人工知能の有用性と、その危険性について②
僕はもちろん頭を抱え込み、周囲の学生達は「なんだなんだ」と歓喜した。講師の男性を見ると、もはや苦笑するしかないようである。
そんな
そして、いつまでも小さい子供を待たせるのは悪いと思ったのだろうか、講師の男性がありすへと反応を示す。
「はい、なんでしょうか? 小さいきみ」
ありすは講堂の端にも届くような元気な声を発した。
「はい! 私は桐生ありすといいます。まずは先生のお名前を教えてください」
「……桐生?」
するとどうしたことか、講師の男性はそこで何かを思い出すかのように視線を
「あいや、失礼。私の名前でしたね──
「はい、宝塚先生。では質問を許していただけますでしょうか?」
律儀にも発言の許可を求めるありすに対して、宝塚講師はにこやかな態度を崩さずに「どうぞ」と答える。
僕としては、いつ状況が悪化してもおかしくないとヒヤヒヤしながら見守っているのだが、この様子ならなんとかなるだろうか?
「先生は先ほど『ただ漠然と脳内端末を所持するのは危険だ』と
宝塚皆人教授。
年齢は
ちなみに、今日のこの講義は
そして宝塚教授は、見事に生えそろった白髪の後頭部を片手で抑えながら、ありすの質問について思考している様子である。
「ふむ……ありすくん。君は『バスの運転手』という仕事を知っているかな?」
「はい、もちろん知ってます」
その会話のやり取りで、学生達が少しだけ騒がしくなる。「運転手、バスに?」「なにそれ知ってる?」などと、聞き慣れぬ
しかし、そんな周囲の様子など構いもせずに、ありすが話を続ける。
「三十年ほど前までは、多くの公共交通機関は、現代のような完全無人運行をすることはなく『運転手』ないしは『補助運転員』といった業務を配置していました。国内最後のバス運転手が退職したというニュースは、当時の新聞記事にも
「その背景には、どういった要因があったのかまでは分かるかな?」
「はい。自動車の自動運転機能の大幅な精度向上──つまりは人工知能の安全性が認められたことによります」
ありすの言葉は、教科テキストにも載っているような『歴史』の話であった。
僕はふと気になって、消去せずに残していた『中学の教科書』を脳内端末にて操作して引っ張り出す。すると手元に
かつて世界において『人工知能』に対するブレイクスルーが起きた。それによって現代人の暮らしの有り
「正解だ。それにしてもありすくん、きみはハキハキと話すね。おかげでとても
「ありがとうございます。でも……私は教科書で習ったことを話しているだけですから、もっともっと実地の知識を学びたいと思うのです」
「ふむぅ……実に立派だ。周りの学生諸君もぜひ見習ってくれよ──っと、いかん。では話を戻そう。どうして『脳内端末を持つことが危険につながるか?』だったね――」
そうして宝塚の話が続く。
現代においても、人は『仕事』をすることによって社会をまわしている。なにせ憲法に記載されているのだ。『すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ』。けれどそうでなくとも、人が仕事をすることは大事であると宝塚教授は言う。
彼は言った「想像してもらいたい。もし人工知能が人の仕事を全て奪い去り、人類が『働かなくとも生きていける』ようになった未来を──社会はどんなものになる? 戦争は無くなるのか? それとも増えるのか? 人口は増えるのか? それとも減るのか? 人類は太陽が消えて無くなるまで
想像が……つかなかった。
僕はその問いに明確なイメージを持つことができなかった。
そして宝塚教授は話題の締めくくりに言った。人工知能の技術はもちろん脳内端末にも使用されているということ。そして今度は脳内端末によって『人が人であるために、大事な仕事』を獲られる心配をする必要があるということ。
「つまり宝塚先生は、脳内端末が『人間を衰退させる』危険なものだと考えてるんですか?」
「いや、そうじゃない」
すると講堂の
「『脳内端末』も『人工知能』もそれ単体ではそう危険なものではない。キチンと安全管理が整ったものが流通されているからね──問題は『悪意のある人間というのは、どの時代にだっている』ということだ。
ところで、君たちは当然のように脳内端末を使いこなしているが……それはどうやって操作しているんだい、手も足も使わずにどうやって?」
そこで宝塚教授は一人の学生に質問をした。あてられた学生は
すると宝塚教授が声を張り上げた。「なんとなく、そう『なんとなく』だ──!」
「君たちの『なんとなくの無意識』を『確固たる操作入力』に変換している者こそが人工知能だ。君たちのボンヤリとした
ということはだ。
彼らはね、確実に君たちの思考を見ているし、聞いている。
感情を隠そうと思っても無意味だ。君たちの無意識を機械にわかる言語に置き換えているのが彼らの仕事だからね。『人の気持ち』も『機械のアルゴリズム』も知り尽くしている。けれど、知り得たそれらを彼らが悪用することは決してない……どうしてか? そう作られているからだ、安全制限をかけられているからだ──」
宝塚教授はそこで言葉に区切りをつけて言う。
「はっきり言おう。その安全制限を持たない人工知能を制作することは──可能だ」
そこで教室中がザワザワと騒ぎを増す。
すると、宝塚は自分が興奮しすぎていることに気づいたようで、少々バツが悪そうな様子を見せると、後頭部を抑えながら「コホン」と
「まあ……可能というのは『創作するだけなら可能だ』というだけで、それを社会の規制から
とにかく。私が言いたかったことは『人が道具を使う際には、あらゆる危険性を考慮すること』ということさ。趣味のオートバイで交通事故にあう人間もいれば、料理の際に包丁で指を切る者もいる。道具自体は有用であっても使い方を間違えるだけで危険な物はいくらでもあるということを忘れてはならない。学生諸君らは間違っても、どこのメーカーかも分からないような非正規品の脳内端末を、自らの子供に与えたりはしないように──」
宝塚教授がそこまで語ったところで、時刻を告げるチャイムが鳴った。すると彼ははハッと気が付いたように叫ぶ。
「なんてこった……! 予定してた講義が半分以上、違う話になってるじゃないか……!?」
そのコントのような滑稽さに、ドッと講堂が
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