第339話 外交使節 最終日


 ついに……と言うかやっと帰れる日が来た。

 帰る時間帯は夜間の為、レーヌ経由で人王国側にそちらの準備も依頼済み。後は向こうに戻って報告して完了だ。


 最終日である今日も時間まではのんびりできるかと思ってたが、何だかんだで気付けば夕方になっていた。

 午前中はコロナを迎えに行き、その時に会った子ども組と少し遊ぶことになった。

 昼過ぎからはトライデントへの挨拶回り。こちらでもすぐ帰るつもりだったのだが、メンバー全員色々絡まれたせいで結構な時間居座ってしまった。

 前回仕事の都合で出払っていたメンバーが自分とディエルの模擬戦の話を聞き興味を持たれてしまったためだ。

 後はイワンが襲来したのが大きかった。

 対大型モンスターの集団戦闘の体でディエルが陣頭指揮を取りコロナが逃げ惑う大捕物が展開され、結果鎮圧までにトライデントの精鋭が両手の指で数えれないほどボロボロにされた。

 最終的にはディエル監視の下で何とか挨拶と世間話を済ませた。これをしておかないと本気で人王国までやってきかねないし……。


 そして夜の帳が下り場所は祭壇の間。普段は地上の入り口を見張る衛兵と祭壇の間の見回る衛兵がいる程度だが現在この場はとても物々しい。

 帰るために自分たちがいると言う理由もあるが、それ以上の理由が視界いっぱいに広がっている。


(暇な人達じゃないはずなんだけどなぁ……)


 一昨日顔合わせをした獣亜連合国の各種族の代表たちが再び一堂に介していた。しかもよく見たら当日いなかった種族の代表らしき人もいる。

 単に会議には間に合わなかったのか、はたまた"転送門"に興味をひかれたのかは分からない。


 しかし今この場が襲撃されたら大変なことになりそうだなぁなんて思っていると、奥の方からのっしのっしとドワーフの集団が近づいてきた。


「よぉ」


 やってきたのは先日見かけたドワーフの長。

 彼は片手を挙げながらフランクな様子で挨拶をしてきた。


「おじき!」

「……おじき?」


 コロナが小首を傾げるとドルンが改めてドワーフの長を紹介してくれた。

 彼は父親のドノヴァンの兄でありドルンにとっては伯父にあたるそうだ。


「お前ぇが人間と一緒に村を出るとか言った時には何考えてんだと思ったもんだがなぁ……」


 そう言いながら彼は自分を値踏みするかのように目を向けてくる。


「え、っと……?」

「まぁおじきの言いたい事も分かる。だがヤマルがいたお陰で色々と学ぶことはあったのは事実だ。ヤマル、コロナ。"転世界銃テンセイカイガン"と"牙竜天星ガリュウテンセイ"を見せてやってくれ」


 言われるがまま"転世界銃"を肩から降ろし、コロナも佩いている"牙竜天星"の留め具を外す。

 念のため周りに断りを入れてから折りたたまれている"転世界銃"を展開すると周囲が少しだけざわつく。


「ほぅ……」


 その瞬間、目の前の人物が代表と言う皮を脱ぎ一個人としてのドワーフの雰囲気となった。

 まず彼が受け取ったのはコロナの刀。ドワーフ特有の太い腕に掴まれた刀は大きな爪楊枝のようにも見える。


「これがか」


 その言い方から彼がすでに自分たちの武器について話を聞いているという事がすぐに分かった。そう言えばドルンは先日この人と話しに出かけていたんだっけか。多分その時なのだろう。

 そして長は刀の柄に手をかけ、刀身が少しだけ見える程度にゆっくりと鞘から引き抜く。


「…………」


 煌く刃を穴が空くほど見つめる長。そして刀身全てを見ることなく、それで十分だとばかりに鞘に戻しコロナへと手渡した。

 続いて自分が持つ銃剣を彼に渡すとその瞬間ピクリと眉が少し動いたのが分かった。多分見た目に反して重量が無いことへの違和感だろう。

 忘れがちだが展開時は自分の身長と同じぐらいの武器である。パッと見では獣人や亜人の力自慢が使う大剣サイズなのだからそれも無理は無かった。


「なるほどな。話は聞いていたが……」


 ペタペタと表面を触り銃身の中を覗き込む長。この調子だと刃や撃鉄部分に触れるんじゃないかと冷や冷やしていたが、そんなこちらの様子に気付いた長が「大丈夫だ、触らねぇよ」と一言だけ伝えてきた。

