なんのためのギミック④

 その後はふりかえってみても中々に愉快な日々であった。

 やはり私たちは、他人に唯々諾々と従うことよりもアウトロー精神に則り反抗の日々をおくる方が性に合っていたのだ。しかしそうはいっても水面下のそれである必要があった。私たちに企みがあると知られたら、あおいやありすの身に危険が迫ることは明白である。連中の命令をこなしつつ同時作業で反抗工作をする。それは即ち、あおいに母としての時間を与えないということと同義であった。


「お母さんは私のことなんてどうでもいいんだ」

「そんなことはないわ」


 場所は東京都の地下深く。隠されるようにして存在する、ありすの新しい住居だ。そこに三人で訪れた際に、ありすは不満を隠すこともなくそう呟いた。


「ふむ、なぜそう思ったのだね?」

「だって――」


 口をとがらせる彼女に私は質問した。

 彼女は泣きそうな顔をして私達に訴える。


「わたしはお母さんとギミックと一緒がいい」


 どうして別れなければいけないのかと、彼女はそうこちらを問い詰めてくる。だがそれはすでに決まっている事柄だ。この先、世の中がどうなろうともありすだけは生き延びられる環境を整える。あおいと私にとってどうしても譲れない要素であるのだ。


「わかってちょうだい。あなたのためなのよ」


 母らしい優しい微笑みを見せつつ屈みこむあおいは、同時に言ってみたかった台詞を言えたことを喜んでいる。本当に困った女性だった。どうせまた突拍子もないことを述べて、娘の懇願を煙にまくのだろうと予想していたが、その日ばかりはそれが裏切られることになった。


「どうしてわたしのためなの?」

「あなたが大人になるまでに、きっと色んな人と出会えるわ。優しい人に嫌な人。頑張ってる人に自堕落な人。ほんとうに色々。その中にはたぶん素敵な人もいるわ、あなたはきっと恋をする。お母さんはね、そんなあなたの成長を望んでいるの。それを邪魔する悪い人たちをこれからやっつけに行くんだから」

「そんなのわかんないよ。そんな知らない人のことよりも、お母さんとギミックがいい」


 ついにありすは泣き出してしまう。それも無理からぬことだ。まだ幼い彼女に諸々を理解しろという方が無理がある。それでもあおいはいっそ無慈悲ともいえるように彼女に大事な要件を告げる。


「あなたはこれからしばらく一人で暮らすことになるわ。私もギミックもいない。いい、私以外の人間が訪れても簡単に気を許してはいけないわ。もちろん、ギミックが一人でやってきたとしても、逃げなさい」

「どうしてギミックまで」

「そのときの私は、全く違うなにかになっているかもしれない」


 それは可能性の一つだ。人類の間引きを完遂させるために、私という人格が連中の都合よいものに変えられる。そんなこと考えたくもないが、ありえぬ話ではない。


「そんなのやだよ」

「いいから聞きなさい」


 あおいは泣きべそをかいているありすに厳しく言いつける。


「私が迎えに来たのならそれでいいわ。この先、だれも訪れることがなかったのならば、そうね。あなたが大人になってからお外に出てみなさい。それまではダメ。そしてあとは……ギミックが誰かと一緒にここにやってきたとき」

「きたとき?」

「ええ、けっしてギミックの言葉は信じてはいけない。一緒に連れてきた誰かをよく見なさい。あなたを騙そうとしていないか、利用しようとしていないか。いい、これは大事なことよ。しっかりとあなたのその眼で、その人を見極めなさい」

「そんなのできないよ」

「いいえ、できるわ。あなたはお母さんの娘だもの。ちょっと男運は悪いかもだけど、きっと人を見る目はある。わがままを言って困らせてみなさい。無理難題をつきつけて慌てさせなさい。友好的なふりをしつつそいつの真意をはかりなさい。あなたが良い人だと思ったのならそいつは良い人よ」


 ぐずりながらもこちらの話に耳を傾ける健気な娘を、母は叱咤するように告げる。その姿は正しく母親だった。私にはそう思えてならなかった。


「――わかった」

「よし」


 やがて悲しみつつも母の言いつけを了承したありすにあおいは満足したように頷いた。私はそんな彼女たちに、強く勧める。


「では母として強く抱きしめてみてはどうだね?」

「え、いやよ。なんかはずい」

「だから君はダメなんだよ」


 照れ隠しだからとはいえ、幼い娘を前に平気な顔をしてそんなこという彼女に呆れ果てる。私達のそんな様子に、ありすが「あは」と弱々しくも笑顔を浮かべるものだから、どっちが大人なのか分からなくなる、本当に。


「そ、それじゃあいくわよ」

「うん」


 そうして母は恐る恐ると我が子を抱きしめる。

 その様子は極めて初々しく、だが確かに一つの家族の姿であった。


「愛してるわよ。ありす」

「うん、知ってる」


 慈しみあふれ暖かくも、どこかよそよそしく、ちぐはぐなそのやりとり。

 それが母娘の最後の会話とあいなった。

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