五丁目:シリアスからのサービス回

 ——あっ、私がいる。

 

 可愛かったな、私。

 多分七歳くらい?

 お父さんと、お母さんもいる。

 

 家族でご飯中。

 今日は鍋らしい。

 

 お父さんもお母さんも、私も笑っている。

 懐かしいなぁ。

 

『ねぇ、どうしてこの子のお皿はないの?』

 

 不思議そうな顔をして、幼き私が言った。

 お父さんは困ったように首を傾げる。

 

『ここにいるじゃない。おかあさんたちには見えないの? わたしのお友だち』

 

 お父さんは言った『忘れてたよ。ごめんね』と。

 お母さんは口に手を当て、黙って泣いた。

 

『おかあさん、どうして泣いてるの?』

 

 私は訳が分からなくて、困惑する。

 

『ごめんな、桐花とうか。母さんは具合が悪いみたいなんだ。だから休ませてくるよ。その間、独りで食べてて』

 

『おかあさん、だいじょうぶ?』

 

 お母さんはこっちを見ない。

 ただ『ごめんね。桐花、ごめんね』と言うだけだった。

 

 待って、待ってよ。

 行かないでお母さん!

 

 リビングには鍋の沸騰する音だけが響いていた。

 

 ————場面が切り替わる。

 

 今度の私は中学生。

 

 テレビを見ているみたい。

 視点が、一人称になったり三人称になったりと大きく動く。

 

 私は独り、机に座っていた。

 周辺では生徒が机を合わせて弁当を食べている。

 

 昼休みか。

 

 ……?

 どうして、私の周りには誰もいないのだろう。

 

『ねえ、見て見て。影切さんったらまた独りよ』

 

 誰かが言った。

 

『可哀そう。……でも、しょうがないわよね』

 

 しょうがない?

 

『だって彼女、おかしいから』

 

 また誰かが言った。

 

『見えないものが見えるとか、ほんとキモい』

 

 中学生の私は耳を塞ぎ、うつむく。

 

(どうしてみんなには見えないの? ここにいるのに。ちゃんといるのに!)

 

 目を閉じて考える。

 

(私がおかしいの? 見えないみんなじゃなくて、私が? ……でも、私には見える。しっかりと見えてるもの。あなたたちに見えないからって、どうして私を邪魔にするの? 変な目で見るの? 馬鹿にするの?)

 

 暗い気持ちに押し潰されそうになり、たまらず目を開けた。

 

 ……トイレに行こう。

 

 個室は私だけの世界。

 嫌なものが無い、私だけの綺麗な世界。

 

 私は立ち上がり、出入り口へと向かう。

 教室のスライドドアに手をかけた瞬間、誰かが言った。

 

『あれっ? 桐花さんったら今日もどこかに行くみたい』

 

 ——そのまま帰ってこなきゃいいのにね。

 

 えっ? 

 

 それを機に、みんなが一斉に大合唱を始める。

 

『消えちまえ、消えちまえ』

 

 私が何をしたって言うのよ?

 

『早く出てけ。教室ここから出てけ』

 

 私、何か悪いことした?

 

『バケモノ女は出てけ、出てけ、出てけ、出てけ!』

 

 お願い。

 もう、やめて。

 

「******」

 

 何言ってるのか分かんないよ。

 

「************!」

 

 うるさい。

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい………………。

 

「もう、黙ってよ! 黙っててばっ!!」

 

 ——————————————————————————————。

 

「————っ!」

 

 一瞬だけ暗くなって、私は現実へと引き戻された。

 夢を見ていたらしい。

 

 昔の嫌な記憶。

 悪夢にも程がある。

 

 暗い過去のダイジェスト版。

 ダークさと残酷さを誇張した、悪意の感じられる編集。

 

 その一部、ほんの一部を見せられた感じだ。

 

 気分が悪い。

 気分が悪いので、他のことを考えるとしましょう。

 

 真っ先に思い浮かんだ疑問が二つ。

 

 一つ目は、いつの間に帰ってきたのか。

 

 確か、学校のグラウンドで戦って……。

『神喰い目玉』が……そうだ、あいつに吹っ飛ばされて。

 

 で? 