 一応こっちも長には大よその事は話していたようで、側面のグリップを引く真似や矢を撃つときの構えをする程度に留めてくれている。


 そしてあらかた見終えた長が銃剣を返してくれた。

 受け取ったソレをいつも通り折りたたみ肩に掛けると改めて長が話しかけてくる。


「ありがとうな。今ならはっきりと確信を持って言える。アイツがお前さんについていったことは決して間違いじゃなかったってな」

「え、あ、いえ。こちらこそ色々とお世話になってますので……」


 結果論からすれば竜武器関連や自分の知識から来る再現武器もどきなど礼を言われる部分は確かにある。ただそれは結果的に良かった方に転んだだけで、武具のメンテや戦闘など恒常的に世話になっているのはむしろこっちだ。

 そんな中で長が直々に礼を言われるのは少々こそばゆいがここはぐっと言葉を飲み込んだ。

 礼はキチンと受け取る。その方が気風の良いドワーフには受けが良いのを知っているからだ。

 日本人的思考であれこれ理由づけて受け取らないのはあまり良くないことらしい。これについては道中でドルンに注意されたため覚えていた。


「ドルンはこっちには残らないんだろう?」

「あぁ、色々と人王国むこうに置いてるもんがあるからな。それと一緒じゃねぇと流石に戻れねぇわ」

「そうか。カミさんに何か言伝あれば言っておくぞ?」

「あー…んー……。まぁ近い内には一度戻る、あたりで」


 分かった、とだけ言うと踵を返し、こちらに来た時と同様に片手を挙げながら去っていった。

 何と言うか……とてもドワーフっぽい人だった気がする。長と言うよりドワーフと言う種族を分かりやすく凝縮したらあんな人になる、と言えばいいだろうか。

 偉いけど偉ぶらず、しかし確かにトップとしての威厳を兼ね備えている。威圧ではないが、ある種のすごみを感じる人だった。


「おじさん……あー、長さんでいいのかな。前にドワーフの村に行った時はいたっけ?」

「いや、おじきは大体国内巡りしてるな。村以外で働いてる同族のとこに行って色々とやってるそうだ」


 何かイワンみたいだな。ドルンの伯父であるならかなりの高齢のはずなのに……。

 いや、いくつになってもそのバイタリティは同じ男として見習いたいものはあるけどさ。


「使節殿、宜しいか」


 ドワーフの長の後姿を見ながらそんなことを話していると、別の方向から声を掛けられた。

 そちらの方に振り向くとそこにいたのは犬獣人族の長。彼はコロナとは違い二足歩行の大型老犬と言った風体の獣人だ。

 弛んだ皺から垂れる髪で目元は隠れ老人のように杖をつくその姿は長老と言う言葉がよく似合う。


「はい、何でしょうか」

「うむ、一つ依頼をしたい。これは私個人ではなく獣亜連合国としての依頼である」


 そう言って犬獣人族の長が目配せをするとそばに控えていた一人がトレーの様なものの上に何かを乗せてやってきた。

 見れば手紙の様なものが二通と小さな布袋がその上に乗っている。


「使節殿が二国から依頼を受けたのと同じ形だ。我が国からの親書を人王国、ならびに魔国へと届けて欲しい。すでに両国にはこちらから"転移門"の使用許可依頼を出し受諾されておるからすぐに済むだろう。こちらは依頼金だが全額を前金で支払う所存だ」


 長の言葉を受け、トレーを持った人が布袋の口を開く。そして袋の中から出てきたのは明らかに大金と呼べる程の依頼金。

 手紙を渡すだけでこんなにも、と思うも、それより先にこちらの内心を察した長が口を開く。


「多いと思うか? だがこれでも我々にとっては破格であると思っているよ」


 曰く少なくとも通常経路で届けると専用の大使に護衛の面々、それに道中の経費等諸々かかる。そんな手間と労力、それに時間を考えるとこの金額はまさに向こうにとっても破格なのだそうだ。

