第4話

 「いささか、拍子抜けしましたな」


 紅玉茶を飲みながラデクはそう呟いた。


 「叔父上もいささか、甘いところがありますからな」


 そう呟くのは、ゼウォルの甥であり、前都督であるセイエイである。四方都督の中で、常に先陣を任される猛将として、アルタイルでは猛将として知られている。


 「お二人とも、はしゃぎすぎですよ」


 紅玉茶を口にしながらも、シュテンは二人ほどはしゃぐどころか、落ち着き払っている。


 「シュテン様は流石ですな。この事態にいささかも油断をなさらぬとは」


 「油断はいつでもできること。伯父上をいささか舐めてはいませんか?」


 ゼウォルの執務室にて、シュテンは啖呵を切りながら伯父であるシエン公排斥を唱えた。だが、今はそんなことなどなかったように落ち着いているのは、本人は毛一本ほどの油断をしていないことの証とも言える。


 「伯父上がなぜ、父上と共に大将軍、録中書事になれたと思っておられるのです?」


 飲み干した紅玉茶の茶碗を机に叩きつけると、シュテンはシュテンとセイエイを睨み付けた。

 

 アルデバラン、ベテルギウス、そしてヴェガや周辺星域の平定と共に、太陽系連邦との交渉を行い、アルタイル帝国を復活させた手腕は決して凡人にはできないことである。


 「伯父上が無能ならば、我らはこんな、せせこましい策を練る必要性もなかったでしょうな」


 あまりいい感情を持ち得ていないが、シュテンは伯父であるシエン公の才覚だけは高く評価している。


 もちろん、ラデクもセイエイも決して無能ではない。ラデクの知恵者ぶりも、セイエイの戦術手腕も、誰しもが認める才覚であり、この二人はそれぞれ軍師、都督としては抜きん出ていた。


 実際、歴戦の闘将と言ってもいい、父であるガイオウもこの二人のことは信頼しており、故に今回の策を任せた。

 しかし、まだ浮かれていい状況などではない。ゼウォルの協力を得たとはいえそれは形だけの代物であり、まだなにも事態は好転すらしていないのだから。

 

 「これは失礼を致しました」


 襟元を正しながら、セイエイはいつもの知将としての顔に戻る。だが、気持ちはわからなくもないのだ。

 アルタイル一の名将であるシエン公、それを手玉にとるというのは浮かれないほうがおかしい。

 しかし、浮かれた結果負けた場合、笑いたくても笑えなくなるのだから。


 「いえ、武官の大半を取り込むことができましたのは、セイエイ卿のおかげです。セイエイ卿でなければ、大都督殿の説得も無理でした」


 ゼウォルには文武官のほとんどを賛同していることを伝えたが、実際のところラデクとセイエイによる工作によるところが大きい。

 

 「シュテン様にだけ苦労を背負わす訳にはいきませんからな」


 元々、偉大な伯父と叔父を持つ関係から、セイエイとシュテンは馬が合った。そして、互いに若輩者として軽く扱われることもあり、そのたびに二人は互いの屋敷に出入りしては酒を酌み交わしている。

 

 そして、今回の策もラデクと共にセイエイは一翼を担い、武官達への工作を行ってくれた。


 「それに、先ほどの一見で叔父上もこちらに取り込むことで、私の言葉も虚言ではなくなりました」


 紅玉茶の甘い香りにうっとりしているセイエイの言葉に、シュテンも珍しく笑みを浮かべる。

 

 セイエイが武官達への工作を行う際、大都督であるゼウォルの甥であることを利用し、さらにゼウォルが協力していることを臭わせ、ゼウォルの威光と信頼を利用することで協力を取り付けたのである。

 

 ゼウォルに出した書状は確かに協力を申し出た文官武官達によるものだが、ガイオウとゼウォルの威光を利用した代物である。


 特に、シエン公の覚えめでたい上に陰謀や謀略という者から縁遠い実直なゼウォルが協力していることは、ガイオウの威光だけでは納得しなかった者達も「あのゼウォル卿が協力している」「大都督ほどの人物ですらシエン公を諫めようとしている」という判断材料にするには充分過ぎた。


