぐに判断出来る。

 特に疑問を覚えた様子も無く、ベティは次の話題へ移った。本当に名前が呼びにくいだけだったのだろう。


「ところで、私はシキミにお礼がしたいんだ。何か、困っている事とかやって欲しい事とかある? 叶えられる範囲で、叶えてあげたい」

「そういう危険な発言はあまりしない方が……。ただ、そうだなあ。クエストに連れて行って欲しいかな」


 誰か良い人がいれば、レベル上げにクエストへ行きたいと思っていた。ギルドでは人権=レベルだ。レベルの低い者に人権は皆無。であれば、本職は相談室と言えどレベルだけはしっかり上げておく必要がある。

 とはいえ、その数値が見えているのは私だけなので果たしてレベリングに意味があるのかは不明だが。


 ただし、言う程拘りは無い。モブ死亡イベントが始まったと思ったらギルドを休めば良いのであって、全く回避する方法が無い訳では無い。生きるだけなら、むしろクエストには行かない方が良い。

 なのでベティに断られたら大人しく諦めるつもりだ。大抵の場合、レベルが低いメンバーからクエストに誘われても既存の攻略キャラは断ってしまう。ヒロインでそれなら、モブの私に見ず知らずの誰かをクエストに誘うのは難しいだろう。


 つまり誰とでもクエストに行ってくれる枠であるベティに断られてしまえば、どこへも行けない何も出来ない状態となる。


 先程確認したところによると、ベティのレベルは15。断られる程の差はない、はずだ。余談だが、キャラクターのレベルは999まで上げられる。


 私の要求を受けたベティは軽く一つ頷いた。


「おう、いいよ。人が多い方が賑やかで良いし。でも意外だな。シキミ、根っからの事務員って感じが漂ってるけど」

「うーん、やっぱり自衛手段とか持った方が良いかと」

「そりゃそうだわ。物騒な世の中だし。それじゃ、デレクとも相談になるけど明日以降には誘うね」

「えっと、デレクが無理って言うなら全然気にしないで良いから」

「デレクはそんな事言わないよ。歓迎してくれるさ」


 そう言って柔らかく笑うベティに内心で同意する。

 ――そうだね、デレクは断らないね。良い人だし、ヒロインLv1でも着いてきてくれるもん。


「じゃあ、また明日。私はもう帰るけど、シキミはどうするの?」

「私は一度、相談室の鍵を戻してから帰らないといけないから」

「あ、そう。じゃあ、気を付けて帰れよ。お互いに」


 そう言ったベティがあっさり踵を返し、出て行く。去り際があっさり。


 ***


 ベティと別れた私は家に帰るべく、コートを着込んだ。家、と言ってもアパートとホテルが合体したような造りの小さな部屋である。独り暮らしなので何ら問題は無いが、ドアの立て付けが悪く、あまり遅い時間にガチャガチャしていると隣から苦情を言われそうでそれが一番怖い。


 足早にロビーを通り抜けようとしたが、不意に足を止める。

 既にギルドは賑やかさを潜め、深夜クエストに挑戦する静かなメンバーのみを残した状態だが、その中に見覚えのある顔を複数発見したのだ。


 4人組の男女。左から、オルヴァー、アリシア、ルグレ、シーラ。

 珍しい物を見たな、と内心で呟く。彼等はギルドの実力派パーティ。ネットでは化けの皮パーティと呼ばれている4人組だ。

 全員のレベルが60以上。更に見た目は人間だが、その下は人などではなく人外種となっている。それを指して、化けの皮。ちなみに、彼等はプライベートで組んでいるパーティでもある。


 そして、ここからが一筋縄ではいかない伝説の乙女ゲーム、サツギルの由縁だ。彼等には強さに一種の拘りがある。あのメンバーの誰かによって死亡イベントを引き起こされるヒロインも少なくない。

 同じクエストをやるだけで死亡するイベントが用意されるなど、とにかく触るな危険。弱いメンバーは死ね! という思考回路なのだ。


 ――でもやっぱりカッコいいんだよなあ、オルヴァー。

 失礼にならない程度に、左側の席に座る男を見やる。ちなみに彼は私の推しメンである。シナリオは未プレイ。というのも、彼のシナリオはやる前から見える地雷だったのでわざわざ踏みに行く度胸が無かったのだ。

 斬新にして困惑、何とオルヴァーは「最初からヒロイン以外に好意を向ける相手がいる攻略対象」なのだ。ノマカプ厨の私にそれを引き裂く気力は当然無く、最終的にはプレイをしない。助っ人キャラというだけで友情だけを深めるプレイとなってしまった。


 そんなオルヴァーもまた、相談に来るのだろうか。ヒロインはデレクルートに入っているので、結局全容不明の、彼の好意を寄せている相手というのにも出会えるのか。


「帰るか……」


 いややっぱり戦闘大好き民族のオルヴァーが相談室の敷居を跨ぐなどあり得ない。帰ろう、疲れてるんだ。

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