第44話
「……やめてよ」
一言。哀斗はそうとしか言えない。
「好きよ。哀斗」
「頼むから」
「愛してるわ。哀斗」
「……っ」
「この世で一番。大好きよ」
リミリーはそれでも、告白をやめない。告白イベントを、ないがしろのままで終わらせてはくれない。
どうして、この告白イベントには選択肢が二つあるのが当然なはずだ。
それなのに。それなのにどうして、選択肢が一つしかないんだ――。
「言えない。返事、返せるわけないじゃんか」
頬は、青いんだろう。冷めきっているのだろう。
「だって、まだ何もしてない。楽しいこと、これから経験していくんじゃないのかよ。二人で見たこともないところに行って、初めての経験をして、同じ気持ちを共有して、二人で笑って。そんな楽しい生活は駄目なのかよ……」
「ううん、きっと笑えるよ。哀斗は」
心が滾る。まるで、熱湯をかけられているみたいだ。
「一人でどうやって笑えっていうんだよっ!」
リミリーは、首を振ってから優しい瞳で哀斗を見上げた。
「大丈夫、哀斗は一人じゃないじゃない」
温かい手が、添えられた。美しく、透き通っていた。
「もう、他人の力を借りなくたって。友達ができることだって、分かったでしょ?」
「まさか……」
「あの二人の言葉は本心よ。アタシはただ、哀斗が今日学校に来るって教えてあげただけ」
リミリーの温かな手が、哀斗の頬を押し上げる。笑いなさい、と。
「哀斗は、ほんとは優しいんだから。人のために一生懸命に動けるような、かっこいい男の子よ。間違いなくね……惚れたアタシが保証するわ」
だから、とリミリーは。
「哀斗、好きよ。返事をちょうだい」
目が奪われる、一生この命が尽きるまで見ていたいと思う程に、可憐で完璧な表情だ。
完璧だ、完璧にもう、この先に続く未来が無いと、納得している顔だった。
「……え」
哀斗は、そう勘違いをしていた。
頬を伝って、リミリーの指先から小刻みに感触が伝わってきた。
リミリーは震えていた。顔だけ、能面のように笑顔を貼り付けたまま、その両腕だけは、弱弱しく、震えていた。
「ねえ、哀斗……。早く、しなさいよ……っ」
「―――ッ!」
リミリーを強く抱きしめる。思いきり、無くならないように、消えてしまわないように。
人の身体とは思えない程に、軽い。温かさだけは、人肌だった。
「俺は、リミリーのことが異性として好きじゃないっ!」
「うんっ……」
「俺は、リミリーとは付き合えないっ!」
「……うんっ……!」
「俺は、リミリーの彼氏にはなれないっ!」
「……っ」
「だから、告白の返事はっ、……ごめんなさい、だっ……!」
「そっか……。哀斗はそっかあ……」
リミリーの震えるような声が耳元に。思いきり顔と顔がすれ違っているから表情は見えない。それでも――。
「アタシ、やっぱり哀斗のこと大好きだなあ」
「…………っ!」
哀斗も限界だった。涙は、リミリーの身体を突き抜けて、床で鳴った。
「俺も……俺もっ……!」
「うん。なあに、哀斗」
「俺も、リミリーのこと大好きだっ……!」
両腕が交錯して、自分の肩を抱いていた。シャツの上を爪が走って皺を作る。
まだ、お腹のあたり、シャツからは温もりは感じる。
右肩は湿っていた。
———ありがとう、哀斗。アタシ、楽しかったわよ。
きっと言葉は、届いていた。
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