Act.07『ペアリング・コール』
《“アンノウン・フレーム”って、なぁにそれ? フタバ知ってる?》
《ううん、全然……ミツキは?》
《私もアクター専用のデータベースは定期的にチェックするようにしてるつもりだけど、そんな名前は聞いたことがないわねぇ……》
謎の
困惑している『トリニティスマイル』のメンバーらの会話に朔楽が耳を傾けていると、そこで
《ハルカさん……いや、
《残念だけれど、さっき話したことはすべて事実よ。
つまるところ情報統制をかけられていたということである。
アウタードレス以上の脅威が現れたという事実が一般市民にも知られてしまえば、人々の暮らしに大きな不安を与えることになるのは間違いないだろう。そうなってしまえば、
ゼスアクターとは常に、“
「ケッ、いかにも大人がやりそうなことだぜ。くっだらねぇ」
心から、そう思った。
朔楽が着飾らない本音を吐き捨てると、すぐに気の強そうな少女(先ほど『バカ』呼ばわりしてきたフタバとかいう奴)が反発してくる。
《ちょっと
「はっ、ンなこと知るか。それに“アンノウン”って呼び方も気にくわねぇな。外国にいるお仲間の基地を襲ったってんならよォ、アイツは
怒りを火炎へと変換し、盛大なアフターファイヤーを噴き出しながら“スティール・ゼスサクラ”が真上に向けて跳躍した。
そして遥かなる高みから見下ろしてくる“アンノウン・フレーム”との距離を一気に詰めると、
「──“
空気をも切り裂くほどのスピードで繰り出されたパンチ。
が、なんと“アンノウン・フレーム”は上体を軽く逸らしただけでこれを避けた。随分と余裕そうに攻撃を
《落ち着きなさい、朔楽くん!》
「くそっ、なんで当たらねぇんだ……!?」
何度も、何度も全力の拳を叩きつけようとした。
しかし“スティール・ゼスサクラ”の攻撃は一向に空振りし続けるばかりで、“フロスト・フラワー”のドレスを纏った相手はただ踊るようにひたすら回避に徹する。
まったく反撃をしてくる様子のないその立ち回りは、まるでこちらの力量を遥かなる高みから測っているようでさえあった。
「な、なんなんだよコイツ……避けてばっかりで気持ち悪ぃぜ!?」
《やはり報告にあった通りね。みんなよく聞いてちょうだい、その“アンノウン・フレーム”には読心能力──すなわち、相手の思考を先読みする能力が備わっているわ》
「何だって……?」
ハルカがそう述べた途端、朔楽を含めてこの場にいるアクター全員が思わず息を呑んだ。
《うそ……だってアーマード・ドレスは、
三人娘の中でも最年長メンバーであるミツキの顔からも、普段の余裕そうに微笑んでいる表情はもはや消え失せてしまっていた。
彼女が尻込みしてしまうのも無理はない。
対アーマード・ドレス戦においては文字通り“無敵”とも言えるであろう能力を持った相手に、むしろ萎縮しないほうがどうかしているだろう。それは今シーズンのランキングトップを独走している『プリンス・オブ・カナタ』こと風凪奏多も例外ではない。
《な、なにか勝つ方法はないんですか……?》
《……方法なら、1つだけあるわ》
奏多からの問いかけにハルカは
それを聞いた朔楽は水を得た魚のように問いただす。
「あるのか!? ならさっさと教えてくれ!」
《先に断っておくけれど、この方法はかなり博打とも言え──》
「
《……わかった。なら細かい説明は後回しにして、最低限いまキミが行うべき事だけを伝えるわね》
そのように前置きしてから、ハルカは冷静に指示を飛ばし始めた。
《これよりゼスサクラには、現在こちらに向かっている“もう一機の
「味方機か、そいつが来りゃあ勝てるんだな!」
《それはキミの……いや、キミ達の頑張り次第ともいえるわね。そのお膳立てはこちらも全力でやらせてもらうけれど》
(“達”……?)
《とにかく状況は一刻を争うわ! ゼスサクラはまずペアリングシーケンスの前に撃墜されてしまわないことを最優先に、それ以外のアーマード・ドレスはゼスサクラの護衛に回ってちょうだい!》
《
フタバがそのように承諾したのと、それまで沈黙を保っていた“アンノウン・フレーム”がいきなり強襲を仕掛けてきたのはほぼ同時のタイミングだった。
接近とともに靴底のブレードを振りかざす敵に対し、オレンジのアイドル衣装に身を包んだアーマード・ドレス“キューティー・ゼスフタバ”は長大なマイクスタンド型ロッドを
《二人とも、今よ! コンビネーション!》
《OKフタバ! いくよ、ミツキ!》
《タイミングは合わせるわ!》
さらにフタバもタイミングを見計らってアウタードレスからいったん距離を離すと、頭上でロッドをぐるぐると回転させてから再び機体を
《いくわよ!
