第329話 外交使節 三日目(前)


 明けて翌朝。

 昨日はあれから特にトラブルはなく……いや、そう毎度毎度トラブルあってたまるかって感じだけど……。

 ともあれ今はトライデントのクランハウスの前にやってきていた。

 予定の時間より少し早めに着いたが、今のところコロナの姿は見当たらない。

 まぁでもすぐ来るだろう。さっき通信したらもう家を出たと言っていたし。


 そして数分ほど待ったところでコロナも無事到着した。

 集合時間前に全員揃ったので中に入ろうと思ったが、ふと横を見るとコロナの顔色にちょっと疲れの色が見える。


「ここに来るまでに走ってきたの?」


 久しぶりの実家で寝過ごしたのだろうかと尋ねてみると、コロナは「あはは……」と少し苦笑を漏らしながら家庭の事情だと教えてくれた。

 喧嘩でもしたのだろうか、と少し心配になったが、喧嘩じゃないよとすぐに教えてくれた。何も言ってないけどどうも顔に出ていたらしい。


 ともあれ改めてトライデントの見張りに用向きを告げ中へと案内してもらう。

 クランハウスと言う名ではあるが、大所帯のトライデントではハウスとは名ばかりでもはや施設クラスである。下手したらちょっとした町のギルドより大きいかもしれない。


 そんな建屋の廊下を歩いていたら不意にドルンが声を掛けてきた。


「どした? 何か顔が強張ってんぞ。しかもお前だけじゃなくてエルフィリアまで」

「あー……ちょっと過去の思い出がフラッシュバックを……」


 少し遠い目で前回の事を思い出す。

 あの時はドルンはいなかったが、それ以外の面々は全員ここで特訓を……特訓、だよね? とにかく特訓を受けた。

 あのイワンの特訓はその後有効であったのは身を以て証明されてはいたが、さりとて良い思い出かと言われればそうでもなく……。


「こちらになります」

「あ、はい。ありがとうございます」


 そんなことを考えていたらいつの間にか目的の場所に到着していた。

 案内されたのは応接室。コロナによるとトライデントぐらいの規模にもなればこういう部屋が必要になるような依頼人もいるらしく、それ故に設けられたらしい。

 案内の人に続き応接室に入ればすでに見知った顔の人がいた。現代表者であるディエルと、後はトライデントの人が数名。

 それと傭兵ギルドの副マスターであるデプトがいた。何の話かは昨日ディエルには話していたので、わざわざ来てくれたのだろう。


 ちなみにイワンはこの場にはいない。その事に胸を撫で下ろしながらも彼らに改めて挨拶と自己紹介をし、向こうも同じように返してくる。

 どうやらディエル以外のメンバーはトライデントの重役とその護衛のようだった。


「どうぞそちらに」


 促されるままディエルらの対面にあるソファーへと腰掛ける。自分を中心に左右にコロナとエルフィリア、ドルンがソファーの後ろで立つ形だ。

 