 どうなったんだっけ?

 

 ああ、負けたんだった。

 

 悔しいなぁ。

 でも生きてるだけマシか。

 

 二つ目。

 これが最大の疑問。

 

 現在、私は全裸である。

 

 服を脱いだ記憶はない。

 無意識?

 

 でも無意識で脱いだなんて信じられない。

 信じたくもないわ。

 それでは、潜在的露出魔になってしまう。

 

 でも安心して。

 この私が、外で全裸になるわけないじゃない。

 そんな露出キャラになった覚えはないわ。

 

 ここはお風呂。

 私の家のバスタブよ。

 

 今回はお風呂回!

 水着回をする前にお風呂回とか、胸ないのバレちゃう。

 水着だったらパットを入れて誤魔化せるのにさ。

 

「何を今さら。君がツルペタなのは、既にバレてるぞ」

 

 黄色いヒヨコの代わりに、悪魔が流れてきた。

 お風呂の水にぷかーっと浮いている。

 顔が少し紅潮して、たいそう極楽な様子。

 

 なんでいるの? 

 ここに、あんたが。

 

 あれっ?

 声が出ない。

 身体が動かない。

 

「そんな顔をしないでくれよ。後処理なら君に代わってやっといたからさ」

 

 私が聞きたいのはそんなことじゃない。

 

「いや~大変だったよ。腕だけならまだしも、全身を支配するとなるとね。パソコンを使うときとは勝手が違うから、ほんと重かった」

 

 間接的に私の悪口を言っている。

 

 乙女に重いなんて。

 禁句にも程があるわっ!

 

「ん? 右腕はどうしたかって? それなら食べたよ」

 

 聞いても、思ってもいないのに、悪魔はホイホイと喋る。

 

 ん?

 喰った?

 ……喰った!?

 私の許可なしに右腕を喰っちゃったの!?

 

「美味しくはなかったけれどね。粒子化しないんだし、まさかグラウンドに置き去りって訳にもいかないだろう。それに神格を回復する為に必要だったんだ」

 

 じゃあ、しょうがないか。

 しょうがない……のか?

 

 まあいいや。

 許そう。

 

「久しぶりに外に出たから元に戻れるか心配だったけど、君にはなんの変化もなかったから安心したよ。調べたところ牙も翼も角も無いからね」

 

 マジか。

 今なんか凄いこと言ったぞ。

 こいつ、出れんだ。

 

「危なかったとは言え、勝手に君の身体を支配したことは謝るよ。いやぁ~、君にも見せてあげたかったな。僕と完全に同化した姿をね。ま、完全同化できたのは君が気を失っていたという異常事態だったからだけど」

 

 何その姿。

 超気になるんですけど。

 かっこよさそう。

 

 と、ここまで言って悪魔は沈黙してしまった。

 

 気持ち良さそうに湯船に浸かっている。(厳密には浮いているけど、多分この表現で間違っていないだろう。)

 

 ピチャーンッと、雫が垂れる音だけが響く。

 しばらくして、悪魔が再び話し出した。

 

「一旦上がろうか。そろそろのぼせてきただろう?」

 

 そう言って、ふわ~っと宙に浮いた。

 

「そうだ。この際だから教えてあげよう。僕は少しの範囲なら自由に動けるんだ」

 

 手足は使えないけどね、と付け加える。

 ふわふわと飛んできて、私の顔に引っ付いた。

 

(君が動けるようになるまで補助するよ。いいね?)

 

 悪魔が脳内で語りかけてきた。

 私は喋らずとも考えることはできるので、脳内で返答する。

 

(聞きたいことは色々あるけれど、今はそうして頂戴。それと——)

 

(それと?)

 

(あり……が……と)

 

(なんだって?)

 

(ありがとっ! ありがとって言ってるのよ!)