 こちら視点からすれば一瞬で渡すだけなので近所のお使い感覚に近いが、その多大な労力をお使いレベルにまで下げることが出来る能力を買ってくれているとのこと。

 事実ほぼ全く同じことを人王国、魔国の両国からも受けていた。獣亜連合国へも双方から依頼を受けた形である以上、為政者側からすれば考える事は同じなのだろう。


(受けた側からすれば楽して大儲けだからちょっと申し訳ないんだけどねー)


 ただ親切心から断れないのがつらいところでもある。

 依頼であるからこそ受け取り側にも責任が発生するし、報酬を払うからこそ依頼側に信頼も信用も生まれる。

 これが国同士のお話だから、どうせ今から戻るしそのついでに、と言ってタダで請け負えば別の面で様々ないざこざが生まれかねない。下手をすれば自分に頼めば無料で一瞬でやり取りが可能、従来の人達は全員クビなんてこともありえるのだ。


「分かりました。承ります」

「うむ、頼む」


 そうして差し出された親書と依頼金をしっかりと受け取りバッグへと納める。


「そなたも同胞として使節殿の護衛、任せたぞ」

「あ、はい!」


 そして急に話を振られたコロナが半ば驚きながら返事を返した。

 その様子をまるで孫を見るように微笑ましい様子で頷くと改めてこちらへと向き直る。


「では使節殿。そちらの準備が整い次第いつでも"転移門"を出してくれて構わないぞ」

「分かりました。では早速出しますね」


 許可が下りたので自分の通信装置を軽くつつきコンソールを呼び出す。

 急に現れたホログラムのパネルに周囲が驚くがもうこの様子も慣れたもの。そのままマイへと通信回線を開いた。


「"転移門"の起動をお願い。座標は人王国と獣亜連合国間で」


 こちらの問いかけに返す言葉はなく、されどコンソールに表示される『了解』の文字にて命令を受けた証を示す。

 そしてそれらを閉じ程なくすると"祭壇の間"の中央から"転移門"がせり上がるようにして姿を現した。


 最初は向こう側が見えるだけの門。しかし門の内枠の景色が不意に歪み、次の瞬間には松明に照らされた一室の風景がその中に現れる。

 言うまでも無く人王国の"召喚の間"だ。


 まるでその部分だけ風景を切り取ったかのような光景に本日何度目かのざわめきが起こる。

 すでに初日で見ている人もいたであろうが、やはり各代表らを含めた初めて目にする光景に驚きを隠せないのだろう。

 今でこそ自分は落ち着いているが最初見た時は彼らと同じような感じだったのを思い出す。ウルティナの様な才能ある人物の能力ではなく、人の英知がここまでやれるようになったのかとその時思ったものだ。


「それでは自分達は行きますね」


 方々へ頭を下げ"転移門"の方へ仲間と共に歩を進める。

 そしてまずはエルフィリアが、続いてドルンがその中へ入っていった。端から見ればまるでかき消えたかのように一瞬にしていなくなった二人。話には聞いてはいただろうが、実際に目にするとそのインパクトはやはり絶大なようで誰もが声を失っていた。


「自分がくぐったらこの"転移門"は元に戻します。その際近くにいると危ないので完全に戻るまでは触れないようお願いしますね」


 こちらの呼びかけに返事はなく、されどそれを以て了解したと受け取る。

 そして改めて最後に一礼し自分とポチが門をくぐり、最後に殿としてコロナがその後を続いた。



 "転移門"を抜ければすでにここは人王国。帰るのを待っていたかのように周囲には人王国の騎士、そしてレーヌが直々に出迎えてくれた。

 背後で"転移門"が床に沈んでいく中、彼女はすっと前に出てこちらへと歩み寄ってくる。


「お勤めご苦労様でした。早速ですが別室にて報告を聞かせていただけますか」


 淡々とした口調は女王様モードのレーヌである証。ただしその目は色々と話がしたいと口より雄弁に語っていた。

 そんな様子に内心苦笑しつつ、儀礼的にその場で跪き頭を下げ了承の意を示すのだった。



-----------------------------------------------------------------------------------------------

※ご連絡

次週か次次週はお休みいただくかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る