女双劇破ゼスマリカ・ゼクスト

東雲メメ

シーズン1『Brave New World』

プロローグ『サクラとライカ』

 ──俺たちは/僕たちはいつも、ふたりで1つの商品セットだった。



 あさくら さくら(6歳のとき、母親が勝手に応募していたオーディションにたまたま受かったので晴れて芸能界デビュー)


 とうま らいか(5歳のとき、大手芸能プロダクションの重役を勤めている父親からの熱烈な推薦により芸能界デビュー)



 しくも同い年であった二人の子役は、初めての共演作であるテレビドラマをきっかけに大ブレイク。とくに同作の主題歌を担当したユニット『SakuRaik@サクライカ』は翌年の紅白に出場するほどの大人気をはくし、彼らは幼くしてテレビスターという名の地位と栄光を手に入れる。

 ふたりは当時、ともに7歳だった。


 その後はテレビ番組や映画作品へのオファーも急激に増えていき、いつしか二人は“いつもいっしょの子役コンビ”として次第に認知されていくこととなる。

 もはやお茶の間に彼らが登場しない日はないと言っても過言ではなくなり、当人たちもまたスケジュールの多忙さに追われつつも、そうした順風満帆じゅんぷうまんぱんな日々がいつまでも続くものだと信じて疑わなかった。


 あの時が来るまでは──



「あン? もういっぺん言ってみろよ、オイ!」


「はァ……だからさ、事前打ち合わせもなしに下手なアドリブなんて入れられたら、こっちも調子ペースが狂うって言ってるんだよ」



 『SakuRaik@サクライカ』の誕生から4年ほど経過したある日のこと。


 とある映画のロケ撮影を行っていたサクラとライカは休憩中、他の共演者や撮影スタッフたちをよそに大喧嘩を繰り広げていた。

 まだ11歳の子供である彼らが言い争いに発展してしまうこと自体は、なにも今日に始まったことではない。むしろ二人はほとんど毎日のように衝突を繰り返しており──そしてその度に、コンビとしての結束をより強固なものにしていった。



「二度も同じことを言わせないでよね、疲れるから」


「んだと……そもそも俺がアドリブ入れたのだって、元はと言えばてめーのセリフ飛びがあったのが原因だろ! 台本くらい覚えてから来やがれってんだ!」


「む、仕方ないだろ……僕は受験勉強もしなくちゃいけなくて忙しいんだから。小学校にもロクに通えていない君なんかと一緒にしないでくれるかな」


「授業サボってんのはてめーも同じだろうが! それともジブンの記憶力に自信がないってか? 九九くくすら怪しいバカの俺にも覚えられたってのによぉ。結局はてめーにやる気がないだけじゃねーのか、あぁん!?」


「なんだと……?」


「なんだよ!」



 両者のマウント合戦揚げ足のとりあいは徐々にエスカレートしていく一方だったが、周りの大人たちは慣れているのか誰一人として止めに入ろうとしなかった。

 現場監督にいたっては『HAHAHAハハハ、レベルの高いケンカだなぁ。いいぞもっとやれ!』と、まるで才能ある子役たちが演技について意見交換しているのを見学するような軽い気持ちで、むしろ積極的に彼らを放置していたまである。


 だからこそ、この場にいた誰もが気付くのに遅れてしまったのだ。

 子供同士のじゃれ合いの延長である普段の喧嘩と“今回の衝突”とでは、あまりにも根本的なが異なっていたことに──



「はァ……もういい、限界だ。君とはやっていられない」


「…………どういう意味だよ、おい」


「前々から考えていたけど、やっぱり『SakuRaik@サクライカ』はそろそろ解散にするべきなんだよ。なにも僕たちは初めからビジネスパートナー、仲良し子良しオトモダチって間柄でもないだろ? いっそ別々の道を歩いたほうがお互いの身のためだと……」



 しかしライカの提案は、とつぜん彼の頬へと飛んできた拳によってさえぎられた。

 殴られた線の細い体がよろめく。その胸ぐらをサクラは掴んで引き寄せると、震えているライカの目を正面からキツくにらえた。



「てめーが不貞腐ふてくされんのは勝手だけどな、自分の落ち度をコンビのせいにしてんじゃねーぞ……!」


「……だから、それは逆でしょ。これ以上コンビの責任にしたくないから、これっきりにしようって言ってるんだろ……まったく、なんでわかんないかなぁ」


「わかってねーのはてめぇだバッキャロー! もういっぺん殴ってやる!」



 そこで事の重大さをやっと認識しはじめた大人たちが、あわてて彼らの喧嘩を止めに入ってきた。

 数人がかりで二人の体を引き離しながら、そのうちの一人(ライカのマネージャーをつとめている、いかにも物腰が低そうな眼鏡の男だ)が必死に彼らをなだめようとする。



「お、落ち着くんだ二人とも! サクラ君、確かに今のはライカ君の言い方が少し悪かったかもしれないけど、だからって手を出すのはよくないぞ?」


「……すんません」


「ライカ君も一体どうしたんだい? サクラ君との口喧嘩は普段からしょっちゅうだが、君のほうがここまでムキになるなんて……らしくないじゃないか」


「……別に、僕はムキになってなんかいませんけど」



 その違和感については、彼と直接対峙たいじしていたサクラもおぼろげながら感じ取っていた。

 いつものライカなら相手を挑発するような言動こそあれど、自分のミスをたなに上げてまで八つ当たりするようなことはしない。少なくとも彼が自らの非を認めないことなど、他でもない彼自身の高いプライドが許さないはずなのだ。


 だが、今日のライカはどこか様子がおかしい。

 彼が何かに対して焦りや不安を抱いているのは明白だったが、本人が口を割ってくれない以上、残念ながらその胸中までははかることができなかった。



「ライカ……お前、本当にどうしたんだよ……? もし何かあったんなら、遠慮せず俺に相談して……」



 そう言ってサクラは歩み寄りながら、目の前にいる相方パートナーの肩にそっと手を置こうとする──



「さ、さわらないで!」



 が、その手はライカの繰り出した手によってはたき落とされてしまった。

 ほとんど反射的な行動だったのだろう。彼はたったいまサクラの善意を拒んでしまった自分自身に驚いたような表情を浮かべつつも、まるで傷心をひた隠すように自らの肩を抱き寄せる。



「僕を、見ないで……」


「ライ……カ……?」



 おそるおそる名前を呼んだサクラに、しかしライカは目を合わせようともしなかった。

 その後も撮影はしばらく続いたものの、とても演技ができる状態とは言いがたい二人のコンディションを考慮した監督らの判断により、やがて両名にはキャストからの降板が言い渡されてしまう。


 さらにサクラへは追い討ちをかけるようにして、彼の所属している芸能事務所がとつぜん倒産してしまう最悪の事態に。

 フリーとなった彼の受け皿を名乗り出るようなプロダクションもまったく現れず、この件をきっかけにサクラは芸能界から姿を消すこととなる。


 かくして『SakuRaik@サクライカ』は人気の衰えを知らないまま、事実上の解散となった。


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