 さて、互いに挨拶も終わった事だし早速ではあるが本題に入らせてもらうことにした。

 気軽な世間話から切り替えられるような内容でもないし、こういうのはスパっとやった方がいいだろう。


「本日はお時間頂きありがとうございます」


 まずは彼らに礼を述べ頭を下げる。挨拶と礼儀は対人関係では必須なのはどの世界でも一緒だ。


「昨日少しだけお話しましたが、内容についてはそちらの元メンバーであるマッドについてです」


 その名が出た瞬間この場の空気が少し重くなったのを感じた。

 以前一悶着を起こしており、トライデントや傭兵ギルドとしてもあまり話題に挙げたくない人物の名。しかしすでにそのトラブルについては終わった話でもある。


 だがこうして当事者が再び赴いた以上、何かしらまた問題が発生したと言うこと。そしてマッドについてはトライデントと傭兵ギルドに対し以前に約束事を取り付けてある。

 『何かあった時、そちらが責任を持って対応する』と言う約束。

 おそらくその事なのだろう、とあちらは考えているだろう。何せ向こうからすればそのマッドが現在どこにもいないのは把握しているのだから。


「その話の前にまずはこちらの謝罪を。マッドだが現在行方不明となっている。捜索中ではあるが未だ足取りが全く掴めていない」


 まぁそうだろうなぁと思う。

 冒険者ギルドや傭兵ギルドにあの合成魔物についての注意喚起は流したが、その合成元になった人の身元など明かせるはずがない。

 他国のマッドも大概だが、それ以上にあのドラムスの事もあるからだ。


「君がここに来たと言うことは迷惑を被った、と言うことなのだろう?」

「まぁ……そう、なるんですかね?」


 迷惑と言う点では確かにその通りではあるが、あの状態があいつの意思かと問われれば疑問に残る。

 そんな歯切れの悪いこちらの様子に向こうは怪訝な表情を浮かべるが、ディエルが軽く咳払いをしたことで全員がすぐに気を引き締め直す。


「事の詳細の前にまずは事実からお話します。彼はもうこの世にはいません。自分がこの手で討ち、その最後を見届けました」


 その瞬間の向こうの反応は様々だ。

 やはりと思う者、信じられないと言う表情を浮かべる者、旧知かはたまた仲間だった故かあまり良くない視線を送ってくる者。


「……」


 当時を思い出してか、コロナがこちらの手を握り、エルフィリアが服の袖を摘まんできた。

 自分はそんなにしんどそうな顔してたのかなと思い、心の中で頬を叩くイメージを浮かべ改めて気を引き締める。


「その事についてお話します。ですがその前にそちらのお話を聞かせてください。何故彼が自分たちのところにやってこれたのか」


 自分とマッドの裁判が終わった後、少なくとも彼は動けるような状態では無かった。

 詳細は知らぬが少なくとも彼の財産はほぼ取り上げられていたし、それ以上に犯罪人として捕らえられていたはずだ。

 真っ当な手段で動くことはままならず、仮に真っ当でない手段で動けたとしても目の前のトライデントや傭兵ギルドが動くことになっている。

 その怖さは他ならぬ所属していたマッド自身が分かり切っていたことだ。


 だがあいつは逃げた。

 金もツテもなく、常時追われる危険性を負ってでもなお逃げ出した理由。そしてその方法。

 これがどうしても分からない。


 その事についてかいつまんで話すと、最初に口を開いたのは一緒に来ていたパルだ。 

 今日も護衛として、そして今回の件について兵士の一員として同席してもらっている。


「一応上から許可は貰ったから、話せる範疇だけ伝えるわね。と言ってもそちらはすでに知ってる情報だけどね」


 今から話すことはすでにトライデントや傭兵ギルドには伝えられている情報とのこと。

 それによるとマッドはこの街の牢屋に捕らえられていたそうだ。その後の手続きや刑罰が決まるまでそこにいたはずなのだが、ある日忽然と姿を消したらしい。


「獣人って割と運動神経良いイメージありますけど、そんな簡単に逃げられるものなんですか?」

「確かに人間であるあなたから見ればそうでしょうけど、ここは獣亜連合国の首都よ。当然獣人や亜人が逃げられないような造りや体制になっているわ」


 まぁそりゃそうか。人王国で逃げられるのとはわけが違う。

 それに元とは言え直前までトライデント所属だった奴だし、その辺りはもちろん考慮されていて然るべきだったか。


「失礼しました。それで基本逃げれないはずの状態でどうやって逃げおおせたんでしょう」

「それがはっきりしないのよね」

「と言うと?」


 もちろんこの件については大問題となった。何せ拘留中だったやつが逃げ出してしまったのだ。

 自分との件だからではなく純粋に牢にいた人物が消えた。


 それもその手法がはっきりしないのだ。


「大体この国の脱走は力技なのよね。牢を破ったとか取り調べ中に兵士殴り倒したとか」

「……物騒ですね」

「まぁ大体その後とっ捕まえてボコるんだけど」

「…………物騒ですね」


 ともあれこの国では逃げる時は大体力押しが主らしい。スマートな手をするよりは身体能力に長けた彼らからすればそっちの方が確率が高いそうだ。

 ただしその特徴はそのまま兵士らにも当てはまるわけで、捕まえる側の方はパルが言う様に人数に物を言わせる形になるらしい。

 