 

(ほ~〜。君にしては素直じゃないか。かっわいい~)

 

(……調子に乗ってると後でシバくわよ)

 

(すみませんでしたぁ!)

 

 私は浴槽から出て、備え付けの鏡の前に座る。

 体力が回復してきているので、感覚としては介護されているみたい。

 

 しばらく鏡の前に座っていると、徐々に手足が動くようになってきた。

 段々と感覚が戻っていく。

 

 もう自分で動ける、脳内でそう言うと、悪魔はそうかいと言って身体からお面へと帰っていった。

 

 お面を外し、湯船に浮かべる。

 悪魔はお風呂に浸かると同時に、気持ち良さそうな声を上げた。

 たいそう極楽なようで、いまにも歌いだしそう。

 

 そんな悪魔を横目に、私は鏡の方を見る。

 

「げっ!」

 

 当たり前だけど、鏡には私の顔が映っていた。

 私の可愛い顔(自画自賛)がしっかりと映っている。

 

 私の顔で間違いない。

 確かに私の顔なのだけれど……。

 

 鏡に映った私は、顔面血だらけ。

 例えるならばトマトパスタを食べた後の子供だ。

 

 口の周りは黒い血で塗られ、顎や頰などには飛び血が付いていた。

 まさに人を喰ったバケモノ。

 

「一つ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「何かな? なんなりとどうぞ」

 

悪魔あんたを着けてたのに、どうして私の顔に血がついてるの?」

 

「さっきも言った通り、僕は君と完全に同化した。そうじゃなきゃ全身なんて支配できないからね。君と同化したとき、顔も一緒に同化したんだ。それだけのことさ」

 

「あれ? ということは……私の右腕ってさ」

 

「お腹の中だよ」

 

「……」

 

「君のね」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ………………………………………………………………。

 

「ほへっ!? い、いまなんつった?」

 

「だから、君の右腕は!」

 

 てっきり、悪魔の腹の中だと思ってた。

 

「傍点を付けなくても分かるわよ! ほんとに、私ったら本当に……自分のこと喰ったの」

 

「ああ」

 

 おいおい、マジかよ……。

 

 自分の右腕を完食した人間が誕生した瞬間である。

 多分、人類初だろう。

 

 私の胃袋の中はどうなっているのでしょうね。

 想像したくもない。

 

「この話はもう終わり。気持ちが悪いわ」

 

 一刻でも早くこの事実を忘れる為、私は急いで血だらけの顔を洗い始めた。

 

 洗顔フォーム(泡で出てくるタイプ)の泡に顔をうずめる。

 ふわっと、純白の泡が私を優しく包み込んだ。

 

 はふ~。

 とっても落ち着くわ。

 このままずうっとこうしていたい……のだけれど。

 泡のせいで呼吸ができないのよね。

 

 私は窒息する前に顔を上げ、ごしごしと顔を洗う。

 純白の泡はすぐに紅に染まった。

 

 顔が汚れていたということは、頭もまだ洗っていないのだろう。

 湯船に入る前にシャワーを浴びてくれたのなら、ついでに洗っておいてくれてもバチは当たらないだろうに……。

 これじゃ、洗う順番が完全に違うじゃない!

 な~んて欲張りなことを思いつつ、顔に付いた泡を洗い流してシャンプーに手を伸ばしたのだった。

 

 それじゃ、数分早送り。

 

 私が頭をモコモコにして上半身を洗っていたとき、悪魔が思い出したように呟いた。

 

「そうそう、そういえばお客さんが来ているよ。血だらけで帰ってたとき会ったんだ。『ゾンビだ、ゾンビがいるぞ』って驚いていたな」

 

「どんな帰り方したらゾンビみたいになんのよ。てか、なんで家に入れたのよ!」

 

「聞くと、宮守神社の巫女さんらしいからね。七瀬時雨ななせしぐれも一緒だったし、嘘ではないだろうさ」

 

「……巫女!? いま巫女って言った?」

 

「どうして真っ先にそこに喰いつくんだ!」

 

