八丁目:バイク乗りな魔法少女

 宮守みやもり姉妹と七瀬時雨ななせしぐれが帰ってから数時間後。

 私が起床したのは——昼番組も終わった午後一時過ぎのことだった。

 

 ダメだ。

 まだ頭がふわふわする。

 でも、眠たくはない。

 しょうがないから起きましょうかね。

 

「……やっと起きたか」

 

 目をこすっていると、枕元から聞き慣れた声がした。

 

「ふわぁ~~ぁあ……なんだ、悪魔か。まだ生きてたの」

 

「もちろん生きてるよっ! 君は普通に『おはよう』と言えないのか」

 

「別に早くもないし。主人の私よりも先に寝た悪魔なんかにする挨拶もないし」

 

「なっ! 君が寝ろって言ったから寝たんじゃないか!」

 

 私が主人なのは認めるんだ。

 主従関係っぽくなっているけれど、一応は対等な立場の契約者同士。

 ま、そんな初期設定はとうの昔に闇に葬り去られているけどね。

 

「寝起きのところ悪いんだけど、あの後どんな話をしたんだい? 説明してくれ」

 

「あぁ、あの後ね……なんだったかしら。記憶にないわ」

 

「まさか君、お酒を飲んだわけじゃないよね?」

 

「んなことするわけないでしょっ! 私は高校二年生なのよ!? いくら『目指せ! ダークヒロインっ!』って言ったって、法律違反なことはしないわよ。そんなことしたら、この世界しょうせつが消されちゃうでしょ!」

 

「キャラクターが世界しょうせつとか言うな!」

 

「そんなことより、出撃まで六時間も無いじゃない! もっとゆっくりしたかったのに。日曜日の夜からオールナイトしたときの月曜日の朝の気分だわ」

 

「話題転換するならもっと上手くやれよ! そして想像しがたい例えを使うな!」

 

「うっさいわね。というか、どうして悪魔が私の布団にいるのかしら?」

 

 悪魔が私の枕元にいるということは、にいるということ。

 さっきまで、私と寝ていたということ。

 

 普段悪魔は壁に引っ掛かって寝るか、クッションの上で寝ている。

 だから私と寝ることなんて、まずない。

 

 まさか……夜這い!?

 

「そんなことするわけないだろっ! 何もしてないよ! 寝ていた僕を、君が布団に引きずり込んだんじゃないか! 僕は抵抗することもできずに……およよよ」

 

「何も……何もしなかったですって!? あんた、あんたって悪魔は……ふんっ!」

 

「何故、怒るんだ?」

 

「折角面白い話をしてあげようと思ったのに。もういい! ど~せ、私は魅力のない女ですよ~だっ! そうよね、日寺ひでりさんの方がいいですよね!」

 

「どうして日寺が出てくるんだよ?」

 

「この鈍感野郎! もう知らない! あっかん、べぇ~~」

 

「いまどき、あっかんべーとは……ガキかっ!」

 

 私は布団の上で胡坐あぐらをかき、頬を膨らませながら腕を組んでそっぽを向く。

 

 悪魔の、……悪魔のバカぁぁぁぁぁぁ!

 

 そのまま黙り込み作戦に移行。

 悪魔は混乱するばかりで状況が呑み込めていない。

 こうなったら黙り込んだ方がいいと思ったのか、悪魔も黙り込んでしまった。

 

 触らぬ神に祟りなしである。

 

「「………………………………………………………………」」

 

 沈黙が続く。

 しずくと会ったときと同じ状況。

 違うのは沈黙を破ってくれる日寺がいないこと。

 

 我慢比べといきたいけれど、別に悪魔は怒ってるわけじゃない。

 だからそもそも勝負にならない。

 

 それに正直、ツンデレを演じるのもう飽きたわ。

 短気は損気、でも今回はそれで良かったかもしれないわね。

 

「……はぁ、馬鹿らしい。危うくラブコメヒロインになってしまうトコだったわ。この物語はバトルギャグコメディーなのに。やっぱり、寝起きはダメね」

 

「君は一体何がしたいんだ。開始早々、おかしくならないでくれ」

 

「……深夜テンションなんだから、しょうがないでしょ」

 

「しょうがないのか!?」

 

 とりあえず目を醒まさないと。

 

 私は布団から出て洗面所へと向かう。

 洗面所で顔を洗って、口をすすいでからキッチンへ。

 淹れたてのコーヒーをお気に入りのマグカップに入れ、悪魔を持ってからリビングと向かったのだった。

 

