第52話 ああーっ!!

 客席への入り口とは、反対側。

 ここには大会出場の為の受付窓口があり、選手たちが続々と集まって来ている。

 人で溢れる闘技場コロッセオ内でも、このあたりは幾分いくぶんすいているようだ。


 他の選手らしき人々は、自信に満ちた表情で足運びもどこか隙がない人ばかりで、いかにも強そうだ。

 こんな中に混じって戦うボクは、場違いなのでは……?


 しかし、やってみないことには何も始まらない。

 フウメイさんからは"特訓通り実力を出せれば問題ない"……と、言われている。



 バル様とロゼッタさんは、一足先に上の客席のほうへ登っていった。

 目立たないように魔法がかかっているから大丈夫だとは思うけど、この人ごみの中に”煉獄れんごく魔王まおう”が紛れていると知れたら、騒ぎにならないだろうか……。



 受付に並ぶ列の中に、見知った顔があった。


 ニット帽を被った、背の高いやんちゃそうな青年。

 フウメイさんが彼のほうにするする滑るように移動し、声をかけた。


「……アイゼン」

「おふくろ……!?」


 突然の母親の出現に対し、アイゼンの声はうんざりしたようなため息混じりだ。

 しかし並んでいる列から離れるわけにもいかずに、苦虫を噛んだような顔になった。


「探しましたよ。今、どこで寝泊まりしているのです? 食事はしっかり摂っているのでしょうね?」


「……何で来ちまうかなあ、ここに」


「聞いているのですか?」


「……知り合いのとこだよ。食事はその辺の屋台で食ってる。路上ストリートで稼いだタグを売ればいくらか儲かるからな」

 アイゼンは、ふてくされたように答えた。


「そうですか、それは結構です。わたくしは、あなたが健康に過ごしているであれば、それでよいのです。……変なものを食べたり飲んだりしては、いけませんよ」


 フウメイさんの口調は静かながら、釘を刺すような含みがある。

 アイゼンのイライラした調子とは対照的だ。


「……言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなんだ?」


「──アイゼン。わたくしは……あなたの人生の、味方です。それだけは理解してください。あなたが道を間違えそうになった時には、お節介を許して欲しいのです」


「オレが選ぶ道が正しいか、間違っているか。それを決めるのは、オレ自身だ。……おふくろ、あんたじゃない」


「……ほほほ。では……わたくしは、わたくしの判断で勝手に世話を焼かせていただきましょう」


「チッ……嫌んなるぜ、放っておいてくれよ。オレはもう大人だぞ」


「そういうわけには参りません。あなたがいくつになっても、わたくしはあなたの母ですから」



 フウメイさんは彼に背を向けると、こちらに戻ってきた。

 相変わらず表情が読みにくいけど、少なくとも明るい表情でないのは確かだ。


「……コホン。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」


「フウメイさんち、ふくざつなの?」

 コニーはきょとんとした顔で首をかしげた。


「他愛もない、息子の反抗期でございますよ」

 フウメイさんはやれやれと言う調子でつんとしている。


 でも、本当にそうなのかな……。

 アイゼンが言っている”魔人になりたい”という気持ちの本気度合いによっては、”反抗期”という言葉で片付けていいものだろうか。


「フウメイさん……。ボクとコニーを鍛えてくださったのは──やっぱり、彼が大会で勝ち抜くのを阻止する為だったんでしょうか?」


「それだけではありませんが……それは否定いたしません。だしに使うような形になり、申し訳ございません」


「いえ、ボク自身も霊水エーテルが必要でしたから。それに、おかげさまで魔法の扱いに関してはだいぶ上達できたと思います」


「そーだよー! フウメイさんのおかげで、あたしたちめっちゃ強くなったから! リスペクトだよー!」


「ほほほ。そう言ってくださるならば、いくらかむくわれます。あの子には──アイゼンには、もっと魔法の奥深さと、世界の広さを知ってもらいたいのです。どうぞ遠慮なく、負かしてやってくださいませ」


「……はい!」


「ところで、受付は大丈夫です? 何か、マコが目立たないようにする"作戦"があるんでしたよね?」

 会場を見回しながらそう言ったのは、ミナミだ。

 そういえばフウメイさんには何か策があるようだったけど、具体的には聞いていなかった。


 ボクはいま帽子を被って服の中にしっぽを隠しているけど、魔素合戦マナゲームで激しい動きをすればこんなのは簡単に脱げ落ちてしまうだろう。

 試合形式となると、魔法の効果で隠れるというわけにもいかない。


「はい、左様でございます。マコさん。あなたには……この”猫耳変装セット”を使って、猫の獣人にふんして頂きます」


「……なんですって??」


 フウメイさんは、ふさふさとした三角のアクセサリー二つと、細長いふわふわの筒のようなものを取り出した。


「……”猫耳変装セット”で、ございます」


「あの、すみません。ちょっと理解が追いつかないんですけど……」


「これはですね。猫のニセ耳が二つと、猫ふうしっぽカバーの三点セットでございまして。マコさん、あなたのツノとしっぽにこれを装着すれば、たちまち猫の獣人にしか見えない容姿を手にいれることができましょう」


