屋台ごと異世界に召喚されたので、魔王にラーメンを宣伝させようと思います。
姫野 佑
第1話 ここは異世界か? とりあえずラーメン食ってみてくれ。
まず驚かないで聞いてほしい。
俺は屋台ごと、異世界に飛ばされてしまった。
順を追って話そうか。
まず昨日の営業が終わって帰っている途中のことだ。
急にまぶしい光が俺の大事な屋台を包み込み、ほんの少しだけ浮いたんだ。
UFOか? 侵略か? 窃盗かもしれん!
そう考えた俺は、必死で屋台にしがみ付いた。
店を失ってからこれとともに生きて来たんだ。風呂も一緒だったんだぞ。失ってまたるか。
それでだ。
気が付いたら森の中さ。
気が狂っちまったのかと思った。
店が潰されて1ヶ月くらいは異世界的なとこに死んで転生しようとも思っていたんだが、友人が引退するってんで屋台をくれたからなんとか踏みとどまれた。
いまさらになって発狂は笑えない。
中年オタクとして半世紀ほど活動してきたわけで、異世界にもなじみはあった。
ここはどこからどう見ても異世界っぽい雰囲気が出ている。
森のわりに道が整備されてるな。
文明がそこそこ発展した世界のようだ。
整備されている道を屋台を引きながら歩く。
つい癖で手元にある笛を鳴らしてしまった。
こんなところで音を立てたら恰好の餌食だ。
異世界転移早々死の危険が迫っている。
由々しき事態である。
だがこの屋台を置いて逃げるわけにはいかない。
誠に遺憾だが、ここで俺の人生は終わりのようだ。
いままでありがとうな。
そう心の中で屋台に告げる。
「お前! こんなところで何をしている!」
そう話しかけられた。
ついに来たか。
一応の弁明くらいはしようじゃないか。
「あー。すまない。気が付いたらここにいたんだ。信じられないかもしれないが、撃たないでほしい」
姿は見えなかったがきっと異世界なら問答無用で矢の一本や二本飛んでくるに違いない。
チート能力を授かった最強系主人公ならなんてことはないだろうが、俺は屋台しか持ってない。
良くて盾になるかぐらいだ。
無論、俺が屋台の盾になるわけだが。
「敵意がないことをしるせ! その馬車から離れ、両手を頭の後ろで組み、床に膝をつけ!」
人生2度目のホールドアップだった。
一度目はまだ店を持っていた頃に強盗にやらさせられた。
言われた通りにする。
「なんだ? 意外と聞き分けがいいじゃないか」
「もちろんだ。俺に敵対の意思はない」
「殊勝な心がけだな」
褒められてもラーメンしか出せんぞ。
彼女はそう言って姿を現した。
齢18歳程度と感じ取れる、艶のある肌に、金色の三つ編みを腰の後ろまで垂らした姿が妙に魅力的だ。
そして少しばかり、耳が長い。俗に言うエルフだろうか。もう少し耳は長いものだと思っていたんだが。まぁ異世界にも種類はたくさんあるからな。そういうことにしておこう。
「動くな!」
少し膝の角度を変えただけで怒られた。
最近は嫁以外には怒られていなかったからな。これは少し効いた。
とはいっても嫁は店が潰れた時、全財産もって逃げちまったんだけどな。
「これはなんだ?」
そういって俺の屋台を指す。
「知らないのか? これは屋台っていうんだ」
「ヤタイ? しらんな。なにをするものなんだ?」
「食い物を作るところだ」
「なんだと!?」
急に声が大きくなる。
「これで食事が作れるのか!? こんな小さいもので!?」
「ああ。そうだ」
「……にわかには信じられんな。見せてみろ」
そう言って弓を下ろす。
一先ず命拾いだな。
「動いてもいいのか?」
「かまわん。ただし、妙な動きをしたら撃つ」
「わかった。行動は宣言してから行う」
「本当に物分かりがいいな。お前この世界の住民だろう?」
「そんなわけあるか」
俺は立ち上がり、屋台に向かう。
「まずはこれだ」
そう言って麺を見せる。
「これは……なんだ?」
この世界に麺はないのか?
