Act.07『ペアリング・コール』

《“アンノウン・フレーム”って、なぁにそれ? フタバ知ってる?》


《ううん、全然……ミツキは?》


《私もアクター専用のデータベースは定期的にチェックするようにしてるつもりだけど、そんな名前は聞いたことがないわねぇ……》



 謎の所属不明機アンノウンが出現したことによって、アクター達の間にも大きなざわめきが広がり始めていた。

 困惑している『トリニティスマイル』のメンバーらの会話に朔楽が耳を傾けていると、そこで風凪かざなぎ奏多かなたが唯一情報を握っているであろう人物へと、アクター関係者専用のチャンネルを介して問いかける。



《ハルカさん……いや、絢辻あやつじ指令長。オーストラリアエリアの基地がアレに襲われたという話は本当なんですか? 自分たちアクターはおろか、一般市民だってそんなニュースは聞いたことがないはずです》


《残念だけれど、さっき話したことはすべて事実よ。現場担当ゼスアクターのあなた達にも黙っていたことについては謝罪するわ……だけど、余計な混乱を避けるためだったということは、どうか理解してちょうだい》



 つまるところ情報統制をかけられていたということである。

 アウタードレス以上の脅威が現れたという事実が一般市民にも知られてしまえば、人々の暮らしに大きな不安を与えることになるのは間違いないだろう。そうなってしまえば、娯楽性エンターテイメントをあえて強く打ち出している『ライブ・ストリーム・バトル』の意義そのものが失われてしまいかねない。


 ゼスアクターとは常に、“悪の敵ヴィランに屈しない最強無敵のヒーロー”でなければならない存在なのだから──



「ケッ、いかにも大人がやりそうなことだぜ。くっだらねぇ」



 心から、そう思った。

 朔楽が着飾らない本音を吐き捨てると、すぐに気の強そうな少女(先ほど『バカ』呼ばわりしてきたフタバとかいう奴)が反発してくる。



《ちょっと新人ルーキー! ハルカさんは立場上しかたなく黙っていただけなのに、そーいう言い方はないんじゃないの!?》


「はっ、ンなこと知るか。それに“アンノウン”って呼び方も気にくわねぇな。外国にいるお仲間の基地を襲ったってんならよォ、アイツは正真正銘しょうしんしょうめい──」



 怒りを火炎へと変換し、盛大なアフターファイヤーを噴き出しながら“スティール・ゼスサクラ”が真上に向けて跳躍した。

 そして遥かなる高みから見下ろしてくる“アンノウン・フレーム”との距離を一気に詰めると、小細工フェイントなどなしに真っ正面から殴りかかる。



「──“エネミー”だろうがッ!!」



 空気をも切り裂くほどのスピードで繰り出されたパンチ。

 が、なんと“アンノウン・フレーム”は上体を軽く逸らしただけでこれを避けた。随分と余裕そうに攻撃をかわしてみせた相手に、つい激情を駆り立てられた朔楽は再び拳を振るう。



《落ち着きなさい、朔楽くん!》


「くそっ、なんで当たらねぇんだ……!?」



 何度も、何度も全力の拳を叩きつけようとした。

 しかし“スティール・ゼスサクラ”の攻撃は一向に空振りし続けるばかりで、“フロスト・フラワー”のドレスを纏った相手はただ踊るようにひたすら回避に徹する。

 まったく反撃をしてくる様子のないその立ち回りは、まるでこちらの力量を遥かなる高みから測っているようでさえあった。



「な、なんなんだよコイツ……避けてばっかりで気持ち悪ぃぜ!?」


《やはり報告にあった通りね。みんなよく聞いてちょうだい、その“アンノウン・フレーム”には読心能力──すなわち、相手の思考を先読みする能力が備わっているわ》


「何だって……?」



 ハルカがそう述べた途端、朔楽を含めてこの場にいるアクター全員が思わず息を呑んだ。



《うそ……だってアーマード・ドレスは、搭乗者アクターの思考がダイレクトに反映されちゃう機体なんですよ? そんな相手とどうやって戦えば……》



 三人娘の中でも最年長メンバーであるミツキの顔からも、普段の余裕そうに微笑んでいる表情はもはや消え失せてしまっていた。


 彼女が尻込みしてしまうのも無理はない。

 擬似神経回路サーキットを形成することによってあたかも肉体と同じような感覚で動かせることが最大の長所であるアーマード・ドレスにとって、読心能力はまさに反則級のカウンターに成り得る。

 対アーマード・ドレス戦においては文字通り“無敵”とも言えるであろう能力を持った相手に、むしろ萎縮しないほうがどうかしているだろう。それは今シーズンのランキングトップを独走している『プリンス・オブ・カナタ』こと風凪奏多も例外ではない。



