出会った二人

第一話 出会い

 ロズワグンが裏切り者とされた弟を追って北方の地に足を踏み入れたのは半年前の事だ。

 故国を裏切り、敵国の聖騎士団に加わった弟を討つと言う使命を彼女は帯びていた。


 死霊術師であるロズワグンは恐るべき使い手であり、彼女を害する事が出来た者はこれまでは居なかった。

 それに増長した訳では無かったが、何としても弟の始末をつけるべく少しばかり無理な策を用いてしまった。

 その結果、端的に言えば彼女は追われていた。


「ええい、しつこいわ!」


 頭部の耳で周囲を伺いながら走り続け、森の入り込めば一息つけるかと思った矢先、その森でも追手を感知してしまえば、嫌でも毒づかざる得ない。

 懐から魔物の牙を取り出して周囲にばら撒けば、その牙を触媒としスケルトン・ウォリアーを召喚した。

 からからと乾いた音を立てて現れたのは、白骨化したの戦士達。

 その数は十を軽く超えており、円形の盾と湾曲した剣を振るい、追手に切り掛かる。


「これで触媒の数は殆ど尽きたか……。ともかく逃げねば!」


 追手は三名の兵士達で、あっと言う間に蹴散らされ、這う這うの体で慌てて逃げ出した。

 この程度の相手ならばと、走りながら状況を確認したロズワグンはスケルトン達を散開させて攪乱に出た。

 森中であればスケルトンでも十分に撹乱要因になり追手を分散できると考えたのだ。


 これで撒ければ良いのだがと、小さく安堵の息を吐き出したロズワグンは思い知る事になる

 安堵にはまだ早かった、と。

 

 ローブの裾を翻し、肩まで伸びた金の髪を靡かせて駆けていたロズワグンだが、不意にゾッとするような感覚に思わず背後を振り返る。

 あまりの感覚の為かその狐めいた耳が垂れ下がり、微かに震えていた。

 

 そして、彼女は見てしまった。

 魔法銀ミスリルの要所甲冑を纏った銀の髪の剣士が、ただの一撃で数体のスケルトン・ウォリアーを砕いた瞬間を。

 振るった剣から衝撃波が放たれ、森の木々ごとスケルトンを打ち砕いた。


「は……ははっ……――やってられるか!」


 何処の世界に剣の一撃で魔術師の用いる破壊魔術のような結果を引き出す剣士が居るのだと、ロズワグンは喚きたかった。


 あのような結果を見せられては、諦めの感情が浮かび上がろうとするのは致し方ない。

 それでも、歯を食いしばり、息を乱しながら彼女は駆けた。

 駆けて、駆けて――背後から徐に迸った衝撃波に吹き飛ばされ、大地に転がった。

 ローブを汚し、唇を切りながらも、彼女は立ち上がろうとして……右の足首に激痛を感じて倒れこむ。


「ぐぅ……」


狐獣人フォクシーニか、貴様、もしやグラルグスの親族か?」


「クラッサの聖騎士……」


 聖騎士と呼ばれた男は、整った顔立ちに薄く笑みを浮かべて大股に歩み寄れば剣をロズワグンに突き付けた。


「親族を殺しに来たか? 無駄な事を。我らは不死身だ」


「……知っておるよ……しかし、これは如何だ!」


 ロズワグンは聖騎士が近づく合間に準備していた奥の手を用いる。

 聖騎士を殺す為に編み出した秘策、強靭な戦士の死体を集めて作った狂戦士。

 即座に呼び寄せた死者の狂戦士は、見事に聖騎士の背後に現れて、何の躊躇もなく人体を叩き潰すだけの恐るべき武器である、鉄槌を振るった。


 嫌な音が響いた。


 岩を砕く狂戦士の一撃は、聖騎士の上半身を叩き潰した。

 不死身と謡われる聖騎士と言えども一たまりもあるまい。

 悲願の為とは言え、故国の戦士の死を冒涜したと言えるこの行いが正当化されるものではないが、この勝利が多くの死者へのはなむけになる。

 ロズワグンは自身にそう言い聞かせ、痛む右の足首をかばいながら立ち上がり、森の向こうへとゆっくりと歩きだす。

 その後を彼女の作った狂戦士が続いたが、その歩みが不意に止まり、大きな音を立てて倒れこんだ。


「ど、どうした……?」


 何事かと慌てふためくロズワグンの緑色の双眸が捉えたのは、鉄槌の一撃で砕けた筈の聖騎士が、凄まじい速さで修復を始め、狂戦士の足を圧し折る悪夢のような光景だった。

 まるで時の流れを逆さまにしたように、骨は癒着し、肉体は再生を始めている。

 そして、全ての再生終らぬ内に、あらぬ方向に曲げられた聖騎士の腕が振るわれると、ロズワグンが作り出した狂戦士は衝撃波に粉微塵となった。


「が、がががあ、るるるら」


 最早、人語を喋らぬ聖騎士は、血をまき散らしながら獣の如くロズワグンに飛び掛かる。


「化け物め!」


 抵抗を試みたが力の差は歴然。

 血まみれの指先がロズワグンの肩を掴み大地に押し倒す。

 背を強かに打ち据えて、咳き込むロズワグンに、最早獣と変わらぬ聖騎士が伸し掛かかると、ロズワグンの眼前には聖騎士が握る剣の切先が突き付けられた。

 一思いに殺される方がマシ、そんな状況が容易に想起されたが、ロズワグンは皮膚の剥がれた聖騎士の顔を睨み付けた。

 美しい顔立ちは苦痛に歪み、眦に涙は溜まっていたが、彼女は決して助けなど請わなかった。


「――聖騎士か――汝、死すべし」


 不意の第三者の声が響いた。

 思いの外近くから、告げられた言葉以上に、その声に潜む怒りは大きい。

 欲望に突き動かされた獣の如き聖騎士だが、本能に訴える物があり、即座に声の主を探すべく周囲を見渡す。

 途端、赤い光が迸り、聖騎士の顔を撃ち抜き、吹き飛ばす。

 ロズワグンには赤い雷光の様に見えたが、実際は呪術の光を放つ拳が獣と化した聖騎士を撃ち抜いていたのだ。


 吹き飛んだ聖騎士は、くるりと空中で回転して着地すれば、首が捻じれていながらも尚も、獣の如く吠えて大地を蹴り猛然と襲撃者に向かう。

 一方の襲撃者も、既に聖騎士に向かって行動を開始していた。

 襲撃者は黒い髪の若い男だった。

 無精髭を生やし薄汚れたローブを纏った姿は余りに貧相で、まず聖騎士に勝てる見込みはない。

 そもそも襲撃者は武器を持っていないのだ、話になる筈も無いのだが……ロズワグンは何故か期待を寄せてしまった。


 ロズワグンには聖騎士と襲撃者の二人が交差しただけに見えたが、実際には違った。

 襲撃者は交差の際に振われた二度の斬撃を避けたばかりか、聖騎士の腰から鞘を奪い取っていた。

 早業である。

 距離を開けて振り返った襲撃者は奪った鞘を右手で持ち上げて、微動だにしなくなった。

 隙だらけの姿なのに、理性無き聖騎士は……異様なまでに警戒した。

 そして、ロズワグンに一瞥を与えると、恥も外聞も無く一目散に逃げだしたのだ。

 思考が獣並みになった事で、余計な知恵を回さず危険をただ避ける事にしたのだろう。


 暫し、その背を見送りながらも構えを解かなかった男は、奪った鞘を地面に投げ出してロズワグンの元へと歩みを進めた。


【第二話に続く】

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