 「叔父上の実直ぶりは私が一番良く理解しています。シエン公の覚えめでたい叔父上までもが賛同しているとなれば、それを無碍にできる者はおりませんからな」


 実際、セイエイの工作は図に当たった。ガイオウの名だけでは賛同しなかった者達が、ゼウォルも賛同しているということを理由にこぞって賛同してきたほどである。


 「ですが、兵家の復活は実現出来るのですか? 叔父上は正直納得していてはいないようですが」


 「するしないの問題ではありません。もはや、流民を抱え込むことなどできることではありませんからな」


 そう語るのは、流民対策に悩まされているラデクであった。


 「流民共をこれ以上増やすことにでもなれば、太陽系連邦軍、特に帝国に駐留する統合軍との協力関係を維持することはできなくなります。流民共の対策には、統合軍が一番神経質ですからな」


 上軍師として、ガイオウと共に統合軍との折衝を行っているだけに、ラデクの主張には現実的であった。


 ゼウォルが言うように、兵家という制度は確かに古めかしい制度ではあるが、大量の流民を兵家とするのは理にかなう。

 畑一つ作ることすらできない、このルオヤンにおいて、彼らを食わせるだけの産業は無きに等しいのだから。


 「それに、兵家を導入しなければマトモな兵力を集めることも難しいでしょう。現在、我が軍は質は無論のこと、数ですら劣っているのですから」


 二度にわたる大戦の中で、帝国は大幅に兵力を失っている。各地の反乱を平定したとはいえ、それは太陽系連邦の力を借りてのことだ。

 

 「質で劣る以上、数だけでも勝っておかなければなりますまい。太陽系連邦と対等の関係を構築する上で、兵力の確保は必要不可欠です」


 軍の人員は常に不足している。それを埋める上で、流民を徴兵して兵家に組み込むというシュテンの発想は現時点では正解であると言える。

 実際、シュテンは父であるガイオウにラデクと共に、流民対策の意味で兵家の復活と共に、軍事力の回復を進言していた。


 「その中核を担う上で、セイエイ卿にはもっと大役を担って貰いたいと私は思っています」


 「武人として、皇室と帝国に尽くす所存であります。喜んで、働かせて頂きます」


 セイエイが頭を下げると共に、執務室にシュテンの父であるガイオウがやってきた。


 「これは父上、会談はもう終わりですか?」


 シュテンが頭を下げながらそう言うと、ラデクやセイエイもそれに習って頭を下げる。

 だが、ガイオウは不機嫌とも機嫌がいいとも言えない顔つきのままに席に着き、紅玉茶を飲んだ。


 「シュテン、首尾はどうなっている?」


 「順調でございます。ゼウォル卿からの内諾もすでに得ております」


 冷静に答えるシュテンを訝しむように見るガイオウであったが、ラデクもセイエイもいる中でそれを言葉にすることはなく、再び紅玉茶を飲んだ。


 「父上、伯父上との会談はいかがでしたか?」


 シュテンとしては、父が兄であるシエン公との会談にて探りを入れる手はずであっただけに、その結果が気になっていた。

 だがガイオウは「首尾なく終わった」と端的に答えた。


 しばらく無言のままでいたガイオウは二杯目の紅玉茶を飲み干すと、そのまま机に杯を置く。

 そして、シュテンやラデク、セイエイらの顔を眺めていた。


 「父上、首尾なくとはいったいどういうことでしょうか?」


 やや困惑する息子の顔と共に、言葉には出さないが、ラデクもセイエイもどこか困惑ぎみな顔をしていた。


 「文字通りの意味だ。それ以上も、それ以下のことでもない」


 「それでは父上、手はずは如何に?」


 推し量るようでありながら、どこか目を輝かせているシュテンの熱意と共に、どこか危うさを感じるガイオウであったが、今回の計画の発端はシュテンとラデク、そしてセイエイらの三人の提案であったことを思い出す。


 「……シュテン、すべては予定通り行う」


 その言葉に、シュテンは無表情ながらも気配が代わり、ラデクやセイエイは顔色を変えて喜んでいることをガイオウは確認した。

 

 「貴公ら、浮かれている場合ではないぞ。貴公らが選んだ相手、そして戦うべき相手が誰であるのか、今一度自覚せよ」


 「心得ております。では、手はず通りということでよろしいですか?」


 シュテンだけは顔色を変えていなかったが、気配が表に出てきているところは、まだ若さを感じる。だが、明らかに嬉々としているラデクやセイエイに比べれば、シュテンの態度はまだマシと言えた。

 

 「すべて任せる。ラデク、セイエイ、貴公らもシュテンの補佐を頼んだぞ」

  

 兄との会談を終えたガイオウは既に決意していた。兄とは違う別の道を歩むことに。


 そしてそれは、アルタイルの復活ではなく、アルタイルを新しく甦らせる道であることも。


 

 











 

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