第20話

 そんな日々の中。いつものように昼休みに図書室内にある、妙な生活感を放つ書庫にて憧子へPCを教えていると、次はリミリー乱入イベントが発生した。

 なんでも、哀斗が昼休みにどこへ行っているのか気になっていたらしく、付けてきた、ということらしい。初めは、二人羽織状態になって教えている(憧子が涙目でせがんできたので仕方なく)憧子と哀斗の様子を見て、リミリーは不純異性交遊だのなんだのと、図書委員長兼生徒会役員である憧子に、わけのわからないキレ方をしていたのだが……。


「リミリーちゃんの髪ほんと綺麗ですね」

「べ、別に……地毛だし……」

「さわり心地もとてもいいですよ」

「……すっ、好きに編んでもいいわよ」


 憧子の落ち着いた雰囲気と、溢れ出る母性にほだされたのか、数日もすれば髪を梳いてもらっている光景を見ることもしばしば。そして、頻繁に書庫へ遊びに来る花火が癇癪を起さないわけもなく……。


「ねーえ! 花火のおねえちゃんなんですよ! か、え、し、てー!」

「こらっ、スカート引っ張るんじゃないわよ、見えちゃうでしょ! あ、ちょ! ちょっと、哀斗どっか壁の方向いてなさい! 壁の方っ!」

「ふふふ、二人とも仲良しさんですねー」

「(むしろ、俺よりも涼詩路さんの方がモテてませんかね……?)」


 ヒロイン(憧子)にヒロイン(リミリー)をNTRされるという反応に困る展開もしばしば。

 しかし、


「(ま、別にいっか)」


 と、思えるくらいには哀斗は書庫でのこの関係を、居心地が良いと感じていた。 

 なんてことない日常イベントの方が割合は高いが、哀斗にとってヒロインである憧子とリミリーが居る以上は、必然、ギャルゲ的イベントも起こる。


「えーと……どうしてこんなことに?」


 もはや、溜まり場と化した書庫にて。

 リミリー、憧子、花火の3人が、うさみみに胸元の開けたレオタード黒タイツという、言うなればバニーガールのコスプレをして立ち並んでいたこともあった。


「数年前の文化祭で使われたものらしいんですけど……ここを倉庫と勘違いして誰かがしまっていたみたいで……」


 と、憧子がカーペットが見えないくらい積まれた本の山を差した。哀斗の身長程の高さはある、本のタワーが乱立しているそこになら確かに何があってもおかしくはないが……。


「(図書室にバニーガール……なんという組み合わせ……って、やばっ――)」


 まずいっ、こりゃ……。

 久しぶりにぞわりとした感覚。喉の奥が無意識に勝手に震えだした。

 途端、脳内にあるイメージが投影される。

 大きすぎるわけでもなく、小さすぎるわけでもない膨らみを3割くらい晒した、同じくバニーガール姿の哀果。俯瞰したような目つきで、余裕な目を向けてきているものの、指先は癖のついたもみあげを弄っていて、本人の恥ずかしさが露呈してしまっている。目の前にいるわけでもないのに、ひどく生々しい光景。

 ここまでリアルに想像してしまうと、もう辛抱無いわけで……。


「姉ちゃんのメイド姿、堪らない……」


 また、シスコン発言をしてしまった、と溜息を吐きながらがっくりと周りを見渡すと……。


「キモいわよ、哀斗」

「何か言いましたか? 哀斗くん」

「え、なになにー?」


 リミリーだけ、耳に届くという最低限の被害で済んでいることがわかった。アスモウラのはからいで、他の二人については聞こえないようになっていたのだろう。ヒロインでない花火にも魔力の影響が及んだのはおそらく、下手な発言が記憶に残ると今後に支障がでるからだろう、と哀斗は整理をつける。


「あー、いや。気にしないで」


 アスモウラの補助も働いているし簡単に誤魔化せるはずだ、と哀斗は適当に流す。予想通り、憧子と花火は既に気にしていない様子だ。同時に3人に魔力を施すのは厳しいのか、リミリーだけはまだ、哀斗きっも……、と言いたげな顔をしている。


「(次期に忘れるだろうし、ほっとこう)」


 それでも哀斗のメンタルは割かし傷ついていて、うんざりとしていたところ……ムードメーカー花火がリミリーや哀斗のテンションを見兼ねて「おやおやー、浮かない顔してどうしたんですー? 今更、あーくんにお披露目したのを後悔してるんです?」と、弄りをいれた。


