第4話 意識の中へ

その男は、誘拐犯だった。正確にいうと、誘拐犯の一人だ。


他の仲間の二人と共謀して、小さな女の子をさらって、


身代金を要求していたのだ。




啓志は、その男の、さらに意識の深いところへ、ダイビングした。




男の名は、江村直治。誘拐の段取りをした進行役の


ような存在で、実行犯は別にいるようだ。




啓志は、二人の実行犯の名も探ろうとしたが、


彼らの名前までは、はっきりとはわからなった。


江村と実行犯たちの関係は薄く、最近知り合ったようだ。




もっと深い所まで潜ればわかるのだろうが、それは危険を伴った。


意識は、海のように深い。いくつもの階層になっていて、


実際の海が、深くなれば水温が低くなり、体力を消耗する


ことと同じだ。この場合は、精神力を使うことになる。




啓志は意識を、別の方向へ向けた。


江村は、実行犯との関係は希薄だったが、


誘拐した女の子については、よく知っているようだった。




拉致された女の子は、天野幸絵だとわかった。


年齢は5歳の、幼稚園児だ。


その女の子のイメージが、江村の中にあった。


色白で髪をおさげにした、可愛らしい女の子だ。




また別の方向へ、ダイビングしていく。


啓志はその意識にあった、身代金の額に、腰を抜かした。




身代金は、なんと1000億円だった―――。




そんな大金を用意できるような人物が、この日本に


何人いるというのか?




いた―――。江村の意識の中に、それは明瞭に浮かんだ。




彼らのターゲットは、最近、一部上場したばかりの、


とあるIT企業の社長だった。


彼の名前は天野哲郎。啓志もよく知っている、


世界的なシェアを誇っているネット通販会社のフリーネットベイス


―――略してFNBのトップであるCEOだ。


20前半で起業して、30代半ばには、大手企業にまで上りつめた男で、


当時、IT時代の寵児としてマスコミに騒がれたことも、


啓志は覚えていた。




たしかに彼ならば、1000億円を用意することも、


不可能ではないだろう。だが、いくつもの大きな問題がある。




それだけの大金を、どうやって奪うというのだろう?


その方法は?持ち運ぶだけで、相当大変なものだ。


一憶円が収められるアタッシュケースでも、


1000個も用意しなければならない。




当然、天野もすでに警察に通報しているはずだ。


警察を欺いて、そんな大金を運ぶことは、どうやっても不可能だろう。


トラックでも使う気なのだろうか?でも、そんなことをすれば


目立ってしょうがない。




どんな手口を考えてるんだ―――?




啓志は再び、江村の意識の中を泳いだ。




しばらくして、その手口が見つかった。


それがわかると、啓志は舌を巻いた。


おそらく誰も実行したことのない方法だった。


少なくとも国内では・・・。




1000億円を、手にする方法―――。




いや、正確にいうと、彼ら犯人の目的は、、


1000億円であって、1000億円ではなかった




それは、実に巧妙に練られたものだった・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る