ありがちな恋愛

私たちは、夢の中に居る。

それは、愛で出来ている。

受け入れて、ここにいる。

繋がって、ひとつに。

私たちは、夢の中に居る。

それは、想いで出来ている。

受け止めて、伝える。

響いて、一緒に。

いつかの、不安。

今の、自信。

これからの、すべて。



【 第4話 ありがちな恋愛 】



「キミは、この世界の秘密を知っているか。」


金網越しに遠くを見つめている彼女。何を考えているのだろうか、そもそも、同じ人間なのだろうか。そう感じてしまうぐらいには、不思議で掴みどころがない。僕らは互いを認識こそはしていたものの、半ば相手を存在しないものとして、見晴らしの良いだだっ広いこの屋上で、さも孤独で居るように振る舞い、それぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。なのに突然、そんなことを言い出したものだから、僕は面食らって言葉に詰まってしまったのだ。


「…何処を見ているの?」

「私たちの街。この屋上には誰も来たがらないね。キミを除けばの話だけど。この街をこんなに見渡せる場所はここしかないと思うのだけれども。」

彼女の向こう側には、月がはっきりと見えていた。完璧だ。何一つも欠けることなく、まるで計算されていたかのように、今日もまた空が美しかったのを憶えている。


「さっきの話って」

「秘密。知らなくていいんだよ。」

「えっと」

「うそ、冗談だよ。」

やっぱり、何考えてるか全然分からない。意味が分からないので、こちらは返答の仕様がない。

彼女は“ここには誰も来たがらない”なんて口にしていたけれど、それは近くの工場から煙が出ている訳でもなく、ゴミが散乱していて汚いわけでもなく、生ぬるい室外機の風に当たることもない。“ここには誰も来たがらない”本当の理由は、ちょうど僕と彼女がいるからだ。(僕はともかく)彼女は美しい見た目からは想像できない所謂“不思議ちゃん”で、彼女を避ける人間は校内に一定数存在していた。


クラスメイトの大橋という人はこう語る。

「綺麗だけど、

でも性格が掴めなくて、なんか近寄り難いかな。」


隣のクラスの雪乃という人はこう語る。

「私はあんまり仲良くないな。変なキャラだよね。天然でも作り物でも、関わるのなんか嫌だな。」


僕はというと、皆の意見に否定も肯定もしていない。昼休みの時間、僕らは決まって学校の屋上に居たが、それは決して仲が良いからとかではない。ただ、僕は屋上に来たくて、彼女もまた屋上に来たいというだけの話なのだ。時々、不思議なことを彼女の方から始めてくる。僕が話を振ることもある。そういう、それだけの関係性だ。


「ねぇ、」

僕がしばらく考え込んでいると、随分と長い時間が経っていたらしい。彼女が自分に声をかけていることを、しばらく知らなかった。

「なに?」

「チャイム。一分前に鳴ってたよ。予鈴じゃなくて。始まりのチャイム、だけど。」

次の授業は数学で、それは実に面倒な先生だった。何も言わず僕は飛び出し、教室までのそこそこの距離を走って教室へと先を急いだ。


「いや、彼女も同じクラスなんだけど…?」


それから十分程して、とても怒られた。ストレス。


僕が教室に着いた頃には、彼女は、定位置でスーンとした顔で窓の外を眺めている。しかも先生はそれに何も触れることなく。僕は息切れと汗だくであった。そして本当にストレスだった。

──彼女はとても声が小さい。



遠く、遥か遠く。確かに塗りつぶされた空の黒色に、微かに(塗り)残ってしまった空の青色は、いつから青色で、いつ黒色に染まるのか。そんなこと考えて屋上に突っ立っていれば、世界は僕に取り残されていくだろう。