「これは麺というやつだ。俺が作る料理には欠かせない代物だ」
そう麺を説明する。
「麺? 何からできているんだ?」
「これか? これは小麦粉とかん水、水、塩、片栗粉からできている」
「嘘をつくな! その材料からこんな細いものができるわけないだろう!」
なるほど。小麦粉やかん水、片栗粉はあるみたいだ。これでこちらの世界でも麺は打てるな。
「嘘ではない。小麦粉とかん水、水、塩を混ぜて捏ねる。そのあと細く切っているんだ」
「なるほど。切っているのか」
納得してもらえたようだ。
「これを沸騰したお湯に淹れ茹でる。やるぞ」
そう言い、テボに麺を入れ、鍋に浸す。
「それはなんだ?」
「これか? これはテボというものだ。麺を茹でた後に、スープが薄くならないように湯を切るために使う」
「よくわからん。見せてみろ」
見せてみろと言われてもまだ茹で始めたばかりだ。
「五分待ってくれ。そうしたら見せてやれる」
「わかった」
おっと大事なことを忘れていた。
「今、椅子出すぞ」
そう屋台の反対側、彼女のいる方へ出る。
「何をする気だ!」
そう言って弓を構える。
「落ち着け、何もしやしない。椅子を出すそれだけだ。立ったままじゃ辛いだろ」
椅子を取り出し、屋台の前に置く。
「まぁ座ってくれ。もうじき完成する」
そして調理用のスペースへ戻り、器を温める。
「それは何をしているのだ?」
「スープが冷えないように器を温めている。これをするしないで大違いだ」
そして、転移前に残っていたスープをかき混ぜる。
営業終了したときに火は落としたはずなんだがな。
そういえば茹でる用の鍋のお湯も沸騰していたな。
流石は異世界ってところだ。
ラーメン屋に優しい。
かき混ぜ終わったスープを器にそそぐ前に、器の湯を捨て、タレを淹れる。
薄口醤油と醤油を1対3で混ぜ、そこに塩をほんの少し加えたごく普通のタレだ。
彼女がラーメンを食べた事がないのは明白だ。ならば最もベーシックな醤油がベストだろうと思っている。
もともと店を持っていた時は塩系をメインでやっていた。もちろん醤油に味噌もおいていたがな。種類としてはつけ麺や油そばもやっていたのでメニューに関しては自信があった。
それは出汁も一緒だった。
豚骨、魚介、鶏、色々な出汁も用意していた。
まぁ無くなった店での話だが。
屋台になってからは、出汁は鶏だけになってしまっている。
スペースの問題だ。仕方がない。
「お嬢ちゃん。鶏は食えるか?」
「何を聞くんだ? 鶏は我々エルフの一族が唯一食べられる肉類だぞ。そんなこともしらんのか田舎者め」
あぁ。知るわけないさ。
なにせ転移してきたばかりだからな。
やはりエルフだったんだな。
もうちょっと胸はでかいと思っていたんだが残念だ。
「お前、いまいやらしいことを考えただろう」
「誤解だ。俺はエルフといえば巨乳だと思っていただけだ」
「エルフはみな貧乳だぞ? 田舎者過ぎて言葉も出んな。ちなみに私はエルフの中ではかなりでかい方だ」
「それでか?」
「撃つぞ」
おっとこれ以上はまずいな。からかいすぎた。
「すまん。調子に乗っていた。次はタレを入れた器にスープを入れるぞ」
そう言ってスープをお玉に取り、ざるを通して器に注ぐ。
「なんといい香りだ」
「そうだろう。俺まで腹が減ってきちまった」
注いだスープを箸で混ぜ、あとは麺を湯切りし、入れるだけだ。
ちょうどそのタイミングでピピピとタイマーが鳴る。
「敵襲か!?」
「落ち着け。タイマーだ」
「たいまー?」
「あぁ。時間を計ることができる優れものだ」
「その小さい板切れがか?」
「そうだが?」
怪訝そうな目で俺の手のタイマーを見つめている。
「あとで触らせてやる。とりあえずラーメンだ」
テボを鍋から取り出し、豪快に振る。
「急にどうした!? おかしくなったのか!?」
一息つき、麺をスープに入れながら答える。
「これが湯切りだ」
そして麺をスープの中でほぐし、良く絡める。
「醤油ラーメンおまち」
熱々のラーメンを目の前においてやる。
ぐぅとなる腹の虫は聞かなかったことにする。
俺も腹が減ったし、早く茹で上がる細麺で食うか。
「さぁ食え。美味いぞ。熱いから気を付けろよ」
そう言うと少し困惑した表情でこちらを向いていた。
「どうした?」
「どうやって食べればいいのだ?」
なるほど。食い方がわからないのか。
「まずは箸だ。そこに刺さっている茶色い木を手に取れ」
「こうか……?」
少し不安そうに割り箸を取った。
「そうだ。そしたらその真ん中にスジが入っているだろう?」
「あぁ。入っているな」
「そこをこうして引っ張って割るんだ」