 ちゃぶ台に座って、一服してから私は説明を始めた。

 

「——————というわけで、今夜七時からの戦闘よ」

 

「ダッシュを使って説明した雰囲気出してるけれど、全然説明できていない……。唯一分かったのは、今夜七時から戦闘ってことくらいなんだけど」

 

「それだけ分かれば十分でしょう?」

 

「いや、まあ、そうなんだけどさ」

 

 どうせ説明したところで、いらない情報ばかりだしね。

 戦車が来ようが、ヘリが来ようが関係ない。

 私は私らしく、普段通り戦うだけ。


 まあ、なるようになるっしょ。

 ケセラセラの精神だ。

 

「あっ、そうだ。そう言えば、結界の中にとか言ってたわ」

 

「それを最初から言え! ふ~ん、閉じ込めてから各個撃破って感じか。……悪くない作戦じゃないか」

 

「それがそうでもないのよね」

 

「どういうことだい?」

 

「昨日のこと覚えているでしょう? 『神喰い目玉』との戦い」

 

「それが?」

 

「アイツは魔法陣か鬼、どちらかに誘われてやって来たでしょう。ということは、今夜も来る可能性が高いのよ」

 

「?」

 

「もしも一般人が——ただの陰陽師が手を出したら、瞬殺されてしまうでしょうね。でも、鬼をも喰らうバケモノを、そんな脅威を、神社が排除しないわけないでしょう」

 

「じゃあ君は何がしたいって言うのさ」

 

 やることなんて決まってる。

 

 それは、宮守姉妹と時雨ちゃんを守ること。

 彼女たちだけは死なせない。

 

 人が死ぬのは、もう見たくないのよ。

 

「とりあえず、誰かが被害に遭う前にアイツを斬る」

 

「『私欲の鬼』と呼ばれている君が、自分じゃなくて誰かの為に動くとはね」

 

「あんたが勝手に呼んでるだけでしょ。……まあ、そういう気分なだけよ」

 

「……そうかい。じゃあ、そう言うことにしとくよ。で、具体的にはどうするんだ? 僕たちは一度負けてる。同じようにやっても歯が立たないことくらい分かるだろう?」

 

「ええ、だから相談よ。正直なところあなた、私と?」

 

「そうだな……九十……いや、八十パーセントくらいまでかな。それ以上やると元に戻れる保証はない」

 

「そう……。それくらいあれば十分よ」

 

 普段は五十パーセントもコネクティングしていない。

 それが一・五倍の数値になるのだ。

 

 まあその代わり、危険は増すんだけどね。

 

 スピードくらいは互角になるでしょう。

 あとは今までの経験と、手に入れたスキル次第。

 

 今夜で決着をつけてやる。

 

『奇跡』とか言う『神の気まぐれ』なんて信じない。

 

 運命? 

 宿命?

 そんな退屈なシナリオを作った神なんて、私がぶった斬ってやるんだから。

 

 私は——私たちは、実力で神喰い目玉を殺す。

 

「……しかしな。問題が一つある」

 

「何よ?」

 

「戦ってみて感じたんだが、アイツには『神玉かみだま』がない。だから、いくら斬っても殺せないよ。水を斬ってるのと同じ。暖簾のれんに腕押し、ぬかに釘、豆腐にかすがい……まあ、全くもって意味がないね」

 

「なっ! それじゃ、最初から負け戦じゃない!」

 

 実力が云々とか、決めゼリフを言ったあとにそんな情報……。

 実力以前にそもそも勝負にならないじゃない!

 

 私が悪魔と完全にリンクしたとしても、勝てない。

 絶対に殺せない。

 

 だって神玉がないんじゃ、目の前の煙を斬っているようなもの。

 不死身を殺す方法があったら、『ノールべ賞』だって夢じゃないわ。

 

「何か倒す方法はないの?」

 

「あるよ」

 

 えっ?

 そんなにサラッと……。

 

神玉を叩き斬るか、君がアイツを少しずつ喰うか……。その二つだね」

 

 ん? 

 どこかにある、ですって?

