第331話 外交使節 三日目(追)


(何でこんなことになったんだろう……)


 天を見上げると今日も快晴。あぁ、空が青い。

 ではなく、何故自分がこの様な状態に陥ってしまったのかと頭を抱えたくなる。



 ◇


 遡る事数時間前。


 トライデントとの話し合いは終わった。

 彼らに対しこちらから何かを望むとか協力の要請をしたいわけではなく、今回は情報の交換が主だった。

 ディエルとトライデントの幹部の人達、それにデプトにパルとは一旦別れることになった。彼らは獣亜連合国としてこれから一緒に情報の収集や精査、また遭遇時の際の議論など行うらしい。

 それぞれの組織として意見を出し合い、上に持って帰るのだそうだ。


 そして自分達と言えば用事が終わったのでさぁ帰ろう……と言う訳にもいかない。

 少なくとも今日の主だった予定は自分とディエルらとの話し合いだが、コロナやドルンは他に用事がある。

 コロナは言うまでも無くトライデントは古巣であり、折角戻ってきたと言うことで挨拶回りに出かけていった。

 ドルンは自身が鍛えた武器がここでいくつか使われているらしいのでそちらの方へと向かった。聞き取りやメンテナンスを行うそうだ。


 残された自分とポチとエルフィリアは手持無沙汰になったが、さりとて二人を残して帰るわけにもいかない。どうしたものかと考えていたら、トライデントのスタッフの一人がこちらに気付き、折角なので案内はいかがですか?と申し出てくれた。

 前回はイワンの特訓で見て回る余裕などなかったためその申し出をありがたく受けることにした。……子守付きで。


「何で皆がここに?」


 スタッフの一人と一緒にクランハウスの受付まで戻ると、目の前にいたのはハクやアルドらといった昨日会った子ども達。

 どうやら今日ここに来ることをコロナがハクに話していたらしく、それを彼女が皆に話し急遽ここに行こうという事になったらしい。

 その後入口から覗き込む小さな侵入者を門番が捕ま……もとい保護し、話し合いが終わった自分達に引き合わせたとのことだった。


「大人しくしてるなら一緒に施設内回らせてもらえるみたいだけど……どうする?」

「「「行く!」」」


 こういうところで元気で正直な子どもはとても好感が持てる。

 ともあれ現状ストッパーになりそうな身内枠であるコロナとパルの両名がいない為、この子達は自分がちゃんと見ておかないといけない。

 ……まぁ何かあっても止められそうにないけど、物理的に。


 こうして四人を引き連れトライデントの各施設を見て回る事になった。そして改めてこのクランは本当に施設が充実しているのだと実感する。


 まずはここ正面玄関。ここにはギルドのような受付があり、壁にはこの敷地内のどこに何があるかの示した案内板が設置されていた。

 そしてその案内板を見上げながらスタッフの人が簡単な説明をしてくれる。

 それによるとトライデントには食堂、メンバー用の宿舎、更には鍛冶場に簡易的だが購買所まである。

 また彼らの訓練用として広い中庭や室内訓練場も設けられており、今も多数の所属メンバーが汗を流し訓練に励んでいるそうだ。

 以前イワンにしごかれる傍ら少しだけその様子を見たが、流石トライデントと言うだけあり訓練風景ですら素人目で見てもエリートに相応しい強さを感じられるほどであった。

 まさに獣亜連合国が誇る傭兵集団。コロナがあの強さを持っているのも納得できると感じたのを覚えている。


「ではまずはこちらからになります」


 そうしてスタッフの先導で各施設へと順次案内される。

 

 まずは一番近かった宿舎。ここはトライデントメンバーの中で希望者に割り振られる建屋だ。

 コロナみたいに実家がこの街にあったりすでに持ち家を得ている人らは通いになるが、そもそもトライデントは獣亜連合国各地から選りすぐりのメンバーが集まる。

 まだトライデントの規模が小さい頃は宿住まいもあったそうだが、費用面で負担が掛かったり居場所が分からなくなったりと不都合が生じたため、現在はそう言った人達は殆どここで暮らしている。