パキッと割り箸の使い方を実演する。
「ふん!」
ボキッと真ん中で二つに折れた割り箸が見えた。
「ふぅ。これを使え」
俺が割った割り箸を渡す。
「すまない。よくわからなかったのだ。木は貴重な物なのに。本当にすまない」
「気にするな。俺の世界じゃ、ゴミのように捨てられてたさ」
そうかつていた世界の皮肉を言う。
「お前は本当にこの世界の住民じゃなかったんだな」
「そういっているだろ。麺が伸びちまう。早く食べろ」
そう急かすと、おそるおそる、握り箸で器に突っ込んでいく。
初めて箸を使うやつはこんなもんだろうな。
「掴めない……。まるで生き物だ」
そういえば子供用にフォークを一応用意しておいたんだったな。失念していた。
「仕方ない。箸は難しいからな。これを使え」
そういってフォークを手渡す。
「最初からこちらを出してはもらえぬだろうか?」
「すまない。俺が元居た世界では箸で食うものだったんだ」
その間茹でていた細麺が茹で上がったので、俺もラーメンを食べることにする。
「すまんが俺も頂くぞ。いただきます」
「なんだそれは?」
「俺の世界では食事の前に、いただきますっていうんだ」
「そうか。板、抱きます」
すこしニュアンスがおかしいが仕方ない。
レンゲを掴み取り、スープを掬う。
ずずっっと豪快に啜り、スープを霧状にして口を満たす。
「うまい」
「お……おまえ……音を立てて食べるなど食材への冒涜だ!」
この世界でも食べる音に関してはうるさいようだな。
ヌードルハラスメントとかいっただろうか。ラーメンを食う音が外人に気に食わないというやつだ。そんな奴に言いたい。一度やってみろ。5倍は美味いぞ。外国語は全く話せないから伝える手段がないのだがな。
「これがラーメンの正しい食い方なんだ」
「そう……なのか……?」
「あぁ。とりあえず冷めちまう、スープをそこのレンゲで掬い口に入れてみろ」
「レンゲ? このスプーンのことか?」
「あぁそうだ」
「わかった」
カチャっと音を立てレンゲを取り、スープに浸している。
そして掬ったスープを口に運んだ。
「~~~~!?」
「美味いか?」
「ん~~!!」
「そうかそうか。頑張って作ったかいがあるな」
ゴクッっと飲み干し、涙を目に浮かべながら彼女は言った。
「熱すぎだ! こんなもの飲めるか!」
熱かったのか。
「だから空気と一緒に啜って、冷ましながら口に入れるんだろう。言ったはずだ。これが正しい食べ方だと」
「そうだったのか……すまない」
すこしシュンとする彼女に言葉はかけず、麺を割り箸で掴み、一息で啜る。
ズゾッ! ズゾゾゾ!
豪快な音とともに口に吸い込まれていく麺を彼女は驚いた様子で見ていた。
よく咀嚼し、飲み込んでから言う。
「どうした?」
「すごい。吸う力だな」
「俺の国ではみんなこんなもんだ」
「〔ヴァキューメン〕という魔物みたいだったぞ」
「それが何だか知らんが、きっとそいつは俺のラーメンを美味しいって言うはずだ」
「そうか」
フォークにくるくると巻き付けた麺をジッと眺め、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
「勇気を出してやってみろ。世界が変わるぞ」
コクンとうなずいた彼女は、目を閉じ、フォークを口に運んだ。
そして、カッと目を開き、ちゅるちゅると麺を口にしまっていく。
雨雲がパッと晴れていくような、まぶしい笑顔を見せ、彼女は言った。
「こんなにおいしいなんて……」
そして一心不乱にラーメンを食べだしていた。
俺も異世界で自分のラーメンが美味しいと言ってもらえてうれしいさ。
言葉には出さず、心の中でしゃべる。
そして俺も彼女もラーメンを食べ続ける。
「とても美味しかった。これがラーメンなのだな」
「あぁそうだ。世界変わったか?」
「あぁ。変わったとも。村のみんなにも食べてもらいたいくらいだ」
「そう言ってもらえるとうれしいな。ところで村はどこだ? まだ麺とスープには在庫がある。食わせてあげられるぞ」
「ついてきてくれ。こっちだ」
そう言って歩き出す彼女を屋台を引きながら追いかける。
数分歩いた先に集落の入口のようなものがあった。
「ここだ」
「ここか」
想像と違い、普通にレンガを用いて作られたような家や、木でできた和風の家、石で作られた家など様々なものがあり、文明がかなり発展していることがうかがえる。
「エリアン! そいつは何者だ!」
門の前に立っていた、衛兵のような若き男性に誰何されていた。
彼女の名前はエリアンというらしい。
「彼は……料理人よ。とても美味しい食事を貰ったの。村のみんなにもって思ってついてきてもらったわ」