《な、なにか勝つ方法はないんですか……?》


《……方法なら、1つだけあるわ》



 奏多からの問いかけにハルカは端然たんぜんと、しかしどこか躊躇ためらいがちに告げた。

 それを聞いた朔楽は水を得た魚のように問いただす。



「あるのか!? ならさっさと教えてくれ!」


《先に断っておくけれど、このはかなり博打とも言え──》


能書きそーいうのはいいから早く言え! 俺はアイツを……寿子のドレスを奪ったヤツを、一発ブン殴らなきゃならねぇんだ!」


《……わかった。なら細かい説明は後回しにして、最低限いまキミが行うべき事だけを伝えるわね》



 そのように前置きしてから、ハルカは冷静に指示を飛ばし始めた。



《これよりゼスサクラには、現在こちらに向かっている“もう一機の試作型ゼクストフレーム”と合流し、その機体と『ペアリング』を行ってもらうわ》


「味方機か、そいつが来りゃあ勝てるんだな!」


《それはキミの……いや、キミ達の頑張り次第ともいえるわね。そのお膳立てはこちらも全力でやらせてもらうけれど》


(“達”……?)


《とにかく状況は一刻を争うわ! ゼスサクラはまずペアリングシーケンスの前に撃墜されてしまわないことを最優先に、それ以外のアーマード・ドレスはゼスサクラの護衛に回ってちょうだい!》


新人ルーキーなんかのおりをさせられるのは正直不本意なんだけど……まっ、了解したわ!》



 フタバがそのように承諾したのと、それまで沈黙を保っていた“アンノウン・フレーム”がいきなり強襲を仕掛けてきたのはほぼ同時のタイミングだった。

 接近とともに靴底のブレードを振りかざす敵に対し、オレンジのアイドル衣装に身を包んだアーマード・ドレス“キューティー・ゼスフタバ”は長大なマイクスタンド型ロッドをたずさえて応戦する。



《二人とも、今よ! コンビネーション!》


《OKフタバ! いくよ、ミツキ!》


《タイミングは合わせるわ!》



 鍔競つばぜいの接戦を演じるゼスフタバの背後から、同型の武器を持った2機のアーマード・ドレス──“ハッピー・ゼスヒトエ”と“ビューティー・ゼスミツキ”がすばやく敵の左右へと回り込んでいく。

 さらにフタバもタイミングを見計らってアウタードレスからいったん距離を離すと、頭上でロッドをぐるぐると回転させてから再び機体を切迫せっぱくさせた。



《いくわよ! 三位一体さんみいったい、トライデントォォ……スカァァァァァッシュッ!》



 計三本のロッドによる、三方向からの同時攻撃。

 それこそが『トリニティスマイル』を強豪ユニットたらしめる必殺コンビネーション、“トライデントスカッシュ”だ。


 ──しかし次の瞬間、それまで撃破率100%を誇っていた彼女たちの奥義は、ついに輝かしいその記録に泥を塗ることとなってしまう。

 “アンノウン・フレーム”は自らの関節を本来の人体ではありえない方向に曲げると、まるで剣刺し箱マジックのようにロッドをすべて回避してみせる。そして大きく体をしならせながら一本のロッドを掴み、その腕を軸にしてグルンと勢いよく開ききった両足を回転、密集する3機に痛烈な回し蹴りを浴びせた。



「あいつら……くそっ、やっぱり俺も……!」


《サクラくん、ステイ!》



 はやくも命令を破って加勢しようとしていた朔楽を、すぐさま奏多が冷静に呼び止めた。

 彼の駆る“カメレオン・ゼスカナタ”は蹴り飛ばされてしまった『トリニティスマイル』の3機と入れ替わるようにアンノウン・フレームへと急襲すると、マフラーのような舌を伸ばして四肢を絡め取る。そうして敵の身動きを封じつつも、奏多は必死の想いでゼスサクラへとげきを飛ばす。



《ここは自分たちが抑える! だからキミははやく合流ポイントへ!》


「で、でも……」


《自分たちなら大丈夫さ。だからゴー、だよ!》


「ちょ……ゴーだのステイだの俺は犬か!? ……ああもう、わぁーったよ! それまでアンタもやられんじゃねーぞ!」



 ようやく踏ん切りがついた朔楽はすぐにきびすを返すと、ハルカから転送されてきた座標へとスティール・ゼスサクラを急がせた。

 “アンノウン・フレーム”もこちらに追いすがろうとしたが、ゼスカナタと『トリニティスマイル』の計4機がその行く手を阻む。そんなアクター達の果敢かかんな姿を肩越しに見送りながらも、朔楽は飛行速度をさらに上げていった。



