第8話 尾行開始

江村が部屋を出て行き、階段を降りる音がすると、


啓志と凛子は、そっと玄関を開けた。




江村は、駐車場に停めてある、赤いセダンに乗りこんで、


発進したところだった。それを見た啓志たちは、慌てて靴を履くと、


表にある凛子の125ccスクーターへと、足早に向かった。




凛子はシートボックスから、予備のジェットヘルメットを


取り出すと啓志に渡し、自分もフルフェイスヘルメットを


被り、シートに座ってエンジンをかけた。




啓志はそれを受け取ると、頭にかぶって、


スクーターのタンデムシートにまたがった。




「変な所に触ったら、ボコボコにするからね」




ヘルメットから、凛子のくぐもった声が聞こえる。




「アイアイサー」




啓志は仕方なく、両サイドにあるグリップを握った。


その途端、凛子はアクセルを捻り、急発進した。


タンデムシートの啓志は、のけぞった。




尾行に気づかれないように、凛子は江村のセダンから


距離をとった。50メートル後方を走る。




赤いセダンは、南東へ向かっていた。


信号に何度かつかまり、次第に引き離されていく。


凛子は焦った。ここで見失えば、水泡に帰するかもしれない。


天野哲郎が犯人の言うがままに、1000億円分の


キングコインを買ってしまってからでは、遅い。


それに何よりも、誘拐された女の子の身が、危ない。




そうしているうちに、江村の車を完全に見失った。


やみくもにアクセルを吹かし、視線は赤いセダンを


探して泳いでいた。




そこで初めて凛子は気づいた。


タンデムシートから、啓志のいびきが、聞こえてきたのだ。




こいつ、こんな時に寝てんのか!




凛子は、腹立ち紛れに、急ブレーキをかけた。


路面に、転げ落ちる啓志。




凛子はスクーターのスタンドを立てると、


道路に横たわっている啓志へと、つかつかと歩み寄った。




「あんた、この非常時に何眠ってんの?


起きなさい、コラ。起きろってば!」




凛子は、啓志の被っているヘルメットの


フェイスカバーを押し上げると、啓志の鼻をつまんだ。




啓志は何度か苦しそうに喘ぐと、やっと目を開け、


寝言のように呟いた。彼の口からは、涎が垂れている。


凛子は、顔をしかめた。




「この先の・・・二つめの信号を・・・左・・・


それから50メートル・・・真っ直ぐ行って・・・


右に・・・曲がって、20メートルの左側・・・にある


マンション・・・の304号室・・・」




凛子は、そこでやっと気づいた。




こいつ、江村の意識にダイビングしてたんだ―――。




「でかしたぞ!啓志」




凛子は、啓志を無理やり立たせ、


彼の体を軽々と持ち上げると、タンデムシートへと運び、


しっかりと座らせる。




その時には、啓志もおぼろげながら目を覚ましていた。




「あんた、あたしに触ったら・・・」




凛子が、言いおわるより早く、啓志が寝ぼけた声で、言った。




「アイアイ・・・サー」

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