第31話  スライムサバイバー

「きつね憑きさぁ~んっ‼」


 ヨウコを抱えて指定された場所――街の中央付近――に到着するとユゥさんがこちらに手を振って出迎えてくれた。


「ユゥさん! スライも!」


 そばに寄るや俺の手を取りおいおい泣き出す彼の横でスライがぴょいと元気よく跳びはねる。緊急通信の後から姿が見えなかったけどスライも無事だったか。


「良かった……! 本当に、無事で……!」

「ユゥさんこそ! その腕、大丈夫ですか?」


 彼は片腕を包帯でグルグル巻きにされている。骨折しているのだろう。それでも本当に良かった。


「はいっ、ベアトリスさんが庇ってくれたから、これくらいで済みました」


 えへへ、と笑うユゥさんの後ろで女性が二人こちらを窺っている。一人は三白眼でユゥさんを睨むように注視していてもう一人は愛想の良いニコニコ顔で手を振ってきた。表情は対照的だけど、髪の色が同じで顔つきも似てるから姉妹だろうか。たぶん、スライムサバイバーのメンバーだな。


「それでユゥさんは何しにここへ?」

「ああ! そうだった! リィン!」


 ユゥさんの呼びかけにムッツリ睨んでいた方の女性が前に進み出て、備品召喚インベントリで二本の剣を取り出し手渡してきた。ひとつは鞘に納められた一見普通の剣で、もう片方は抜き身で切れ味の全くない剣の形をした不思議な金属の塊だ。彼女は用を済ませると姉妹の元へ踵を返した。その足元には赤いスライムが付き従っている。


「まずはゼロさんから。それを銀閃さんに渡してくれ、とのことです」

「わかりました」


 受け取った剣を備品召喚インベントリで収納するが、疑問は解消されない。物品の受け渡しならこの人たちスライムサバイバーが出てくる必要はないはずだ。それに先ほどゼロが広域通信で言っていたことも気になる。


「それと、僕らは巨竜タイラントのブレスを止めに来ました」

「えっ?」


 ユゥさんの発したその言葉に思考が止まる。けれど彼の表情は真剣そのものだ。



 § §

 


「無茶だ! ユゥさん!」


 思わず否定の言葉が出てしまった。だけど、スライムサバイバーは戦闘向きのパーティーではないと聞いていたし、ユゥさんも前線に立ってはいけない人だ。

 遠くで巨竜タイラントがブレスを吐いている姿が見える。あの威力をここにいる三人で凌げるとは思えない。


「いえ! さっきは火球のに負けたんです。火球が封じられてブレスだけなら、止められます! 仲間もいますっ! だから、止めます……!」

「ユゥさん……」


 ユゥさんの熱意に押されてしまいそうになるが、大丈夫なのだろうか。ヨウコを見ると『わかりません』と首をふるふると振るだけだ。ブレスを防ぐ手立てがないとトリスしか巨竜タイラントに接近戦を挑めない状況が続いてしまうのは確かなのだが。


「……ユゥ、本当にやるのか? お前が助けたいきつね憑きは無事だ。またお前が前線に出ることないだろう?」

「リィン、僕は皆に凄く助けられたんだ! それに、ゼロさんとも約束してる」


 仲間からの横やりにユゥさんがツンツンしている方へ駆け寄り説得を始めた。本当に大丈夫だろうか?


「ごめんなさぁい、妹はユゥ君のことが心配なのよねぇ~」


 ユゥさんとリィンと呼ばれた娘が騒いでいるとしているとニコニコ娘さんがそばへとやって来た。ユゥさんに輪をかけて緩い雰囲気の人だ。


「はじめまして。私はスライムサバイバーのリューネといいます。あっちでユゥ君と騒いでいるのは妹のリィンです。二人がきつね憑き?」

「はい。俺は克人。小林克人」

「……ヨウコです」

「はぁい、よろしくね。きっと二人は私たちがドラゴンブレスを防げるのか心配、だよね?」

「はい。正直なところ、かなり疑問視しています」


 リューネさんはうんうんと頷く。ヨウコから視線を逸らすこともないし、思ったよりも肝が据わってるな。


「ユゥ君が言ってたように火球攻撃みたいな、衝撃が伴うモノはお手上げだねぇ。けど、ブレスみたいに純粋な熱や炎だけなら防ぐことは出来るよ」


 具体的な内容と自信ありげなリューネさんの態度にヨウコは俺を見て頷いた。

 俺達の横ではユゥさんがリィンさんの手を取って『守りたいんだ!』と熱意ある説得を決めていた。ユゥさん、何してんの? そして、対するリィンさんは顔を真っ赤にして『……仕方ないな』と口説き落とされたのだった。戦場のど真ん中でラブコメかな?

