第30話

 まさか刺激の強い水着姿で街にでるんじゃ……、という哀斗の不安はあっさりと解消した。

 ログハウスから海までは歩いてすぐの距離にあるらしく、観光客の多いスボットとは少し外れた位置にあるということで、道中にほとんど人気はないとのことだ。

 それでも念のため、水着の上から女性陣はパーカーを、哀斗はTシャツを着てからビーチサンダルで海水浴場まで向かう。


「うおお、ゴミ一つ落ちてない浜辺初めてみた……」


 海特有の磯の匂いがする浜辺には、ゴミどころか人もいない。まさに、穴場といった感じだ。

 背中の傷で注目を浴びることはないし最高……! こんな開放的な気持ちで海水浴に来れたのなんて何年振りだろう、と哀斗は感動する。


「綺麗ですよね。人が多いところは苦手なんですが、ここは静かなのでお気に入りです」

「よく来るんですか?」

 

 憧子は眩しいのか、手でひさしをつくる。


「ええ、夏になるとほぼ毎年。花火の明音家と、私の涼詩路家で一緒に海水浴に来るんですよ。だから、別荘も掃除いらずだったり……。気づきませんでした?」

「こう、あまりの大きさにインパクトが強すぎてそこまでは」

「私も初めて泊まりに来た時はびっくりしたものです。あの頃は随分と小さかったので、家よりもおっきいー、なんてお互いの両親が居る中で言ってしまって……あの時に父が複雑な顔をしていた理由が今になればわかります」

「子供の無邪気さって毒にも薬にもなりますもんねえ……」

「ふふ、哀斗くん、おじさんみたいなことを言うんですね」

「まだ高校生ですよ!」


 えー、と拗ねる憧子。何気ない妖しさが哀斗をくすぐる。


「そ、それにしてもあの二人元気ですねー」


 浜辺で話す哀斗と憧子の視線の先には、水着姿のリミリーと花火の姿があった。


「ちょっ……とおっ! さっきから射撃が的確すぎるのよっ!」

「リミリー先輩。花火のエイム力を侮りましたね。せいばい!」


 海に着くなり、浅瀬で血気盛んに走りまわって、ああしてウォーターガンで撃ちあっている。ちなみに、別荘に置いてあったものだ。


「ハナなんかに絶対負けないんだから!」

「花火だって、うしちちになんて負けませんっ!」

「なんですってぇっ!」


 真夏の太陽に照らされて、水しぶきがキラキラと輝く。そこで踊るように動き回る水着姿の女の子……というのは非常に絵になる光景ではあるが……。


「どうして、あんなに血気盛んにバトってるんですかね……?」

「さあ、どうしてでしょうね~」

「……涼詩路さん、何か知ってますよね?」

「いっ、いえ、そそそんなことはないですよっ⁉」

「嘘つくの下手くそすぎませんか……!」


 どこから取り出したのか、本で顔を隠す憧子。

 哀斗が、本のタイトルに『サメの撃退方法』と書かれているのを微妙な気持ちで見ているところで、海の方から声が挙がった。


「よっしっ、花火の勝ちですっ!」


 勝利宣言をする花火に対して、ぺたりとその場に座り込むリミリーの顔からは水が滴っている。まさに、水も滴るいい女とはこのことか、とリミリーに見惚れていると、花火がぴちぴちと音を立てて寄ってくる。


「あーくんっ、さあさあ花火と行きましょう!」

「行くってどこに?」


 咄嗟に腕を組まれ、ささやかながらしっかりとした存在感のある花火の胸が腕に当たる。

 ちょっとハナっ! くっつきすぎよっ! と少し離れたところにいるリミリーの声を無視して花火は、耳元に口を寄せてきて……


「イイトコ、です」


 とささやいた。


「ふぉうっ⁉」


 湿気の含んだ温かな吐息が、生々しくも耳元を包む。


「おねえちゃんはリミリー先輩の相手してあげてくださいね」

「私もついてっちゃだめかな?」

「流石のおねえちゃんでもそれは譲れないよ! 勝ったのは花火なのだからっ」

「えーと、勝ったってどういうこと、明音?」

「それはお楽しみですよ。さあさあ、急ぎましょう、行きましょう!」


 ずいずいと、哀斗は足取りも定まらないままに花火に引きずられる。

 いったいなんなんだろうか、と哀斗は疑問に思うが、今はそれよりも、


「(胸の感触がやばい)」


 幸せな感触のせいで、アレがエクスカリバーしないようにするので精一杯だった。

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