03.システム画面
一度心を落ち着かせる為に、先程、ヒロイン――否、ベティに拾って貰ったダブレットを見る。不思議な事に、今までのギルド人生の中でそれを見た覚えが無い。いつの間に持っていたのだろうか。
試しに画面をタップしてみる。通常のスマホのように、柔らかく画面に光が灯った。ただし、映ったのはアプリの羅列でも何でも無く、システムチックな画面だ。
――いや、この画面は見た事がある。
サツギルをしている時、連れているパーティのステータスや、仲間として連れて行けるメンバーのステータスを確認出来る画面。
ただ、ゲームの世界に居るとは言え現実にレベルやステータスなどという数字は存在しない。それは今まで生きて来て、一度も耳にした事も無ければレベルなどというメタな発言を誰かがした事も無いからだ。
つまりこれは、私に与えられた目安のような数字という事か。それとも、その考え方は自惚れ?
しかし、一応命の重みが軽すぎるモブという身分だ。与えられた物は活用するべきである。試しにダブレットの能力値を確認するデータ画面を呼び出す。
今し方出会った、ベティとデレクの情報に「New!!」と赤いアイコンが輝いている。これもゲームの確認画面と全く同じだ。
そして、既存の情報として今までクリアしたシナリオの攻略対象。ステ値は見れないが、簡単なプロフィールは閲覧可能な状態となっている。
それ以外の人物はシークレット。私は自身の推しキャラを攻略していないので、それもシークレットとなっている。成る程、シナリオは知らないが彼の人となりは知っているはずなのに寂しい事だ。
現実世界となったこの場所を、ゲームプレイヤー側の視点で見る。
頭が混乱して来るような状況だが、それには一度蓋をしよう。一先ずギルドマスターの執務室に行き、野望達成の為、空き部屋を借りなければ。
***
私は足早にマスターの執務室へと向かった。ギルドの関係者出入り口から、奥へ入り、廊下の突き当たりにある部屋へ向かう。
もしかすると、事務員を中に入れてくれる事は無いかもしれないが、物は試しだ。特に緊張感無くドアをノックする。
「はいはーい、どうぞ~」
気の抜ける明るめの声。どことなく脱力しつつ、私はドアを開けて執務室の中へ入った。
「……失礼します」
「あれ? クエストに出てる子じゃないよね。事務の子かな?」
「はい。えーっと、今少し、お時間良いですか?」
「うん、いいよいいよ~。暇してたんだよね」
暇してた、と彼はそう言ったが机にはうずたかく書類が積まれている。
ギルドのマスターである彼はサツギルにおいて非攻略対象だ。それどころか、ギルドマスター以外の名前も不明。ギルドに住み込んでいるが、イベントの関係でしか会う事も無い。
飄々としていて掴み所が無く、本人は面白い事が好きだと公言している。実力者という話もチラホラ聞いているが、性格のせいで真偽の程は不明。
ギルドの運営が出来るとは思えないが、そこはそれ、サブマスターが敏腕営業マンなので運営が傾く事は無さそうだ。
などと彼について考えていると、マスターが不意に首を傾げた。
「えーっと、ごめんね、気を悪くしないで欲しいんだけど~。君、名前何だったっけ?」
「えっ、あー、名前、ですか……」
ここで驚愕の事実に気付く。
私の名前は立花樒。それはしっかりと分かっている。ただしこれは、この世界での名前では無い。私は何と言う名前で、ギルドに勤務していたのだろうか。この世界線で日本人名はあり得ない。
もしかして、モブだから、そもそも名前が無いのか? それとも、先程ボールがぶつかった時に多少なりとも記憶が飛んだのか?
「大丈夫? ボーッとして」
「あ、いえ。それが、先程何故かロビーでボールが飛んで来て。それに頭をぶつけてしまったんです。その時から、そういえば、頭の様子がおかしくて」
「頭の様子がおかしい? その言い方はちょっと、アレな感じだねぇ。まあでも、だったら記憶喪失か何かかな」
あっさりそう診断された。私の記憶が正しければギルマスは医者では無いのだが。
「ああでも、そういえばボール事故の話は聞いたかもしれないなあ。被害者、君だったんだね。えぇっと? その件で来たのかな。もしかして、病院に行く必要がある? これって労災とか言うのになるんだよね」
痛ましい顔をしたギルマスは首を捻っている。ただ、今回の用件は別に労災について話し合いに来た訳では無い。
「いやあの、労災はどうでも良いんですけど」
「どうでもいい!? いやいや~、行っておきなよ、医療機関に」
「あ、平気です。で、用件なんですけど……実はその、相談室的な物を開設しようかと思いまして」
「え!? 記憶喪失の話は終わり? 全然関係無い話題に変わったけど!」
ギルマスは怪訝そうな顔をしている。それはそうだろう。十中八九、事故について面倒臭い話題を吹っ掛けに来たと思っているに違いない。
しかし、そんな事はどうだっていい。肝心なのは、私が恋のキューピッドとなる事である。が、そんな不純な理由で相談室を作って貰う訳にはいかない。受けるならば、全般の相談を受けるべきだ。
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