第三話
混み合うセントラルの駅を出て、広場に向かう。
人混みは苦手だ。少しでも人が少ない方がいい。
駅前の広場では大道芸人達が芸を競い、街頭商人が色々な小間物を売っていた。
帽子、手袋、様々な衣料品。移動式のコーヒーショップもある。
その周りに立ち並ぶのは大小色とりどりのテント小屋。
そしてその中心にそびえ立つのが王立芸術劇場だ。
王立芸術劇場には例の戯曲が掛っていた。結構な人混みだ。やっぱり人気があるらしい。
(ふわー、高いのにみんな行くのね)
思わず馬鹿みたいに上を見上げてしまう。
芸術劇場の周りにいるのは相変わらず上流の人が多いようだった。
どの夫人も一様に日傘を差し、手袋をしている。服装はリリィと同じような合理服が多かったが、どの服もずっと生地や仕立てが良い。
(ブラシをかけてきてよかった)
思わず見比べ、安堵の息を漏らす。
とりあえずチケットを買わなくちゃ。
芸術劇場の前を迂回し、隣のテントへ。
二本の柱で支えられた、『ブラウン・カンパニー』と小さな看板を出しているテントはまるでサーカス小屋のようだった。サイズもそんなには大きくない。百人は入らないだろう。グレーのテントはどこか地味で、隣の煌びやかな芸術劇場と比べると明らかに見劣りする。
(よくこんないい場所、こんな人たちに取れたなあ)
リリィは妙なところに感心する。
「昼の部、一枚ください」
リリィはチケット売りの窓口にお札を差し出した。
「今日は日曜日のため夜の部はないのでお気をつけ下さい。舞台は午後二時からです。遅れないように。席は自由です。開場は午後一時三十分です」
窓口の若い男性がスケジュールを告げながらリリィにチケットを渡す。
「ありがとうございます」
リリィはお礼を言うと、チケットを大切にハンドバッグにしまった。
さて、チケットは買ってしまったし、それまでどうしよう?
リリィは街の中心の時計台を見てみた。今の時間は十時三十分。まだ開場までしばらく間がある。
(ちょっとデパートを見て、それからお昼を食べて劇にしよう……)
とりあえず王国最大だという触れ込みのデパートに向かう。
地上四階地下一階、煉瓦建のこの建物には王国のほとんど全てのものが集められていた。
宝飾、服飾は言うに及ばず、子供服や玩具、食品まで売っている。
多くは上流の人のためのお店なのでリリィには手が出なかったが、中には手頃な値段の商品もあった。
特に季節外れのものは高くない。
リリィはとりあえず一気に四階まで行ってしまうと、下りながら欲しいものを物色することにした。
四階のおもちゃ売り場や家具売り場にはあまり用がない。だが、おもちゃ売り場の片隅で売られていたドールハウスには心を引かれた。本物の家具職人が作ったミニチュアの家具はどれも精巧で、とても美しい。
(これでおうちを作ったらちょっと楽しいかも知れない……)
だが、値段を見てまたびっくりしてしまう。
一個のソファがリリィのブラウスよりも高い。
(駄目だ、買えない……)
ドールハウスは見るだけにすると、リリィは三階に降りる階段に向かった。
三階はキッチンツールと文房具のフロアだ。
キッチンツールの売り場にはピカピカに磨かれた銅のお鍋が並び、見たことがない機械も展示されていた。
リリィはその中でも最新型のストーブをまじまじと眺めていた。
魔法院の住宅に付いているストーブは石炭を燃料としているため、使うといつも煙いし、使うのもとても難しい。だが、ここに展示されているストーブは
(素敵。でもきっと魔法院は買ってくれないんだろうなあ)
魔法院の住宅には
いつかは誰でもこんな素敵なストーブを使えるようになるんだろうか。
リリィは夢見るようにいつまでもピカピカ光る
二階から地下一階までは服飾のフロアだ。途中、一階には食べ物の売り場もある。
二階は見るだけ無駄だった。宝飾店、それに有名なデザイナーの手によるオートクチュールは上流階級のためのものだ。リリィにはうかがい知ることすら出来ない世界。このフロアに展示されている服はほとんどなかった。注文服なので展示する事はそもそも想定されていないのだろう。ここにあるのは鏡と着替えのための個室、生地の売り場、それに物腰は柔らかいがどこか冷たい店員だけだ。
(ふう)
階段を
リリィは途中一階のお茶売り場でお土産のお茶を買うと──フレーバーティーを少しだけ──、再びお洋服の探索に戻った。
一階と地下一階はそう言う意味ではだいぶん親しみの持てる売り場だった。工場で縫製された合理服やブラウス、ブーツなどが売られている。
リリィは慎重に吟味した結果、襟の形が洒落ている白いブラウスを買って帰ることにした。
その点
選んだブラウスを紙に包み、箱に入れてもらう。最後に手提げの袋に入れてもらったブラウスをリリィは大切に受け取った。
(お買い物も出来たし、お昼を食べに行こう……)
リリィはブラウスとハンドバッグを大切に胸に抱えると、ブランチを探しに街中へと繰り出していった。
…………
セントラルにはカフェが多い。それにどのカフェもとてもお洒落だ。
これは一つには隣国から王国に渡ってくる料理人たちの影響もあるのだろう。食文化が隆盛を極める隣国では王国では食べることも見ることも出来ない料理がたくさんあると聞く。
王国の主食は主に肉だ。魚を食べることもあるが、どれもグリルか、せいぜいローストしたくらいであまり手は込んでいない。
そのためセントラルでは隣国のお料理が大人気だった。どの店も隣国出身のシェフが経営しているため、店の造作も隣国風。路上にテーブルを出したオープンカフェも沢山ある。
「♪〜」
後ろ手にブラウスとハンドバッグを持ったリリィは、ご機嫌で鼻歌を歌いながらお店を覗いて歩いていた。
どの店も、店先にメニューを出している。その一つ一つを眺めながら楽しく歩く。
(何にしようかな?)
パスタ? 素敵。
サンドウィッチ? お昼ご飯の参考に出来そう。
カレー? 植民地風ってどんななんだろう?
シノワ? 東洋風のお箸って使えるかしら?
いつもお昼は自分で作ったサンドウィッチなので目移りする。
だが、その中でも一際リリィの目を引いたのはキッシュだった。
(……キッシュだ。ここにしよう)
曇天が多い王国に於いて、今日は珍しい晴天だった。風は南風、これなら外で食べても寒くない。
リリィはオープンカフェの角のお店に決めると、空いているテラス席の一つに腰を降ろした。
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