「べっ、別に哀斗に見せるために着たわけじゃないわよっ!」

「出ました! リミリー先輩のつんでれっ!」

「ツンデレ言うなっ! ハナっ!」

「でしたら、そこに座ってお茶でも飲んでいたらどうですか? あーくんには、おねえちゃんと花火だけを可愛がってもらうので」


 挑発的な眼でリミリーを刺激しながら、左腕に花火が抱き着いてくる。


「え、ちょぉっ! 明音⁉」


 微かながらも感じる感触を腕が自然に感じ取ろうとしているのだろうか。腕の敏感さが増してツインテールのこしょばゆさすら、強く感じ取れる。


「ほーら、おねえちゃんもはんたいがわっ!」

「……全く花火ったら、しょうがないですね」


 むにゅり、と右腕にも柔らかな感触が広がる。


「す、涼詩路さんっ⁉」


 レザー生地とはいえ、生乳との壁はたったの一枚……。更には上乳に至ってはほとんど直接当たっているも同然で……。バニー最高……うさぴょんぴょん……、と哀斗の頭の中は満開のお花畑が広がっていた。


「(……というか、リミリーレベルでは無いにしろ、涼詩路さんってかなり胸あるんだな……。制服姿じゃ全くわからなかったし、着痩せするタイプってこと……ごくり……)」

「ちょっと、哀斗っ! なに鼻の下伸ばしてるのよ!」

「ちっ、違うんだ!」←端から見たら馬面。

「なあにが違うのよ! 右左右左って胸元追う視線でバレバレなのよっ!」

「不可抗力だよお……」


 無意識って怖いね。ほぼ反射でやってたよ、今気づきましたよ。


「いいじゃないですか、それくらい。仕方のないことですよ、花火たちのこと、あーくん大好きみたいですしい~」

「そうなの⁉ 哀斗⁉」


 リミリーが、詰め寄ってくる。本人は睨みつけているつもりだろうが、身長差のせいで哀斗からすると上目遣いにしか見えなかった。ついでに、ボリューミーな胸元が視界いっぱいに広がって刺激的な光景も広がっている。


「え、えーと、明言した覚えはないんだよ?」


 否定するのも肯定するのも後が怖いので、お茶を濁すことにする。だというのに……。


「ほーら見なさい。やっぱり、アンタみたいな貧乳は好きじゃないらしいわよっ(鼻息を荒くしながら)」


 リミリーさん感受性高すぎィッ! と哀斗は焦る。


「えと、そこまでは言って――」

「貧乳っ⁉ 今貧乳と言いましたね⁉ いいですか、ひんにゅうというのは、貧しい乳にあらず、品のある乳と書いて品乳と言うのです。あなたみたいに、牛舎に居たら見分けるのがむつかしそうな爆乳よりはよっぽどマシです!」

「もうっ!」

「ふっ」


 花火が鼻で笑う。完全に子供の喧嘩だった。


「花火~。あんまり汚い言葉ばかり使うと、叔母さんに言いつけますからねー」


 すかさず、憧子の静かながらも凄みのある叱責が飛んだ。すぐに花火は体を震わせた。家で調教でもされているんだろうか、と哀斗は怯えた。


「……すみません訂正します。見分けはつくかも知れませんね、牛舎の持ち主さんには。まーでも、やっぱりおっぱいは小さい方が強いと思いますっ!」


 花火の譲歩(?)したらしい発言に、尚もリミリーは目くじらを立てるのをやめない。


「そっ、そこまで言うなら哀斗に決めてもらおうじゃないっ。ほら、いいからとりあえずはーなーれーて!」


 と、強引にリミリーが両腕から二人の胸を……二人の腕を振りほどいた。


「んで、こうっ!」


 ――そしてなぜか、リミリーは空いた哀斗の両手を豊満なバストへと押し付けた。

 哀斗は目を点にしたまま、巨乳鷲掴み状態になった。

 露出した上乳に指先がゆっくりと沈んでリミリーの柔肌の形が変わっていく様に、目が釘付けになる。


「ちょちょちょちょちょっ、リミリーさん⁉ えと、リミリーぃ!」


 童貞の哀斗には荷が重く、一瞬で脳はショート。

「大胆すぎますよ!」「り、リミリーちゃん度胸がすごいですね」


 花火と憧子の口々な反応を受けてから、リミリーは勢いでやってしまったことに気づいて……ボンっ。膝から崩れ落ちて、赤くなった顔を羞恥心のあまりに覆っている。


「きゅぅ……」

「おぱ……む、むね……」

「あわわっ、あーくんが壊れました!」

「こ、これは大変です。花火、私はこういう時に役立つ本が無いか探してきますので、その間に介抱を」

「おねえちゃん待ってっ、まだうさぎさんのままだよ!」

 時にまったりと、時にバタバタとしたイベントを挟みながらも時間は流れる。


 □


 リミリー、憧子、花火と過ごす時間は最高に楽しい。

 こうやって休み時間になる度に皆で集まって話をして、馬鹿をやって、笑って過ごす。

 この関係を壊したくない。いつからだろう、そう思うようになったのは。

 だから、もう終わりにしよう。

 

 ――主人公になりたい。


 この願いを、終わらせるんだ。

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