第二十二話 動乱の幕開け
征四郎たちが長雨で、大陸中部で足止めをされているころ。
東部の覇権国家となったクラッサが、遂に牙を剥き始める。
東部の果てスルスリ川近くの国、ホレスを落とすために聖騎士を派遣したのだ。
その聖騎士の名前はレドルファ。
征四郎に既にて打ちのめされた衝撃波の使い手であった。
クラッサより二つの騎影が走り去る。
一騎は
もう一騎は黄衣の衣服に外套を纏っているのが
彼女は他の魔人衆と異なり奇怪な仮面をつけてはいなかった。
レドルファは彼女の黒い髪が征四郎を思い起こさせ、身じろいだものだ。
今回の作戦の随伴者と聞いた時は機嫌を悪くしたが、その理由は髪の色では無く、彼女が魔人衆である事だ。
あの女呪術師の取り巻きであり、聖騎士以上の力があると噂されている連中。
外様の聖騎士……つまり、他国から強制的に連れて来た者達は、彼らを異様に恐れる事があり、明らかに胡散臭い物が在った。
「まだ、お気に召しませんか?」
並走する蛇宮がレドルファにそう声を掛ける。
彼女は黄色い外套を靡かせながら、平然と馬を操りレドルファの疾走についてくる。
「召すも召さないも無い、作戦に私事は持ち込まない。だが、聞きたい事がある。以前は他の魔人衆が怒り聞けなかったが……カンド・セイシロウ・ミツヨシとは何者か?」
「――大天狗」
「何?」
「驕った公家の治世に罰を与えるために霊山より降り立った大天狗、そう巷では噂されました。直接お会いした事はありませんが、剣の腕が立った事と、幾人もの人が彼が背後から刺し貫かれ、倒れる所を見ておきながら、誰もがその遺体を見ていない事からそう呼ばれております」
「――そう、か」
大天狗なる者は神の化身なのかもしれぬと思い、レドルファは口を閉ざす。
それにしても、特に敵意も含まずに彼女はレドルファの問いに答えた。
魔人衆において同じように答えをくれたのは、あと一人のみ。
蛇宮や答えをくれたもう一人の魔人衆は、明らかに他と魔人衆とは違う。
まず奇怪な仮面をかぶっていないし、気安さが何処かある。
何より征四郎について問いかけた時に、他の者達が向ける圧倒的憎悪が無い。
魔人衆と言えども一枚岩ではないのか?
それとも、もっと別の何かが……。
そう悩むレドルファに、今度は蛇宮が問いかける。
そこ声は何処か悲しげであり、酷く人間らしさを有していた。
「死なずに戦う、それでお国の覇道を成した後に、死なない者達には何が残りましょうか?」
「言うな」
そんな事は、自ら望んで聖騎士となったクラッサの譜代騎士とて思わぬ事ではない。
勝ちは見えている、だが、クラッサが覇業を達成したその暁には自分達は如何なっているのかと言う思いは、誰もが抱いている。
死なない化け物は、戦時にこそ意味がある。
平和の世には邪魔なだけだろうと。
黙りこくってしまったレドルファの横顔を、蛇宮は悲しげに見つめた。
「或いは……」
「或いは?」
「カンドとの決着をつける事こそが、俺に残された仕事になるのかも知れない」
それは、あの男ならば国が覇業を成し遂げても生きて居ると言う奇妙な確信から出た言葉だった。
蛇宮は驚き、そして、思うのだ。
レドルファの様な意思の強い戦士が、己を捨てて鍛錬に励み打ち勝たねばならぬと思い込むような神土大佐とは……いや、生きて居るのであれば少佐か。
神土少佐とは如何なる人物なのか。
(貴女の伯父さん、やっぱり一角の人物の様よ、桜子)
親友の
毎年二月のあの日に、位牌を前に酒盛りをしていた彼女の家族と、それを呆れた様に見ていた彼女が思い出され、そっと笑みを浮かべる。
(東柳生直伝の新陰流の刃――振るうべき相手は確り見定めねば)
瞳に凛とした力を宿してそう決意する
長雨が上がり、スルスリ川を南下していた征四郎一行は、大陸中部を抜けて、大陸東部の西端に位置するホレスの国境付近に辿り着いた。
ホレスの軍が忙しなく行き交う様子や、北上する船の情報から、如何やら戦争が近いらしい。
相手は無論、クラッサ……の筈であった。
「何? 今、何と申した?」
戦争が近くなれば河川の行き来とて制限される。
それだけならばまだ良かった。
情報を集めてきたキケが、言い難そうに、しかし報告したのだ。
ホレスに戦を仕掛けたのは、カムラ王国だと。
ロズワグンがその言葉に反応し、鋭い視線を投げかけたが。キケは困ったように、しかし、事実だと繰り返した。
クラッサの一軍も共に攻めている事から、クラッサに降ったのだろうと言う憶測もしっかりと。
「聖騎士となったグラルグスを殺せと言いながら――叔父上めっ! 自らが敵の軍門に降るか! 何たる……何たる……!」
「落ち着け、姉上」
当のグラルグスも渋い顔をしながらも、取り乱す姉を嗜めたが、零れ出る嘆息は止めようがない。
エルドレッドもまた、違う理由で顔を顰めていた。
「ホレスを抜かれると、スルスリ川をクラッサが握る事になりかねない。それはロニャフにとって危険だ」
そうは言って見た物の征四郎一行は僅か十名。
その殆どが戦いに慣れているとは言え、戦争を左右できる筈もない。
今はともかくジーカに向かうしかない。
そう沈思していたエルドレッドに征四郎が声を掛けた。
「ホレスは傭兵を雇うのか?」
「――首を突っ込むのか?」
「ジーカで何かを得ればロニャフに戻らねばならんからな。スルスリ川の交易は守らなくてはならんだろう」
そう告げながら、征四郎はロウを見やった。
ロウは頷きを返して、更に言葉を重ねる。
「全員で傭兵団として売り込めば良いのでは? 個別に雇われるよりは報酬を上積み出来そうですし」
結局それが今後の基本方針となった。
【第二十三話に続く】
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