冷たいけど、優しい風、どこからか知らないけど、温かく肌の表面を冷やして流れていく。

金木犀の香りを乗せて。


でも、季節じゃないんだ、金木犀の。


彼女は暗がりに歩いていた。


「何してんの?」ってすっとぼけてくるから、

「いつものことじゃん」ってすっとぼけた。

「でもさ、放課後だよ。」

「天文部」

「一人じゃん。望遠鏡ないじゃん。」

「趣味」

「空、眺めるの好き?」

「そりゃ天文部入ってんだから」

「明日の放課後一緒に帰ろ。私もう帰るね。」

「は?だったら今日帰ればいいじゃん」

「いつもよりなんか馴れ馴れしいね。」

「てか一緒に帰るって何」

「いいじゃん、空の話でもしようよ。」

「そもそも俺なんかと帰っていいの」

「何言ってんの、誘ったの私だよ?」


彼女が唐突に(先に帰るという報告自体を彼女は済ませていたのだけれども)会話の途中で帰ってしまったから、意味が分からなくて(僕と彼女の関係性は屋上を好むだけだから)そのままの姿勢で彼女がさっきまで存在した扉の前の暗がりを、ただ一点に見つめて、きっと三分ぐらい経って、金木犀は風に吹かれて、遠くへ静かに(風は強い)消えた。



大橋、目の前に大橋がいる。数学の時間に爆睡してたから、授業が終わったことにも気づけないほど爆睡してたから、焦点の合わない視界のセンターに、人間が立っている。それは、大橋の特徴を持っている。だから大橋が立っている。ついでになんか喋っている。それは大橋の声と似ているものだった。



《放課後一緒に帰ろう事件から二日後の

二時間目から三時間目にかけての小休憩》


「昨日、お前、アリスと帰ってたな。」



《放課後一緒に帰ろう事件の翌日、

目の前に大橋が居る事件前日の放課後》


今から帰るはずなのに、僕は階段を上っているから、不思議な感覚だった。

屋上へ上がると、彼女は立っていた。

僕は、彼女の元へ詰め寄った。


「見て。向こうの団地。

あの側面に、何十もの幸せがある。

洗濯物に、物語がある。」


「一番左上の部屋、下着しか干してないよ」



《中略》


「ちょっと前の話。キミが数学の授業に遅れてきた時。キミは不思議に思ったでしょう。私はずっと前から教室に居たよ。あの時、私、屋上に居なかった。キミと屋上で話したけどさ。」


二人で帰っている。それだけでおかしい。

またいつものようにおかしな話をしている。

でも、僕はその話を聞き流そうとしていた。

それが怖かった。彼女は抑揚がない。

ただ、当然のことみたいに、怖いことを言う。


「空に穴が空いてるの。」



《私の話》


この世界はちょっと操作すればいい。

全ては私の思い通りなんだ。


遅刻したことはない。

早退したこともない。

欠席したこともない。

そういうことになってるから?


成績は中の上。授業中に黄昏れる。

そういうことになってるから?


校内では浮いている存在。

そういうことになってるから?


屋上で過ごすこと。キミと話すこと。

そういうことになってるから?


キミと話をしなければならないんだ。

そういうことにした、私が。



キミに、私は銃口を向ける。



《僕の話》


不意、刹那、銃口を突きつけられた。

彼女はトリガーを引ける女だ。引く女だ。

(と、直感的に、そう感じた。)



空が鳴っている


reverberation


残響



《暫くの沈黙のあとに、キミが口を開く》


「死なないんだよ。」

「私も“貴方”も簡単に。」

「あと七日間しか会えないはずだった。」

「でも私は貴方に銃口を向けたから。」

「してはいけない話をしているから。」

「人生は思い通り。そう思って生きていた。」

「私の思い通りではないんだと気づいた。」

「これからは思い通りにするって決めたの。」



《なにも聴こえない》


…ほんとだ、空に穴が空いている。

─お腹に、穴が空いていない。



『さようなら』


意識が朦朧としていた中、キミのことを思い出して、その瞬間に身体が軽くなったから起き上がってキミの顔を、見たかった。



つづく

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