「そういうことは早く言いなさい。巫女属性は萌えるわ」

 

「……燃える?」 

 

「早くお茶でも出さなきゃ」

 

「そこは心配いらないさ。『勝手に茶でも頂いておこう。あっ、わらび餅! 食べちゃお』とか言ってたから」

 

「え? 私のわらび餅なのに……。なんなのよ、そいつ。巫女さんらしからない言動をするわね」

 

「前半は巫女さん、後半は七瀬時雨」

 

 おいおい、まさかの時雨ちゃんかよぉ。

 ここまで来ると逆に凄いわね、あの子。

 

「その二人だけ?」

 

「いや、無口な巫女さんもいたな。巫女姉妹とかなんとか言ってた」

 

「うっひょー。これは加点ポイント。早くお風呂から上がりたい!」

 

「加点ポイントって何? そして何故、語尾が願望形なんだ」

 

「巫女と言えども人とは会いたくないのよ」

 

「……あっそうだ、君の初期設定は人間不信少女だったね。完全に忘れてたよ」

 

「さっきまで私も忘れてたわ」

 

「キャラがブレブレだな」

 

「あら、まだ私に言われたこと気にしてたのね。このフローレス原人が」

 

「器の小ささを超小型原始人の名称で表現された!」

 

「ブロケシア・ミニマでもいいわね」

 

「世界最小のカメレオンだと!?」

 

「それとも、バチカン市国かしら」

 

「確かに小さいけど、以外に広い!」

 

「いや、強いお酒の後に飲む軽い飲み物って線も」

 

「それはチェイサーだ!」

 

「失礼、甘く噛んだわ」

 

「逆にどう噛めばそうなる!?」

 

「さあね」

 

「適当かよっ!」

 

 もっと雑談をしていたいのだけれど、そろそろ私の身体が冷えてきた。

 私は雑談をやめ、残りの部位を急いで洗う。

 くまなく洗って、しっかりと泡を流してから、再び湯船に足を入れた。

 

 早く出ようと思ったけど、思いのほか気持ち良かったのでしばらく浸かる。

 肩まで浸かり、足を伸ばしてリラックス。

 

 天井を仰ぐと、視界に換気用の小窓が侵入してきた。

 外は真っ暗。

 まだ夜らしい。

 

 ……夜?

 

 おかしい。

 私が出撃したのは日没の後だったはず。

 まさか、二十四時間以上経ってるの?

 

「ねえ、いま何時?」

 

「そうだな……あれから二時間もしてないから、きっと午前二時くらいだろう」

 

 二時間か。

 そこまででもないな。

 

 良かった。

 今日はまだ日曜日らしい。

 全然良くはないけど。

 

「で、そんな時間に巫女さんたちが何の用なのかしら」

 

「詳しくは知らないけれど、今日中に片を付けるつもりらしいよ。最近増えてる鬼の件」

 

「えっ、それマジなのでござりますの!?」

 

「いきなり口調がおかしくなった!? ……まあ、本当だよ。君に嘘をついてもしょうがないからね」

 

「うわぁ、めんどくせぇ。チッ、誰だよこんな展開考えた奴。残業代支払わせるぞ!」

 

「怖いこと言うなよ! びっくりしたじゃないか」

 

 巫女さんが言っている、鬼の件を片付けるとはどういうことなのか。

 私に用とは、なんなのか。

 

 色々と疑問は残っているけれど。

 これだけは、はっきりした。

 

 今日は日曜日だということが。

 朝から最悪な日曜日だということが。

 深夜アニメをダラダラと観れそうにないということが!

 

 ほんと勘弁してほしい。

 日曜日はただでさえ貴重だってのに。

 

「まあ、そう言わずに。ヒロインなんだからさ、もう少し頑張ろうよ」

 

「私はね……私は、頑張らない系ヒロインになりたいのっっ!!」

 

 お風呂場でそう叫ぶも空しく、誰かが考えた運命プロット通りに面倒くさい日曜日が幕を開けたのだった——————。

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