第62話 ノージェ

 上半身裸になったノージェさんは、彫像のように引き締まった身体をしていた。

 もしここが美術館であれば、目玉として中心の高い所に展示されるだろう。

  

 誓っていやらしい目で見たわけではないけど──むしろ、ボクの場合はそういう目で見れたほうがよかったのかもしれないけど。

 ノージェさんの胸は、女性らしくやや膨らんだ丘になっていた。でも、ブラは着けていない。


 ボクの視線がそれをしかと確認したのを受けてか、ノージェさんはそそくさと上着を羽織り直した。


「さすがに、は見せられないけどね。私は両性具有りょうせいぐゆうなのさ」


「りょ……りょ!?」


 "両性具有りょうせいぐゆう"。たしか、男女どっちでもなく、どっちもある──という意味だったはず。

 ボクは頭でそれを理解しつつも、その言葉に衝撃を受けてうまく口を動かすことができなかった。



「フフッ。目が点になってるよ、マコくん」


「な──なんのために見せてくださったんでしょうか」


「……胸襟きょうきんひらく、という言葉があるだろう? キミには、包み隠さず何でも打ち明けたいと思ってるんだ」


「だからって本当に脱ぎますかね……?」


「脱ぎたかったのさ」


「はあ」


 ひとまず意味がわからなかったけど、ノージェさんに大会の件を抗議する気は失せてしまった。



「少し、昔話をさせてほしい──」

 ノージェさんは喋りながら、室内の椅子に腰を下ろした。

 足を外側に開いて座る仕草は、どこか男性的だ。


「──前にも話したが、私は生まれた時は女性だったんだ」


「でも、今は違うんですよね」


「その通り。……西の樹海に、リリニア・ウェサイアというお方がいてね。冥眼めいがん魔王まおうとも呼ばれていて……樹海の実質的な支配者だ」


「……はい。リリニアさんとは、ボクも知り合いです」


「おや、そうだったのかい。なら、話が早い。リリニアさんの魔法技術のすごさは知っているだろう。六年前、彼女に頼み込んでね。”細胞錬成術さいぼうれんせいじゅつ”という特殊な魔法技術で、身体を作り変えてもらったのさ」


 リリニアさんの事を語るノージェさんは、素晴らしい体験だったというように目を輝かせた。

 彼女の事を崇拝すうはいしているんじゃないかと思うほどだ。



「なぜ……? 望んで、そうなったんですか?」


 ボクがいまの身体になった経緯は、自分の意思とは無関係だ。

 しかし、自ら進んでなんて──変わった後に自分が体験した苦労を考えると、理解しがたいことだった。


「……私は、アルカディア王家の長女として生まれたんだが……妹が十六人いてね」


「じゅうろくにん!? 大家族ですね……。あっ、王家だからそういうものなんでしょうか」


「まあ、なかなか多いだろうね。……私の父は、王位を継がせるため、長男の誕生を望んでいたんだ。だが、生まれるのは女児ばかりだった。もはや王家は呪われてるんじゃないかとまでうわさされたよ」


「あっ……」

 ノージェさんの話の顛末てんまつを予想して、口から思わず慨嘆がいたんの声が出た。


「私が長女だったからかは知らないが、父からは”お前が男だったら良かった”としきりに当たり散らされたさ。……自分でそうしたのか、そうさせられたのかは、もはや忘れてしまったが──そのうち、私は男装して過ごすようになった」


「それは……つらかったのではないですか」


「ははは、そうだね。一時期は王国を飛び出したほどつらかったよ。……でもね。王子様、王子様と持てはやされるのはそう悪くない気分だった」


「王子様、ですか。……たしかに、いまのノージェさんはそんな感じがしますね」


「ふふ、嬉しいよ。ありがたいことに女性から受けた告白は数えきれないし、女性と付き合ってみるのも楽しかった。私は生来せいらい、他人からの期待に応えることが好きな性分しょうぶんなんだ」


 いまとなっては笑い話、という口調だけど……ノージェさんが生い立ちの中で受けた苦痛は、ボクには計り知れない。

 どこか、笑い飛ばすことで自分をふるい立たせているようにも見える。



「……すごいことだと思います。ボクにはとても真似できないです」


「真似する必要はないさ。私には私の、マコくんにはマコくんの生き方がある」


「そう、ですね……」

 

 ……ボクの生き方って、なんだろう。

 ノージェさんを見ていると、今のボクにとって参考にすべき部分があるんじゃないかとも思える。



 短く咳払せきばらいすると、ノージェさんは椅子から立ち上がった。


「──さておき、話を戻そうか。ともかく私自身も王家としても、魔人であるリリニアさんに恩義がある。彼女の協力を得たおかげで、アルカディア王国は後継ぎを得たのだからね」