 

「じゃあ何、神喰い目玉は不死身じゃないってこと?」

 

「そりゃそうさ、不死身なんてものは存在しない。みんな必ず死ぬ。たとえ神でもね。まあ、何回も生き返る神はいるが、それは不死身じゃなくて単なる生まれ変わり」

 

 悪魔のいらん説明は無視して、とりあえず神喰い目玉を殺せることは分かった。

 

 早く言いなさいよね、そんな重要なこと。

 

「……喰いたくはないわ。でも、もし仮に、最終手段として食べるとすればどうやるのよ? アイツ逃げるかもしれないじゃない」

 

 いまのところ、神玉の場所は不明。

 今夜七時までに見つからなかったら、嫌でも最終手段をせざる得ない。

 

 やだなぁ。

 せめて無味無臭であってほしいな。

 神喰い目玉が逃げ回ったら喰うことすら難しくなる。

 だから、どうにかして私に釘付けになってもらう必要があるの。

 

 でもなあ。

 私、魅力ないみたいだし。

 学校での戦闘のとき、鬼は食っても私の右腕は——私自身は食べなかったし。

 

「それにはちゃんと考えがある……そうだな、君が一番大切だと思うものはなんだい?」

 

 いきなり何かしら。

 大切なもの?

 そんなの、簡単に言えるわけないじゃない。

 

 ま、とりあえずの回答をしとこう。

 

「そうねえ、……お金かしら?」

 

「もっと夢がある解答をしなよ! 女子高生だろう」

 

 なっ!

 とりあえずの回答と言えども、お金は大切でしょう。

 

 悪魔こいつってば、私を甘く見過ぎだ。

 

「現役JKを舐めないでくれるかしら。私はついこの間、『この世は金が全てだ』と悟ったばかりよ。いくら綺麗ごとを言ったって、それは無駄だってね」

 

よわい十六歳にして、最近何があった!? 闇落ちするには早すぎるぞ! もっと夢に生きろよな!」

 

「思い出すだけでも忌々いまいましい。……あと、一円……あと一円あったら限定版ディスク買えたのに……きぃーーくやしいっっ!!」

 

「え? あのときのギャルゲーの件、まだ引きずってたの? いやいや、そんなことより愛とか友情とか、大切なものなんて色々あるだろう」

 

「そんなことより? そんなことよりですって!? 美少女は私の命よりも大事なのよ! 美少女の為なら、DVDとBDとキャラソンCDと原画集とラノベと漫画とフィギュアと同人誌と……その他全ての為なら、私は悪魔をも犠牲にするわ」

 

「僕が犠牲かよ! せめて自分を犠牲にしてくれ!」

 

「そんなことしたら、彼女たちを愛でられなくなるじゃない」

 

「……ま、いいよ。全然良くないけどね! もし、それを他人に取られたらどうする?」

 

「全力で取り返してから、そいつが生まれてきたことを後悔するまで痛めつける。その後、ぐるぐるに縛ってから一緒にアニメ二十四時間ぶっ続けマラソンをして布教活動に勤しむわ」

 

「……君って怖いことをサラッと言うから、本当に恐ろしいよね」

 

「そのくらいして当たり前でしょ!」

 

「話がれたけど、それと同じことをすればいいんじゃないかい?」

 

「同じこと? ……ああ、神喰い目玉が命がけで守るものを奪うってことね。でも神喰い目玉の一番大切なものって……何?」

 

 なんだろう?

 てか、そもそもそんな知能があるのかしら。

 アイツは本能のままに行動してるだけだと思うのだけれど。

 

 う~ん。

 

「ヒント。それを壊されると存在が消滅してしまいます」

 

「パソコンのルーターかしら? 確かにソシャゲのデータは消滅するかも。これまでのプレイ時間と愛着の湧いたキャラがなかったものに……。でもソシャゲをするようには見えないわよ、アイツ」

 

「ルーターちゃうわい! 全てを二次元基準で考えるな。じゃあ、ヒントその二! 神にとっての命。ここまで言ったら分かるだろ!」

 

「生きとし生けるものたち……かしらね。私たちの信仰がなかったら神は衰退して、しまいには忘れられてしまうから」

 

「どうして、遠くを見つめて深いことを言う!? 確かにそうだけれども……でも、そうじゃないっ! 神玉だろっ、神玉! 僕の言ったことをちゃんと覚えとけよな!」

 

「そうだったわね」

 

 ……ん?

 よく考えれば神喰い目玉って、んじゃないの?