 そんななか街の中央方向から緑色をした粘性の生き物がビタンビタンと這ってきた。その姿は巨大な尺取り虫といった風体だ。その姿を認めるとリューネさんが跳びあがった。


「アースラちゃん! 待ってたよ~! さあ! 二人ともぉ、やるよ~!」


 リューネさんがその巨大な尺取り虫に抱き着き、そのままその身体に沈みかける。他の二人はそれに気づくと慌ててリューネさんをアースラちゃんと思しき生き物から引っ張り出し始めた。 

 スライムサバイバー、スライムの名の通り掴みどころのない人達だ。


 

 § §

 


 俺達の心配をよそにスライムサバイバーの面々はやる気のようだ。ここまできたら信じて任せるしかない。彼らを見守っているとゼロから通信が入る。


『ユゥ! いけるんだろうなぁ⁉ 散々たきつけて、作戦変更までさせたんだ! 見せてみな、お前らの『守る力』ってヤツを!』

『はいっ! リィン! リューネさん!』


 ゼロの言葉に力強くユゥさんが応じると彼らは行動を開始した。魔力が高まり研ぎ澄まされていくと共にスライム達が動き出す。

 アースラがその身体の先頭をスライにめり込ませて接続すると、続いて赤いスライムがスライの全身を呑み込んだ。


『水の吸い上げ、始めるよぉ~!』


 リューネさんの合図でアースラがビクンビクンとその身体を震わせ始める。尺取り虫に似た身体は長くどこから伸びてきているのかはわからないが、身体を振るわせるたびに水音共にスライの身体が大きく膨れ上がっていく。


『スライ!』

『フレイ!』

『アースラちゃん!』


 主の声と魔力の高まりに応えるようにスライムの膨張速度は増していく。そして瞬く間に三体のスライムは巨竜タイラントに負けないほどに大きな赤いスライムに合体したのだった。

 

『『『三位一体! ヒュージフレアスライム‼』』』


 三人の掛け声に巨大スライムはボヨンと身体を揺らしてみせた。凄いサイズだ。涙滴型の形状だから体積だけなら巨竜タイラントを上回るだろう。


『それじゃあ、コントロールは任せたよユゥ君、リィン』

『はい!』『任せて、姐さん』


 二人が手で前方を指すと巨大スライムは前進を始める。その様子を見届けるとリューネさんが脱力してその場に座り込んだ。ヨウコが手を差し出すと息を切らしながらも『大丈夫、大丈夫』と手を振り笑う。


『動かすのは若い二人にお任せしてぇ……私は治水管理役だからこれで、いいの。ありがと。それよりも……』


 彼女の指さす先では巨竜タイラントが巨大スライムへ向かって咆哮している。騎士団の二人が誘導するまでもなく奴は巨大スライムへ接近を始めた。その額では巨大な宝石が魔力チャージを開始している。あのパターンはブレスだ。


『任せたぞ! ユゥ!』

『はいっ!』


 巨大スライムと入れ替わるようにトリスとニカさんが駆けて来た。まもなくブレスが放たれる。


『見ててね、きつね憑き。私たちのスライムの力』


 ギュオオォォ……‼


 一吼えの後、巨竜タイラントがブレスが放つ。対する巨大スライムは身体をブルブルと震わせ変形した。涙滴型のボディがほぼ一瞬で壁となり、炎の濁流を堰き止めている。熱がここまで届くこともない。いくらデカいからといってスライムがあのブレスを完封出来るだなんて。


『炎に耐性のあるフレアスライムのフレイを前面に配して、水で巨大化できるスライがそれを支える。水源からアーススライムのアースラちゃんが水を引っ張ってきてスライへ給水……そうやって出来たヒュージフレアスライムは炎を阻む変幻自在な巨壁、なんだよ』


 凄いでしょうとリューネさんが胸を張る。合流したトリスが彼女の肩を叩く。


『流石だな! スライムサバイバー!』

『えへへ……トリスが水源の使用許可を取り付けてくれたからだよぉ、大事に使わせてもらうね』

『助かる! それと、すまない……ユゥを危険に晒したばかりなのに』

『大丈夫! ユゥ君が誰よりもやる気だったし。それに私達も誰かが怪我したり……死んじゃったりする前に何か出来たらいいなって、ずっと思っていたから。トリスが声をかけてくれて、嬉しかったよ』

『……ありがとう』


 トリスがリューネさんを抱きしめる。しばし二人はお互いの肩を叩き合い、それから離れ敵を見つめる。

 巨大スライムは一歩も引かずにブレスを凌ぎ切った。巨竜タイラントは怒り天に吠えた。


『よぉぉしっ‼ 火球とブレスは潰せる! いいぞ、野郎共! 削れぇぇ……‼』


 ゼロが狂喜し号令をがなり立てる。巨竜タイラントの狂気を押し返す程の雄叫びが木霊し、そして――

 冒険者たちが集い始める。

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