閑話 女神と天使ちゃん①

「あぁ……」


「いきなり奇妙な声を出さないでください」


 天界には女神が住んでいると、地上の誰かが言った。天界と言ってもそれは空の上なのか、それよりも遥か遠くにあるのか、はたまた存在しないのか。

 そのような議論は予てから続いている。だが、ここには確かに存在しているのだ。


「世界はこんなにも……美しいのですね……」


 女神は手を合わせ、感嘆を述べる。その姿は神々しささえ感じさせ、感動の涙は虹の海を作るまであった。


「……妙ですね。女神様がまともなことを言うなど……おや?」


 女神に対して訝しげに様子を窺うのは、背に大きな白い羽を生やした中性的な顔立ちをした、言うなれば天使だった。


「何を見ているかと思えば、また男ではないですか」


「あなたも気づきましたか。彼の素晴らしき容貌を」


「話を勝手に進めないでいただけますか?」


 天界にやや怪しげな空気が漂い始める。女神は本当に、皆の思い描く女神なのだろうか。


「彼は幼い頃から苦労を重ねていました。そのせいかいつも思い悩んで……」


 女神は胸に手を当て、慈愛に溢れたオーラを放つ。


「しかし、それを彼は乗り越えました。力を使いこなしたとは言えませんが凛々しく成長し、感情を爆発させる姿もどうでしょう、勇ましくて格好良かったでしょう? ああ、年齢的には今が食べご……いえ、肉体的にも精神的にも成長の一途を辿っています。どうにかして私のものに……」


「いつもどおりなようで、逆に安心しました」


 女神の性質的に欠陥がある部分が垣間見えてしまった。天使は呆れを通り越してむしろ日常の光景に安心を覚えていた。


「む、また私を敬う心を失っていますね」


「仕方ないと思いますが」


「敬えビーム! ……それはともかく、あの青年にはどうやら勇者の資格があるようですね。どうか、女神の加護が彼を守ってくれるよう祈りましょう」


「加護を与える張本人が何を仰っているのか。とはいえ、少し感動しました」


 女神は何やら変わった動作をしたあと、何事もなかったかのように視線を戻した。もはや指摘する気も起きない天使。


「急造したアレが上手く機能してくれると良いのですが……それはそうと、本当は顔の良さが全てと思っていますよ」


「知っていました」


「いつか美男子の楽園を作るのが夢なのです。その誰よりも天使ちゃんが一番ですけどね」


「うわ、今日は来ないと高を括っていたばかりに飛び火してきましたか。私のその呼び名も、どうにかならないものでしょうか……」


 言いながら、天使は肩を落として目の前の惨状に目も当てられない思いになった。いつか自分が、女神の権限で好き放題されてしまう未来がちらついて仕方がない。


「末恐ろしいので私はこれでお暇します。御用があればまたお呼びください」


「あー! 天使ちゃん行かないでください! 折角私も天使ちゃんへの愛を抑えていたというのに! でもやはり溢れ出てしまったようですね。女神すらも超える愛の力、これはもしかしなくても大発見では……?」


 人々がこれを見たら、想像とのあまりの差に失望するだろうか。いや、ただの人が女神などと邂逅する機会などないのだから、考えるだけ不毛である。


 天界は今日も騒がしい声が響く。

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