「もうすぐ指定されたポイントに着くぜ! 次はなにをすりゃいい!?」


《オーケー、あと30秒ほどでRライトサイドとの送受信ペアリング可能圏内に突入するわ。11時の方向からそちらへ向かっているアーマード・ドレスがいるはずよ》


「11時の方向……こいつか!」



 曇天に覆われているためモニターで姿を確認することまではできないものの、高速で接近するその機影はレーダーがはっきりと捉えてくれていた。

 味方であることを示す水色の光点に、“インナーフレームTYPEタイプ-XEXTゼクストRライト”という識別コードが添えてつづられている。



《ゾーニングまであと15秒。朔楽くん、準備はいいかしら?》


「おうさ、半分くらいはヤケクソだけどな」


《充分よ。そしたらペアリングが可能になり次第、すぐに“ゼクストシステム”を発動させてチョウダイ》


「ゼクス……なんだって!?」


《システムの立ち上げはこちらで行うわ。アナタは起動のためのコールだけ行ってくれればいい!》


「よ、よくわかんねぇけど……要するに叫べばいいんだな!?」



 そうとわかれば話は早い。

 準備万全といった様子で朔楽が顔を上げたそのとき、ちょうど0になったカウントタイマーが電子音を弾き鳴らした。

 かくして送受信可能圏内ペアリングゾーンへと突入したゼスサクラに対し、ハルカは威勢よく次の指示を飛ばす。



《今よ、朔楽くん! ペアリング・コール“”と叫びなさい!》


「おっしゃあ行くぜッ! ペアリング・コール“サク──」



 しかし途中まで喉から出掛かっていた言葉は、あと一歩というところで中断させられてしまう。

 べつに敵からの妨害を受けたわけでも、急にシステムが不具合を起こしたというわけでもない。


 他ならぬ朔楽自身の無意識が、を告げることを拒んだのである。



《どうしたの!? はやくコールを……!》


(聞き間違い、じゃねえよな……? じゃあまさか、“もう一機の試作型ゼクストフレーム”とやらに乗っているヤツは……)



 そんなはずはない、と朔楽は頭に浮かんだ雑念を必死に振り払う。

 それは論理的に導き出された結論というよりも、どちらかといえば目の前にある現実を直視できない彼の、虚しい願望であった。



《なにグズグズしてんのよ新人ルーキー……きゃああっ!?》


「……ッ!!」



 通信回線を介して聞こえてくる味方たちの悲鳴が、どこかへ旅立とうとしていた朔楽の意識を半ば強制的に肉体へと引き戻した。

 とにかく今はハルカの指示通りに動かなければ、ここにいる全員がやられてしまう。

 もしそうなれば、奪われた寿子のドレスも取り戻せない──!



「……ああもう、なるようになれだ! ペアリング・コール!!」



 かつてステージへと上がる瞬間にいつも名乗り上げていた共同名義を、朔楽は約3年半ぶりに口にした。



「“SakuRaik@サクライカ”ッ!!」





 肉体というかせから解き放たれた状態、とでも言うべきだろうか。

 気がつくと少年の意識は、すでに先ほどまでいたコントロールスフィアの中ではない何処かへと投げ出されていた。


 あたりは漆黒の闇で包まれており、まるで海底深くのような深淵しんえんがどこまでも続いている。光も音も届かない、静かで物寂しい場所だった。



『サク……ラ……?』



 誰かが少年の名を呼んだ。

 鼓膜が空気の振動を感じるのではなく、まるで声が脳に直接響いてくるような感覚。だが、朔楽が驚いたのは別の理由だった。



「だ、誰だ? ……まさか」



 彼の目の前にひたすら広がっている闇。

 その中に、ポツリと人影が浮かんでいたのだ。


 最初はもやがかかっていた姿も、徐々に鮮明になっていく。

 やがて姿が明らかとなったは、こちらと同じように目を丸くしていた。



「どうして、お前がこんな場所にいやがる……?」



 ここが何処どこなのかなど、自分でもよく解っていないのに──それでも朔楽は、そう問いかけずにはいられなかった。

 向こう側にいる人物も、動揺を隠せないといったふうに声を震わせている。



『これは……夢? いや、違う……』


「おいライカ、聞こえてんなら返事をしろ! なんでテメェがここにいる!? ……ライカ? いま俺は、そう言ったのか……?」


『サクラ……本物、なのか……? なんで君が、僕の目の前にいる……?』



 封じ込めてきた記憶の数々が、一気に噴き出し、溢れていく。

 この空間を満たしている意識の奔流ほんりゅうに包まれながらも、二人は互いを見つめあったまま凍りついていた。


 ずっと置き去りにし、もう向き合うこともないと決めつけていた過去。

 それがこの瞬間、否応いやおうなく現在へと追いついたのだ。



「『どうして、テメェきみが……今さらボクの前に現れやがったたんだ!?』」



 二人の邂逅かいこうは予期せぬ形で果たされた。そのまま両者の意識はシステムに導かれるがまま混ざり合い、け合っていく。

 かくして“サクラ”と“ライカ”をへだてていた境界線は取り除かれ、交差した二人のココロが今、ひとつになる──

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