「……でも、王国は魔人を排斥はいせきしているんですよね。受け入れられないものとして、ひとくくりにして」


「そうだね。アルカディアの国民は皆、”魔人とは血も涙もない恐ろしい人種である”という教育を受けて育っている。私自身もご多分に漏れず、リリニアさんに会うまではそう思い込んでいたよ」


「ひどい! どうして、そんな風になったんです?」


「過去の戦争の歴史が、そうさせたんだろうね。……だが、実際に会ってみるとどうだろう。魔人たちは姿形が違っても、私や他の人間と同じように心を持った”ヒト”だった。獣人だって同じさ。私たちは、必要以上に自分と違う人種を忌避きひしすぎていたんだ」


 ノージェさんは、行き場のないやるせなさを外に捨てるように、窓にもたれかかった。

 窓から見える空はまだ明るいが、どんよりとした雲が広がっている。



「じゃあ……王国のみなさんや新しい世代に、魔人や獣人は怖くないんだって、自分たちと同じなんだって、教えてあげてくれませんか」


「もちろんさ。今すぐには叶わないが……私が王になったあかつきには、そうするつもりだ。……だが、問題がある」


「問題って?」


「つい、三年前のことだ。王家にとっては待望の……男児が誕生した。私にとっては腹違いの弟だ」


「……ええっ!」


 新しく生まれた、弟。

 本来は喜ぶべきことのはずだけど、ノージェさんにとっては……。


「お察しの通りだ。私ではなく弟に王位継承を、という声が挙がっているよ。本当に勝手なことだと思わないか? ついでに、彼の母親は生粋きっすいの魔人排斥はいせき派ときたもんだ」


「どうするんです? まだ、決まったわけじゃないんですよね」


 ノージェさんはこちらに前に歩み寄ってきて、目線を合わせるように床に膝をついた。


「ああ。そこでキミの出番なんだ、マコくん」


「……ボク?」


 紫色の大きな瞳が近くに寄ってくる──。

 見つめ返すと、宇宙の果てないうつろを覗いているような不思議な気分になる。


「うん。私が王になるためには……誰にも文句を言わせない、揺るぎない実績が必要なんだ。キミには天弓てんきゅう巫女みことして、私が王座にく為の協力をして欲しい」


「ボクが天弓てんきゅう巫女みこって……本当なんですか? まだ、よくわからないです」


「嘘だと思うなら、一緒に天弓てんきゅう祭壇さいだんまで行ってみるかい?」


「そ、それは……」


「キミにとっても悪い話じゃないはずだよ。魔人が市民権を得るためには、私が主導して王国の教育を変える必要があるからね。それに、この取り組みは三角大陸トライネント全体にも影響を与えるだろう」


「ううん──」


 話を聞く限り、あたかも素晴らしいことのように思う。

 魔人に対する偏見がなくなれば、バル様やボクにとって三角大陸トライネントはこれまでよりも住みよい環境になるだろう。

 ……だけど。


「──バル様は、反対すると思います……」


「私は、にお願いしているんだよ。マコくん」


 ノージェさんはムッとした表情で、更に顔を近づけてきた。

 避けようとして寝台に後ろ手をつく。逃げれば逃げるほど顔が近づいてくる。


祭壇さいだんを起動したら、大変なことになるって聞いてるんです……」

 

「……彼から何を吹き込まれたのかは知らないが。キミはまた、固定観念こていかんねんにとらわれているんじゃないかな」


「そうなんでしょうか……?」


「そうさ。もっと多角的に考えたほうがいい。私たち”人間側”の意見も聞いておくれよ」


「……」


「どうかしたのかい?」


 ノージェさんはそれぞれ立場が違うという事実を言っているのだから、悪気がないことはわかってる。

 だけど──話をすればするほど、自分が”魔人側”であることを突きつけられてしまう。


「ちょっと、考えさせてください……」


「……わかったよ。ならば、彼のところへ行こうか。バルフラムさんにも話をする必要があるなら、いくらでも付き合おう」


 ノージェさんはピシッと立ち上がると、こちらへ手を差し出してきた。

 淑女しゅくじょをエスコートをする時の紳士たる振る舞いだ。


「……大丈夫です。ボク、一人で立てますから」


「つれないねぇ、レディー」



 いま、この手をとるわけにはいかない。

 引き込まれるまま物事を決めてしまわないように……”自分の意思”を、強く持たなければ。

 

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