2-9―異国の空気―
―自己紹介が終わると満里菜は担任に指示され、今まで美都子が座っていた空席についた。
休み時間になると、満里菜はさっと立ち上がると珠樹のところにまっすぐに向ってきた。珠樹は内心、慌てた。何か不愉快なことでもしでかしてしまっただろうか?
「わたし、あなたのこと気に入ったわ。名前なんて言うの?」
珠樹は一瞬呆気にとられていた。隣の席の優理も呆気にとられてその様子を見つめている。いつものように優理と珠樹の方に寄ってきた睦も一瞬、足を竦めたように立ち止まった。
「あ、えっと根津珠樹よ。はじめまして」
「Nice to meet you!」
満里菜はさっと右手を差し出した。珠樹も出遅れて右手を出し、ふたりは握手を交わした。そのあと満里菜は、ちらっと笙の方を見ると言った。
「あの人、素敵ね。あの窓際の三列めの人。名前なんて言うの?」
「ああ、笙君。夏木笙君よ。
「そのうち話してみたいわ。珠樹さん、紹介して下さる?」
「うん、いいけど……。私、彼とはそれほど親しくないわ」
「そう……残念だわ。無理は言わないけど……よかったら、そのうちね!」
「そうね……」
「ねえ、満里菜さん、はじめまして。私、浜名優理。よろしくね」
「私は、多田睦です。よろしく。よかったら、メキシコの話でもしてくださる?」
戸惑い気味の珠樹をかばうように優理と睦のふたりが満里菜に話しかけてくれて珠樹は内心ほっとしながらも複雑な気持ちに包まれていた。そんな珠樹の内心をよそに他の生徒たちも数人集まってきて、次の始業のチャイムがなるまで満里菜を囲んで賑やかに話が弾み、あっという間に休み時間は終わった。
珠樹は快活で魅力的な満里菜に憧れに近いような思いで気持ちが引き寄せられた。満里菜もすっかりグループに仲間入りをする一方で、異国人風の雰囲気で誰にでも明るく接し、みるみるうちにクラスの中に溶け込んでいった。珠樹たちだけでなく、クラス中の生徒達が転校してきたばかりの満里菜に注目するようになり、そんな満里菜の動向に引き摺られるように、珠樹の笙への思いは少しずつ薄れていくような気がした。時折、目が合ったりすることもあったが、その都度珠樹は目を伏せ、意識を逸らすよう努めている方が気が楽だったし、笙も珠樹の方に近寄ってくることはなかった。夏休みにふたりの間に起こった出来事はまるで夢の中の出来事だったかのように日々は過ぎていった。
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