 そして、呆然とするボクの両手に”猫耳変装セット”なるグッズが乗せられた。


「えっ──ええ~……」


「わたくしもコニーさんも、獣人ですから。マコさんも変装して共に受付を済ませれば、獣人の団体だと思われるはずです。怪しまれる心配はないでしょう」


「そ、そういうものです?」


「そういうものです。さあさあ、あちらに更衣室がございます。受付が締め切られる前に、お急ぎくださいませ」


 振り向くとミナミが、おかしくて堪らないという顔でニヤけていた。

 これは確実に、面白がっている……。



 * * * * * * *


 ──仕方がない……。

 フウメイさんにうながされるまま、更衣室の扉を開いた。

 細長い部屋の片側は全面鏡になっていて、机と照明が備え付けられた楽屋がくやのような空間だ。


 しかし、後ろにぴったりと人がくっついて来る気配がする。


「……なんでいるの、ミナミ」


「へへへ。手伝ったほうがいいかなって思って」


「平気だってば……。この三つを……つけるだけでしょ」


 幸い、更衣室にはボクたち以外に誰もいない。

 あらかた受付を済ませて、会場の奥へ進んだのだろう。


 ボクは鏡を見ながら、二つのニセ猫耳を自分の小さなツノの上に被せた。

 

 ──きゅっ。

「はふっ……」


 内側はツノを締め付けるような素材になっていて、動いても簡単には取れなさそうになっていた。

 ……以前の身体には無かった部位に何かが触れる感触は、未だに慣れない。

 と言っても、ツノに関してはまだマシなほうだ。


 問題は──この、しっぽカバー。

 これをしっぽに、被せる……?

 確かにそうすれば、ボクの悪魔的なしっぽは、見かけ上だけ猫のしっぽのようになるだろうけど……。


「なにボーッとしてんの、マコ。つけるんでしょ? それを」

「ううん……」


 試しに、しっぽの先端をカバーにいれてみるも……ボクのしっぽは先端が矢印状に尖っているので、うまく入っていかない。

 それに、なんだろう……この感触は。


 ──ぬるり。


「ッひええ!!」

「ど、どしたの?」

「なんか、内側がぬるぬるしてて……」


 一旦引き抜いてみると……ボクのしっぽの先端に、ゼリー状のなにか・・・が付着していた。


「マコ、これは──接着剤だね。簡単にはすっぽ抜けない為に、こうなってるんじゃないかな」

「……意味わかんない。ぜったい、むり……!」


「でもさ、これをつけないと大会に出れないし……霊水エーテルも手に入らないでしょ?」

「うう、なんで、こんなことに……」


 もう一度チャレンジしてみるも……どうしてもしっぽが刺激に耐えられずにするする逃げてしまい、うまくカバーが入っていかない。


「ねえ……わたしが押さえて、やってあげようか?」

「……い、や……」



『──まもなく、受付を締め切ります。個人の部に出場される選手の方は、お急ぎください』


 無情にも、拡声魔法による場内アナウンスがボクに残された選択肢が存在しないことを告げている。


「お──お願い……ミナミ」


「マコ……。わたしは、その顔を写真に撮りたい」

「いいから、早くして」


「印刷して部屋の壁一面に貼りたい……」

 ミナミはそう言いながら、ボクのしっぽと、カバーを両手に掴んだ。

 ボクは机に手をつきおしりを突き出して、なすがままだ。


 ああ──命綱を握られて、崖の上に立っているみたいな気分だ。


「さあ、いくよ」


 ──するる……。


 おしりから背中にかけて、むずむずとした感覚が登って来る──。

 

 鏡に映った自分の顔は、なさけなく口を開けている。

 ボク、こんな顔してたの……? ああっ……!


 両手で口を覆った。何も、何も──自分は何も感じていない。そう言い聞かせる。


「──!! ……」


 小刻みにふるえる太ももを、おさえられない。

 どうしても、布団に潜って自分のしっぽを慰めたあの時のことを……思い出してしまう──。

 

「まだ、先っぽしか入ってないよ? しっぽカバー」


「は──はやくっ、おわらせてよぉ!」

「いいの? じゃ、遠慮なく……」


 ──するっ、ぬぬ……。


「……いっ──あっ!? ……ああーーーーっ!!」



 それは──かつてない感覚で──。


 あたまがまっしろになって……、ボクはがくがくと、つくえにへたりこむしか、なかった。



「……マコ? 奥まで……ちゃんと入ったよ。しっぽカバー」



 ──もう少しで、失神するところだった。


 そこにいるはずのミナミの声が、遠くから聞こえているみたいだ。

 からだに力が入らず、机に突っ伏したまま……起き上がりたくない。


「……もう、やだ……。帰りたい」


「何いってんの。んなこと言うと、引っこ抜くよ? コレ」


「やだーっ!? やめて! 出ます、出ますから! 大会に!」


「……ふふっ、あはは……! ああ、楽しいなぁ。ほんと、マコと居ると飽きないわ~」


「……笑い事じゃ、ないんだけど……」



 大会が終わって、これを取り外す時は……絶対にひとりきりで。

 そう心に決めた。

 

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