 流石にプライベートな部分があるため中に入る事は出来ず外から見ているだけだったが、この世界基準ではあまり見ない三階建ての宿舎は中々に圧巻だ。


「あ、手を振ってる! おーい!!」


 サモンが両手を大きく広げ手を振るその先には、休日なのか三階の部屋から手を振っている熊の獣人がいた。

 スタッフの人が言うには非番の傭兵は基本自由。彼のようにプライベートを過ごす者、これから行く訓練場で体を動かす者など様々だ。

 中にはクランとしてではなく傭兵ギルドの一員として仕事に行く者もいるそうだ。


「では次はこちらへ」


 そうして宿舎を後にし次の施設へと案内される。

 宿舎からほど近い場所にある施設は購買所。ここでは生活雑貨や酒などまさにザ・購買と言った施設だった。

 流石に街で見かける店舗ほどの品揃えはないものの、その分トライデントの面々に特化されたようなラインナップが並べられている。

 流石に武器や防具は置いてなかったが、代わりにそれらを整備したりする道具があったのはちょっと意外だった。


 そしてお次は鍛冶場だ。当然ここはトライデント専用である。

 武具の開発や製造、修理は殆どここで行われているそうだ。またお抱えの鍛冶師も常駐しており、中にはドルンと同じドワーフの人もいるらしい。

 工房の管理観点からこちらも外から見るだけであったが、スタッフの人が言うには普段よりも人の出入りが激しいとのこと。多分ドルンが来ているから今の内に色々やってもらっているのだろう。

 流石に邪魔をするのも憚れたので興味津々の子ども達を宥め次の場所へと向かう。


 未だ後ろ髪引かれる子達ではあったが、やってきた場所が食堂であった為すぐに興味はそちらへと移った。

 イメージとしては学食や社員食堂が近いだろうか。長方形の長机と椅子が等間隔に並べられている。

 またお昼には少し早い時間だった為か席に着いている人はまばらで空席が目立っていた。スタッフの人が言うには食堂が空いている時間であればいつでも利用して良いらしい。 

 そしてこの食堂はトライデントが経営しているため、メンバーであれば特に費用は掛からないとのこと。福利厚生の一つなのだろうが羨ましい限りである。

 そう素直な感想をスタッフに言ったところ、若手のメンバーにはまだまだ金銭面に余裕が無い人も多く、その為空腹で仕事が十全に出来ないのを避けるためとのことであった。


「我々は何より体が資本ですからね。特に健康面は気を付けています」


 そう言うスタッフの顔は仕事に誇りを持っている者特有の表情をしていた。

 自分は日本にいた頃は絶対こんな顔を出来なかっただろうなぁと感慨に浸っていると、不意にこちらの服の袖が引っ張られる。

 何かと思い視線を落とすとそこには牛獣人の子の……えーと、カウちゃんだったか。ともかくその子が自分の方を見上げていた。


「…………」


 何かを期待するような目。そしてこの場は食堂であり、ついでに言うとこの手の目は口程に物を言うパターンは何度も経験している。


「すいません、御代は出すんでここでお昼頂いても……」

「えぇ、大丈夫ですよ。元々そのつもりで許可も下りてますので御代の方もお気になさらず」


 スタッフにお礼を言い許可を下ろしたであろうディエルに心の中で感謝の念を飛ばしありがたくお昼をご馳走になった。

 メニューに肉類がやや目立つなぁと思いつつ子守をこなし中々賑やかなランチタイムを過ごす。そして全員が食べ終えた頃、丁度人が増えてきた為その場を後にすることにした。席を空けないと本来利用するべき人の邪魔になってしまうしね。

 


