スリープ・ダイバー ESP who can sleep(短編)

kasyグループ/金土豊

第1話 眠る能力者

小春日和の暖かな午後、その青年は、


東京都渋谷区立大山公園のベンチで、のけぞって眠り込んでいた。


彼は、いつでもどこでも眠れる男だった。




青年の名は、江戸川啓志、23歳。


どこにでもいるような平凡な外見に、中肉中背。


薄汚れたグレーのトレナーに、カーゴパンツ、


擦り切れたナイキのスニーカーを履いている。




彼の隣りには、一人の小柄な女の子が座っていた。


ショートカットのボーイッシュの髪型は、その整った


顔立ちに、よく似合っていた。


白いTシャツの上からスタジャンを羽織り、


ダメージジーンズ姿で脚を組んでいた。




彼女の名は、尾輪凛子。18歳という若さだ。




隣り合う二人の間には、奇妙な空気が存在していた。


一見、カップルのようにも見えるがそうでもない。


兄妹かと思えるような雰囲気でもないし、顔もまったく似ていない。


奇妙な男女二人組としか形容のしようがなかった。




『凛子、来たぞ』




彼女の頭の中―――意識に男の声がした。


その声は、となりで涎を垂らして眠っている、


江戸川啓志のものだった。




凛子のぱっちりと開いた両目が、かすかに細まった。




「この間みたいに、あたしの心の中を探らないでよね。


またやったら、グーパンでボコボコしてやるから」




彼女は実は、空手2段 柔道4段 合気道3段 


剣道5段の猛者なのだ。


普段はある空手道場で師範代を勤めている。




『そんなこともう、やんないって。それよりターゲットが近づいてる。


西側の道路だ。ロン毛にGジャン、黒革のパンツを履いてる』




啓志の声が、また凛子の頭に響いた。




江戸川啓志はテレパス―――テレパシー能力を


持つ、いわば超能力者だった。


それは他人の意識に入り込み、心を読んだり操ったりできる


能力のことだ。


他人の意識という海原に、ダイビングするように。




ただ、その能力を発揮するには、『眠る』ことが必要だった。


つまり、彼は眠っている間だけ、テレパスとしての能力を使えるのだ。




彼は自分の意識を飛ばして、周囲の人々の心の中を


覗きまわっていた。そして、見つけたのだ。




啓志にターゲットと呼ばれたロン毛の若い男は、


『出し子』とか『ハト』と呼ばれる、振り込め詐欺集団の


末端にあたる人間だ。




被害者を騙し、振り込ませた金を、コンビニなどにある


ATMから現金を引き出す役目だ。




そのロン毛の男は現金を引き出したばかりで、


それを銅元へと持っていく途中のようだった。




凛子はベンチから立ち上がると、西側の道路へ向かって行った。


俯き加減の、ロン毛の男の前に立ちふさがった。




男が凛子を避けようとして、右に動いた。


凛子は左に移動して道を閉ざした。


次に男は左に動く。またしても凛子は動いて道をふさいだ。




そこで初めて、男は顔を上げた。面長の青白い顔。


その細い目で凛子を睨んだ。




「てめえ、邪魔なんだよ。どけよ」




言葉は威嚇的だが、男が明らかに怯えているのを


凛子は感じ取った。




「犯罪者に道を譲る気はないわ」




凛子は毅然として言った。




男の細い目は大きく見開かれた。なぜ、自分のことが


この女にバレているのか?


男の視線は慌てたように、辺りを見渡した。




まさかサツ?それにしては若すぎる。どう見ても高校生くらいだ。


見たところ一人だけのようだし・・・。どういうことだ?




公園のベンチで眠っている江戸川啓志の寝顔は、


ロン毛の男の動揺ぶりを読んで、にやけたように笑んでいた。




「どきやがれ!くそアマ!」




男は貧弱な腕を振り上げた。拳を凛子に向けて突き出した。


彼女は、そのお粗末なパンチを、難なくかわしつつ、


啓志に向かって、心の中で言った。




啓志、後は任せたわよ―――。




『アイアイサー』




啓志の、のんびりと間延びした声が、凛子の意識に届く。




次の瞬間、男の動きが止まった。両手をだらりと下げて、


茫然と立っている。両目の焦点が合っていない。




啓志が、ロン毛の男の意識を乗っ取ったのだ。




凛子は男に近づくと、Gジャンのポケットから、


丸められて輪ゴムで留められた、札束を抜き取った。




それから何事も無かったような平然とした表情のまま、


公園へと歩いて行った。




啓志が、だらしなく眠っているベンチに向かいながら、


凛子は心の中で、彼に問いかけた。




被害者の口座番号とアジトの場所はわかった?




『もうバッチリだよ。それに奴の記憶から、凛子と


会ったこともデリートした』




OK。完璧。




凛子は啓志へ向けて、心の中で答えた。




肩越しに見ると、ロン毛の男は、とぼとぼと歩いていた。


ふところが、からになっていることも知らずに。




凛子は、その姿を見ながら、いたずらっぽく微笑んだ。

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