 だから、神玉が形成され始めてるとか、始まってないとか。

 あるとか、ないとか。

 神玉がどこかにあるって聞いて納得してしまったけれど、何かおかしい。

 

「あれ? あなた、バケモノが神に成り上がったって言ってたわよね。だから、神玉がまだないって……」

 

「確かに『バケモノの類』とは言ったけど、バケモノだとは言ってないだろう? それに『衰退した神』って言ったし」

 

「紛らわしい言い方してんじゃないわよ!」

 

「しょうがないだろう。情報が少なかったんだから。でもやっと分かったよ。アイツは神喰い目玉なんかじゃない。昔に封印されたって言う『悪鬼羅刹』——その肉体だろうね」

 

「悪鬼羅刹? じゃあ何、結局鬼だったって言うの!?」

 

「そうだよ。そうすれば最近鬼が増えてるってことも説明がつくだろう? しかも元々神の肉体だったのなら、あの強さと神格の高さにも納得できるし」

 

 また鬼だったの。

 どうしてこう鬼が多いのかしら。

 てかここ、鬼しかいないじゃない!

 

 ほんと、地獄かっ!

 

「それじゃあさ、なんで肉体だけが動いてんのよ?」

 

「う~ん。それが謎なんだよね。誰かが封印を解いたのかもしれないし、元々封印されていないのかもしれない。まあ、前者の可能性が高いけどね」

 

「だとしたら、どうして神玉の封印が解かれてないのかしら。普通ならそっちを一番最初に復活させるでしょうに」

 

「そこまでは分からないね。……ま、どちらにしろ神玉の元に行く必要がある」

 

 うわっ、面倒くさっ!

 また出掛けなくちゃいけないの?

 出撃までゴロゴロしてようと思ってたのに。

 昨日と今日の深夜アニメ、観たかったのに。

 やっぱりこの案件、面倒くさいこと極まりないな。

 

「でもさ、その神玉ってどこにあんのよ? 場所は分かってるんでしょうね」

 

「もちろんさ。よく思い出してごらん。ここの県名の由来は?」

 

「えっと、確か……伝説の岩に関係があったような——!」

 

 そうだ、思い出した。

 三ツ石神が羅刹を封印する際、岩に手形を押させたことが由来だった。

 

「そう。その岩がある所が封印場所だろうね。そして、その場所は案外近所にあったりする」

 

 充電器からスマホを取り、検索エンジン——通称『グググル先生』を起動。

 早速『三ツ石神 伝説 岩』で検索する。

 検索した結果、『石割桜いしわりざくら神社』と言う神社が出てきた。

 

「へぇ、石割桜神社ってとこにあるのね。グググルマップによると……ここから徒歩二十分もかかるじゃない! あのさ、これのどこが近所なのかしら?」

 

「君のバイクを使えば近所だろう。あの、変な名前のバイク」

 

 変な名前ですって?

 聞き捨てならないわね。

 

「私のバイクを馬鹿にしないでくれるかしら。アレは神聖な乗り物なのよ」

 

「『ハチクマぶーちゃん』のどこが神聖だってんだよ! 名前付けるなら、もっといい名前付けろよな!」

 

「いい名前じゃない。蜂みたいにぶんぶん言うし、クマみたいにデカいし、ぶーちゃんって感じだし。結成したてなのに、既に音楽性の違いで対立とは……はぁ、まったく」

 

「君とバンドを組んだ覚えはないっ!」

 

「……どうでもいいけれど、行くなら早く行きましょ。もう二時過ぎよ」

 

「テンションの上下が激しい! どうしていきなり冷静になるんだ!」

 

「深夜テンションだからよ」

 

「じゃあしょうがないな!」

 

「そうね。正直言うとオチをつけるのが面倒くさいだけなのだけれど、深夜テンションのせいにすれば一件落着よね」

 

「深夜テンションを妖怪みたいに使うな!」

 

 妖怪——もとい、深夜テンションにオチを押し付けたところで、出発の準備をしましょう。

 

 パジャマ姿の私はクローゼットに向かい、いつもの服を探す。

 いつもの服とは『香森こうもり第一高校指定セーラー服』のことだ。

 

 ……あれっ?

 どこにもない。

 

 いくら探してもない。

 

「ねえ、悪魔。私の制服、どこにあるか知らない? ていうか、ジャージすらないんですけど!」

 

「それならボロボロになってたから捨てといたよ。ジャージは君が全部洗濯しただろう? 週末だからってさ」

 

「そうだった! 洗濯しっぱなしで干してなかった! ……どうしましょう。私の私服、ジャージと制服しかないのよ! ……これじゃあ、着ていくものがないわ」

 

「それならいっぱいあるじゃないか。チャイナドレスとかナース服とか魔法少女の服だとか」

 

「これはダメよ! これを着るのは年に二回、六日間だけと決めてるんだから」

 

 確かに服ならたくさんある。

 でも普段着じゃない。

 コスプレの服なのだ。

 雫さんのクオリティには負けるけれど。

 

 それに日曜日の昼下がりにバイクを運転する魔法少女なんて、いいニュースになってしまうわ。

 ここは都会じゃなくて田舎。

 だから、浮きに浮いてしまうでしょうね。

 都会でも浮くでしょうけど。

 

「じゃあ行くのやめるかい? どうせ今夜の戦闘には、その中のどれかを着て行かなくちゃならないけどね」

 

「うっ」

 

 忘れてた。

 

 今夜どうしよう。

 パジャマで戦う?