「その薄汚いおっさんがか?」
「身なりは関係ないわ。でも本当においしいから食べてもらいたいの」
「わかった。族長に話してくる。おい! そこのお前! 変なことをしたら撃つからな!」
そう言って若い衛兵は村の内部に駆けて行った。
「ごめんなさい。私達の一族は排他的で外部のものを拒む」
「気にするな。慣れている」
なにか懐かしいと思っていたのはそれだったのか。
日本も似たようなものだった。
「ところでお前エリアンっていうんだな。いい名前だ」
「気安く呼ばないで。名前は同じ一族以外に知られないほうがいいって言われているの」
「そうなのか? それはすまなかった。俺は
「覚えて……おくわ」
それから少しこの世界の話を聞いた。
中年オタクだった俺からするとありがちな異世界のように感じられたが、こちらの話をすると異常に目を輝かせて聞いてくるものだから非常に困った。
「その飛行機っていうの? すごいわ! 鶏でもないのに空を飛べるなんて!」
「あぁそうだろ? いずれこの世界にもできるさ」
完全に俺が異世界から来たと信じてくれたようだ。
「どうしてそう言えるの?」
「簡単な話だ。この世界は」
「お待たせしました! 族長が入っていいとおっしゃってます」
「そうか。失礼する」
そう言って屋台を引きながら村へ入る。
すこし残念そうな顔をしながらエリアンが付いてくる。
村の中心にほど近い広場にて族長が待っていた。
「西辺境リベルタ地方エルフ族の族長でございます」
「初めまして。俺は異世界から来たラーメン屋です」
「ラーメンとは存じ上げない単語ですが、料理人と聞いております。その料理名ですかな?」
「はい。そうです」
「おじい様。彼の作る料理は絶品です。食べてみればわかります」
「と孫が申してましてな。私にも貰えないだろうか」
「世界を変えてさしあげます」
先ほどエリアンに実践したように、作り始める。
パフォーマンスのように、豪快に、それでいて繊細に。
エリアンがすごく食べたそうにしていたので、2杯分作る。
食べ方のレクチャーでもしようと考えているんだろう。
「醤油ラーメンおまち」
そう言って族長とエリアンの前に器をだす。
「お嬢ちゃんは少し変化をだそうか」
そう言って俺はしまってあった海苔と味玉を取り出し、ラーメンにトッピングする。
「これはトッピングという。普通のラーメンに飽きた時、こうして追加で具材を入れることにより変化を生み出す。このトッピングでラーメンが生まれ変わると言ってもいい」
俺がそう言うと、周りからもゴクッと唾を飲み込む音が聞こえる。
「さぁ食べてくれ」
先ほど食べたエリアンが食べ方を説明しながら、食べていく。
それを真似する族長と、自分の番を待つ聴衆という構図が出来上がる中、俺は不安に駆られていた。
スープを、トッピングを、麺を作らないと、もう提供できる分が無くなってしまう。
そしてこの世界には俺のラーメンになる材料はあるのだろうか。
材料を買うにしろ、この世界の金は持っていない。
そして金を稼ぐ方法として一番手っ取り早かったラーメンも残りの材料が心もとない。
俺はこの世界で生きていけるのだろうか。
この世界の住民たちに、俺のラーメンを食べてほしい。
このエルフの顔を見たら自然とそう思えた。
だってよ? こんなに幸せそうに食うんだぜ。料理人冥利に尽きるだろ。
この世界をラーメンで笑顔にして見せよう。
まさか俺がこんな勇者みたいなセリフを吐くときが来るとはな。人生ってわからん。いきなり異世界に屋台が召喚されそうになったりとかな。
とりあえずはラーメンを宣伝していかないとな。材料も俺の屋台が宣伝されて人気になれば自然と集まるだろう。
宣伝か。コマーシャルのようなものはなさそうだし、得体のしれない食い物をいきなり食べてくれる奇特な奴はそういないだろう。となると、知名度のある人物に食べてもらうしかないな。
異世界で知名度……勇者か……?
俺以外に転移させられた日本人とかいるかもしれない。そいつなら普通に食ってくれるだろうな。
だが勇者は魔王を倒すために努力をする。
ラーメンを食ってもらって、宣伝してもらう時間はないな。
よし、ならば魔王はどうだ?
勇者が来るまで暇してるはずだろう。
ならば魔王にラーメンを食わせて、宣伝してもらえればいいな。
これは、燃えるな。
俺のラーメンを魔王に宣伝して貰おうじゃねぇか!
to be continued...
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