 そして最後にやってきたのは訓練場でもある中庭。自分らにとってはイワンとの濃い思い出が残る場であり、当時の事を思い出すと中々心にクルものがある。

 先ほど食堂で入れ違いになったメンバーが多数いたためか、この場には自分達だけしかいなかった。


「もう少ししたら非番メンバーの訓練風景が見られるんですけどね」

「残念だなー、あのトライデントの動きが見れると思ったのに」

「アルド君はお姉さんに鍛えて貰ってるもんね~」


 どうもこの少年はパルに剣術を習っているそうだ。とは言え彼女の仕事は忙しい部類なので、普段は家で自主練がメインらしい。

 そんな彼の夢はパル同様正規兵、もしくはトライデントのメンバーになることだと教えてくれた。今日ここに来たのもそう言った想いがあったせいかもしれない。


「今はメンバーいませんし少し使ってみますか?」

「え、いいの?!」

「いいですよ。ちょっと待ってくださいね、道具持ってきまので」


 そう言うとスタッフの人は倉庫の方に行く為一旦この場を後にする。

 残った自分達は大人しくこの場で待つことにしたが、目の前ではアルドが他の三人に見ててくれよとはしゃいでいた。

 憧れの一つであるトライデントの施設を使えるのだから無理もないだろう。やっぱり子どもはこんな感じで分かりやすく喜んでいるのが一番だと――


「兄ちゃん、相手よろしくな!」


 ……前言撤回、少しだけ遠慮を覚えて欲しいと思った。



 ◇



 そして現在。

 見上げた青い空から視線を落とすと、自分より若干高い位置にあるアルドの顔。得意気な笑みを浮かべ模擬剣を担ぐようにしている彼とは対照的に、こちらは息も絶え絶えと言った感じで地面に座り込んでいる。


 結局あの後押し切られた結果相手をすることになり、そしてものの見事にいい様にやられた。

 いや、だってこっちはレーヌにすら負ける体力持ちなわけで、そんな人間が子どもとは言え日々練習に励んでる獣人の子に敵うわけがないってもんだ。

 一応やる前に自分は弱いから無理だ、相手にならないと言ったのだが、あのコロナと一緒にいるのだから大丈夫と言う良く分からない子ども特有の理論で聞いてもらえなかった。

 流石に"転世界銃テンセイカイガン"も魔法も使うわけにもいかず、アルドと同じ模擬剣を手にしたのだが防ぐので手一杯。

 そもそもこの剣、刃を潰してるぐらいで他は本物とあまり変わらない。ぶっちゃけるとそんな金属の塊である剣を自在に振るう筋力など持ち合わせていない。

 開始直後こそ何とか思う様に動いてくれた体も何回かアルドの剣撃を受けるだけで手にダメージが走り体が鈍くなり……最後はそこを突かれる形であっさり敗北を喫したのだ。


「兄ちゃん、そんなんじゃ魔物に負けちまうぜー?」


 弱いとは言え大人に勝ったのがよっぽど嬉しいのか、これ以上ないぐらいにドヤ顔をしてくるアルド。

 その言葉に苦笑して同意していると、ハクとカウの女児二人組に何か頭を撫でられた。


「元気出して」

「大丈夫ですよー。アルド君、私たちの中でも一番強い子ですから~」


 どうやら慰められているみたいだ。

 二人の優しさがありがたい反面、大人としてのプライドにちょっとだけダメージが入る。


「俺は近接は苦手だからね。遠距離も言う程得意って訳じゃないけど大体戦うときは遠くからだし」

「それって昨日使ってた魔法とかでですか~?」

「あ、テーブル出したり氷菓作ってた魔法だよね! でも戦えるの?」

「率先して戦わなくても死なない程度に自衛できればいいんだよ。後はコロを始めとして皆が何とかしてくれるし。俺は基本サポートに回ったりが多いからね」


 それだけ答えるとよっこいしょ、と立ち上がり服に着いた土を払い落とす。


「じゃあ兄ちゃんは魔法使い?」

「魔法使いっぽい魔法使いじゃないけどね。魔力殆ど無いし、皆よりも少ないんじゃないかな?」

「魔力無いのに魔法使うの??」


 頭の上に分かりやすく?マークが浮かんでいるサモンにそうだよと答える。

 《軽光》魔法自体は昨日彼らの前で使ってるから知ってはいるが、それが戦闘に使えるようになるとは思えていないようだ。

 実際に《軽光剣》でも見せて簡単に説明でもしようかなと思っていると、不意に後ろから声がかかる。


「中々面白い話をしているな。良かったら私にも見せてくれないか」


 振り返るとそこには会議中のはずのクランリーダーであるディエルの姿。

 先ほどとそう変わらぬ表情であったが、その内面から好奇心がにじみ出してるようにも感じて……。


 有り体に言えば何か嫌な予感がした。

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