「でも今回の件はそう言うのじゃないのよ。牢が壊されたり兵が倒されたとかじゃなくていきなり消えたの」


 となるとやはり外部の何らかの手が加わった……と見るべきか。

 そしてこの考えはもちろんパルら兵士たちも調査の段階で考えたようで、マッドと仲の良かった者を中心に調べたが成果は無かったそうだ。

 もちろんその疑いはトライデントや傭兵ギルドにも波及した。彼らに対して調べると同時、見張りの兵士にも聞き取りをした。


 しかしどれもが空振りに終わったそうだ。


「確証はないけど逃げた彼のような人物が夜中に走っていくのを見かけたって情報はあったわ。後は見張りの記憶があやふやな事かしら」

「ならその見張りの人が一番怪しいのでは……」

「でもはっきりしない時間帯があるだけでおかしな点はないのよね。そもそも最初に脱走の報を入れたのはその人だし」


 うぅん、はっきりしないのがモヤモヤするけど証拠も無いし確かにそれでは共犯者としては弱いか。


「それに共犯者にしてはあからさますぎるもん。剣と財布が無いって騒いでたし」

「でも流石に見過ごすには怪しすぎません? 逃がして武器と路銀渡しましたって言ってるようなものですよ」

「まぁ……そうね。だから洗ったわ。でも何も出なかった」


 ……何か妙に力が籠った部分があった。

 つまり……いや、よそう。パルがそう断言する程なのだからその結果を受け入れる方が良い。


「その後はトライデントや傭兵ギルドと一緒に捜索ね。この辺りは君との約束の履行がちゃんと行われたってことだけは知っておいてね」

「えぇ、分かりました。そして姿を消した後こちらに来たってことですか……」


 そしてその道中にあんな姿になってしまったと。

 ……やっぱり誰かが関わってるな。いくら異世界とは言えあんなの、自然発生するなんてこと絶対に無い。

 流石にマッドは死ぬほどムカつく奴ではあったが、あれは生命の尊厳すら奪うものだ。


「トライデントとしても申し訳ないって思ってるのよ。追えなかったことはもちろんだけど、国外に行ったら流石に活動に制限があるからあまり動けなくって……」


 そんなことを考えていたらディエルが申し訳なさそうに声をかけてくる。

 また顔に出てしまったのかもしれない。


「あ、いえ。こうしてちゃんと動いていただけてたってことが分かったのは良かったです。ありがとうございます」


 少しだけ肩の力を抜くように小さく息を吐き、気にしてないと笑みを作って頭を下げる。


「では次はそちらの番でよろしいでしょうか」

「はい。先ほども言いましたが彼については最終的には自分が討ちました。それについてはコロナを始め自分の仲間たちも証言してくれます。必要でしたらお時間いただく形になりますが、人王国のその場にいた人間に証言して頂く事も可能です」

「……つまりその場にあなた方以外にも人がいたと?」

「はい」


 そして彼らの目が怪訝そうなものになったのを見過ごさなかった。

 あの目は自分に対してではなく……人王国に対してかな。今の言い方だとマッドが討たれた時にたくさん人がいたにもかかわらず、自分が何事もなくこうしているわけだし。


「一つ聞かせて貰いたいことがあるのだが良いだろうか」

「えぇ、どうぞ」


 ディエルが思案する様子を見せる最中、その隣にいるトライデントの男性から声が掛かる。

 彼の言葉に首を縦に振り続きを促すように言葉を返す。


「確かに彼から襲われたのであれば仕方の無いことなのかもしれない。しかしその場に君だけではなくコロナさん達もいたのだろう? 無傷とは行かなくとも捕らえることは出来なかったのだろうか」

「……そうですね。無理でした」

「それは君の心情的な部分からかね?」

「……いいえ。確かに彼に対し思うところが無かったわけではありません。ですがもはや生き死にを考慮するレベルでは無かったんです」


 どういうことだ?と更に問う男性に対し、カバンからスマホを取り出す。

 これには人王国の提出用としてあの時に取った写真が収められている。今回の件についてもこの場で見せるだけ等色々と条件付きではあるが彼らへの閲覧許可は前以て取ってある。

 ただ内容はかなりショッキングな映像なだけにおいそれと出せるものではない。


 そこでまず彼らに対しスマホについて説明。当時の精密な絵のようなものがこの中にあると言うことを教えた上で、まだ信じられない人の為にこの場で一枚写真を撮りそれを見せた。

 出来上がった写真に対し不思議そうに見る彼らではあったが、一先ずは写真については理解してもらえたようだ。


「このように一瞬でその風景や人物など色々なものを絵として残すことが出来ます。そしてこれには当時の絵……つまりマッドのその時の写真があります」

「そのしゃしんを見る事で捕縛することが出来なかった理由が分かると?」

「はい。ただこの写真ですが最初にディエルさんだけに見ていただきたいのです」




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~おまけ・マードッグ家前夜~


レイニー「これがその剣か」

コロナ「うん、ヤマルが言うには刀って種類なんだって。抜いても良いけど物凄く斬れるから気を付けてね」

レイニー「分かった。……ほぉ、これは美しいな。細身の剣だからお前にはあわないと思うんだがどうなんだ?」

コロナ「ふふん、そこも大丈夫。ドルンさんの特別品だからね、見た目以上に……と言うよりその刀を折ったり傷つけたりするほうが難しいと思うよ」

レイニー「む、確かドルン氏と言えばあのドノヴァン氏の息子だったか。そうか……なぁ、物は相談なんだが」

コロナ「ダメ」

レイニー「……まだ何も言っていないが」

コロナ「お父さんのことだからその刀が欲しいとか何かと交換してとかでしょ。やだ、ダメ、却下」

レイニー「しかしこの様な危ないものを振り回すとなると……」

コロナ「危なくない武器なんて無いでしょ。それにちゃんと防具にも同等の使ってるからこそ、その刀だって扱えるんだからね」

レイニー「……防具もか?」

コロナ「うん、防具も」

レイニー「ドルン氏のか」

コロナ「うん、私のサイズに合わせた完全オーダーメイド品」

レイニー「……」

コロナ「……そろそろ刀返してくれる? ちょっと、娘にそんな恨めしそうな目なんてしないで!」




レイニー「なぁミヨ。そろそろ俺も剣を新調すべきかと思うんだがどうだろうか」

ミヨ「羨ましいのは分かりますけど、もっとドンと構えてた方が素敵だと思いますよ」

レイニー「そ、そうか……?」

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