計三本のロッドによる、三方向からの同時攻撃。
それこそが『トリニティスマイル』を強豪ユニットたらしめる必殺コンビネーション、“トライデントスカッシュ”だ。
──しかし次の瞬間、それまで撃破率100%を誇っていた彼女たちの奥義は、ついに輝かしいその記録に泥を塗ることとなってしまう。
“アンノウン・フレーム”は自らの関節を本来の人体ではありえない方向に曲げると、まるで剣刺し箱マジックのようにロッドをすべて回避してみせる。そして大きく体をしならせながら一本のロッドを掴み、その腕を軸にしてグルンと勢いよく開ききった両足を回転、密集する3機に痛烈な回し蹴りを浴びせた。
「あいつら……くそっ、やっぱり俺も……!」
《サクラくん、ステイ!》
はやくも命令を破って加勢しようとしていた朔楽を、すぐさま奏多が冷静に呼び止めた。
彼の駆る“カメレオン・ゼスカナタ”は蹴り飛ばされてしまった『トリニティスマイル』の3機と入れ替わるようにアンノウン・フレームへと急襲すると、マフラーのような舌を伸ばして四肢を絡め取る。そうして敵の身動きを封じつつも、奏多は必死の想いでゼスサクラへと
《ここは自分たちが抑える! だからキミははやく合流ポイントへ!》
「で、でも……」
《自分たちなら大丈夫さ。だからゴー、だよ!》
「ちょ……ゴーだのステイだの俺は犬か!? ……ああもう、わぁーったよ! それまでアンタもやられんじゃねーぞ!」
ようやく踏ん切りがついた朔楽はすぐに
“アンノウン・フレーム”もこちらに追いすがろうとしたが、ゼスカナタと『トリニティスマイル』の計4機がその行く手を阻む。そんなアクター達の
「もうすぐ指定されたポイントに着くぜ! 次はなにをすりゃいい!?」
《オーケー、あと30秒ほどで
「11時の方向……こいつか!」
曇天に覆われているためモニターで姿を確認することまではできないものの、高速で接近するその機影はレーダーがはっきりと捉えてくれていた。
味方であることを示す水色の光点に、“インナーフレーム
《ゾーニングまであと15秒。朔楽くん、準備はいいかしら?》
「おうさ、半分くらいはヤケクソだけどな」
《充分よ。そしたらペアリングが可能になり次第、すぐに“ゼクストシステム”を発動させてチョウダイ》
「ゼクス……なんだって!?」
《システムの立ち上げはこちらで行うわ。アナタは起動のためのコールだけ行ってくれればいい!》
「よ、よくわかんねぇけど……要するに叫べばいいんだな!?」
そうとわかれば話は早い。
準備万全といった様子で朔楽が顔を上げたそのとき、ちょうど0になったカウントタイマーが電子音を弾き鳴らした。
かくして
《今よ、朔楽くん! ペアリング・コール“サクライカ”と叫びなさい!》
「おっしゃあ行くぜッ! ペアリング・コール“サク──」
しかし途中まで喉から出掛かっていた言葉は、あと一歩というところで中断させられてしまう。
べつに敵からの妨害を受けたわけでも、急にシステムが不具合を起こしたというわけでもない。
他ならぬ朔楽自身の無意識が、その名前を告げることを拒んだのである。
《どうしたの!? はやくコールを……!》
(聞き間違い、じゃねえよな……? じゃあまさか、“もう一機の
そんなはずはない、と朔楽は頭に浮かんだ雑念を必死に振り払う。
それは論理的に導き出された結論というよりも、どちらかといえば目の前にある現実を直視できない彼の、虚しい願望であった。
《なにグズグズしてんのよ
「……ッ!!」
通信回線を介して聞こえてくる味方たちの悲鳴が、どこかへ旅立とうとしていた朔楽の意識を半ば強制的に肉体へと引き戻した。
とにかく今はハルカの指示通りに動かなければ、ここにいる全員がやられてしまう。
もしそうなれば、奪われた寿子のドレスも取り戻せない──!
「……ああもう、なるようになれだ! ペアリング・コール!!」
かつてステージへと上がる瞬間にいつも名乗り上げていた共同名義を、朔楽は約3年半ぶりに口にした。
「“
*
肉体という
気がつくと少年の意識は、すでに先ほどまでいたコントロールスフィアの中ではない何処かへと投げ出されていた。
あたりは漆黒の闇で包まれており、まるで海底深くのような
『サク……ラ……?』
誰かが少年の名を呼んだ。
鼓膜が空気の振動を感じるのではなく、まるで声が脳に直接響いてくるような感覚。だが、朔楽が驚いたのは別の理由だった。
「だ、誰だ? ……まさか」
彼の目の前にひたすら広がっている闇。
その中に、ポツリと人影が浮かんでいたのだ。
最初は
やがて姿が明らかとなった彼は、こちらと同じように目を丸くしていた。
「どうして、お前がこんな場所にいやがる……?」
ここが
向こう側にいる人物も、動揺を隠せないといったふうに声を震わせている。
『これは……夢? いや、違う……』
「おいライカ、聞こえてんなら返事をしろ! なんでテメェがここにいる!? ……ライカ? いま俺は、そう言ったのか……?」
『サクラ……本物、なのか……? なんで君が、僕の目の前にいる……?』
封じ込めてきた記憶の数々が、一気に噴き出し、溢れていく。
この空間を満たしている意識の
ずっと置き去りにし、もう向き合うこともないと決めつけていた過去。
それがこの瞬間、
「『どうして、
二人の
かくして“サクラ”と“ライカ”を
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