 

 待てよ、風呂上りに着ていたジャージがあるじゃない。

 洗濯機に入れちゃったけど、それを着ていけば……。

 でも、洗濯しっぱなしのジャージも一緒に入ってるんだよなぁ。

 湿っていなければ、いいのだけれど。

 

 悪魔を持ち、洗濯機がある洗面所へ。

 蓋を開けて腕を突っ込み、洗濯ネットに入ったジャージを取り出した。

 

 どうか、無傷でありますように!

 

 にぎにぎ……。

 にぎにぎ……にぎに————ぐちゅっ!

 

「なあ! 湿ってるだと!? くっそぉ!」

 

「あははは! これで君はパジャマかコスプレ服か、どちらかを着ることが確定したね」

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 

 パジャマでは戦いたくはない。

 

 このパジャマは一番のお気に入りなの。

 枕と一緒でこれじゃなきゃダメなの。

 

 じゃあコスプレ服?

 

 自作だから何回でも作れるけれど……休日に着るには恥ずかしい。

 でも、恥ずかしいなんて言ってられない。

 

 ………………。

 

 畜生!!

 着ればいいんでしょ、着れば!

 

 ナース服は戦闘に向かないし、チャイナドレスは露出が激しいし。

 こうなりゃ、バトルアニメヒロイン系統しかないじゃない!

 

 バトル系アニメで持ってるのは『魔法少女ロック・邪神バスターズ』の魔法少女服だけ。

 

 もうっ! 

 ニュースでもなんでも出てあげるわよ!

 布教ができるのなら……本望よ(泣)。

 

「しょうが……ない! 魔法少女に変身したげましょう!」

 

「まさか、昨日の夜に言っていた『正義のミカタ、影切桐花かげきりとうかちゃん』が本当に参上するとはね」

 

「……誰よ! こんな分かりにくいフラグ建てた奴!」

 

 涙を拭きつつ時計を見ると、既に三十分以上経過していた。

 もう嘆いている暇はない。

 私はしぶしぶ、ハンガーに掛けてある『魔法少女ロック・邪神バスターズ』のコスプレ服を着用する。

 

 ゴールデンウイーク目前、四月終わりの休日にコレを着るとは思いもしなかったわ。

 

「魔法少女が木刀を持ってバイクに乗ってるって、考えただけで笑えるよね」

 

「あんた、覚えてなさいよ」

 

 スマホをポケットに入れ、悪魔を持って玄関へ。

 魔法少女用の靴を履き、キーホルダーの付いた家鍵とバイクキーを持って外に出た。

 木刀は斜めにして背負っている。

 

「どうして今日に限っていい天気なのよ!」

 

 太陽を涙目で睨んでから家に鍵をかける。

 

「いや~、見ものだね。君とのドライブがこんなに楽しみなのは初めてだ」

 

 ふっ。

 楽しみなのは今のうちだけよ。

 せいぜい、期待に胸でも膨らませてなさい。

 

 私は、悪魔に反応することなく階段を下りた。

 そのまま駐車場へ。

 

 愛車『ハチクマぶーちゃん』に引っ掛けていたヘルメットを装着し、サイドバックにスマホを入れてから、悪魔に話しかけた。

 

「それじゃあ、これから私を馬鹿にした罰を受けてもらうわ」

 

 ヘッドランプとフロントフェンダーの間——バイクの正面に悪魔を縛り付ける。

 

「?」

 

 シートにまたがり、エンジンスタート。

 あとは、出発するだけ。

 

「ねえ、まさかとは思うけど、このまま出発するわけじゃないだろうね?」

 

「ぺちゃくちゃ喋ってると、口ん中に虫が入るわよ?」

 

 それじゃあ存分に、私とのドライブを楽しみなさい。

 私をコケにしたこと、骨の髄まで後悔させてあげるわ!

 

「ちょ、ストップ! ストップってば——ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 こうして、私と悪魔は『石割桜神社』へと向かったのだった——————。

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