第107話 【Side:ステラ】人狼だまし

 明日は王宮騎士団の小隊長に就任して初の任務が下される。それに間に合うように戻れたのは幸いだった……精霊王の国スピリットガーデンからこの魔獣王の国ゴーファンに。


「キリコ、ただいま。体調は良さそうだね。」


 王宮騎士団の詰所にいた人狼のキリコに帰還の挨拶をする。


「ステラ!?姿が見えなかったから心配したよ。何処に行っていたんだよ?南瓜亭(かぼちゃてい)に行っても居ないし、店長さんに聞いても知ってそうな泳いだ目をしてたけど、知らないって言うだけだし。」


 旅立つ前の入院していたキリコだったが、今はもう怪我も治り絶好調のようだった。


「他の人には秘密だよ。実はブレイブとファナに会ってきたよ。」


「え!?えええぇーーー!!」


 詰所にいた全員がキリコの叫び声に注目した!


「ちょっ!キリコ、声大きいってば〜。しぃ〜!」


 咄嗟にキリコの口を手で塞ぎ、手を引いて詰所から外の人気のない路地に移動する。


「いや、驚くよ。まさか……殺したの?」


 キリコは真剣な眼差しで問い掛けてくる。


「え?いや、殺さないよ。まぁ、わたしには殺せないかな。」


 何処か安心したようなキリコであった。きっと自分で意趣返しをしたいのだろう。


「そう……なんだ。ファナやブレイブはそんなに強かった?」


「いやぁ……ファナにはゲ○吐かれて一緒にお風呂入ったり、ブレイブにはお風呂覗かれたりと散々だったよ。でも楽しかったかな。ハハハ。」


 キリコは真剣な顔から茹でダコみたいに顔を真っ赤にする!


「何それ!?ファナたちと遊んだってこと?ズルイ!!いや、違う。ステラ、そんなんじゃ戦場で出会ったら殺せないじゃないか!敵だよ?」


 キリコは彼らと戦場で戦うのが楽しみなようだが、あくまでそれは強敵として。そう敵として。わたしには……どうなんだろう?


「そうなんだよね。困ったなぁ〜。」


「何それ?しっかりしてよ。でも、まぁ……ファナ達はわたしが皆殺しにしてあげるから。ステラは何もしなくていいよ。」


 ウインクするキリコ。わたしは苦が笑いを浮かべる。


「そうそう、ファナやブレイブだけじゃなく、ゴールドにも会ったんだ。」


「ゴールド?どこで会ったのさ。」


「ピセって街だよ。」


 キリコは豆鉄砲を喰らったような顔でアワアワしていた。


「ピ、ピセって……スピリットガーデンの?」


「そうそう。綺麗な街だったよ!」


 辺りを見回し、わたしの腕を掴んだキリコは王都の外れにある資材置き場に連れてきた。誰もいないことをファナは確認する。


「ステラ、何をやってるんだよ!敵国の王都に行くなんて!!」


「ファナやブレイブのことを聞いてどんなかなと気になって。それにわたしは敵のこと知らないから、この目で見ておきたかったんだよ。」


 キリコの眼差しは真剣そのものだった。でも、わたしはしっかりとその視線に応えた。


「で、どうだったのさ……敵は。」


「街の観光は良かった。」


「そーじゃなくて、敵は!?」


 どうやら今のキリコには冗談は通じないようだ。わたしはキリコにスピリッツガーデンの王都ピセでの出来事を説明した。


◇◇◇


「ステラ……そんな無茶苦茶なことして……王宮騎士団に知れたら大変なことになるよ。」


 新米小隊長が敵国王都に侵入し、敵兵との接触。敵国の最重要施設の精霊樹への侵入と守護者の殺害。そして敵国王都での戦闘行為。


 勿論、敵国の情報収集や敵戦力の削減に繋がったことは評価されるかもしれないけど、それは軍事的命令の基での成果であればの話。


 独断での行動である以上、評価ではなく軍規違反で罰せられることとなるとキリコは言う。


「分かったよ。このことは話さないよう気をつけるよ。」


「いや、わたしが上層部に報告する。ステラ、騎士団小隊長としては見過ごせない造反行為だ。そして……この場で粛清する。」


 キリコは手刀をわたしに向け、殺気を纏った。


「キリコ、冗談は……」


 冗談かと思ったけど、キリコは躊躇いなく襲ってきた!殺気が本物であることは分かっていたのに……交わせなかった。


 低い姿勢からの突風のような突進を避けたつもりが、両腿を爪で切り裂かれ出血した。


「もう避けられないよ。次は腕だ。」


 動けない獲物を確実に仕留めにきた。


「ファナ、やめよう。」


「やめよう?随分と上からだね。敵と戦えない小隊長なんて不要。部下が哀れだし、何より魔獣王への不敬だ。死して後悔するといいよ。」


 ファナの言葉が胸に刺さる。


「まだ……死ねない。もう一度言うよ。やめよう、ファナ。」


 言葉無く、気付いた時には密着するように間近でファナの牙がわたしの喉に届く位置にあった!


 パァァァァーーーンッ!!!


「うわぁっ!?」


 大きな音に姿勢を崩したファナはわたしから距離を取る。


「何、その音?」


 ファナが来ることは何となく予想していたので、近づいたところに風魔法を織り交ぜた『猫だまし』を打ってやった。嗅覚の次に感度のいい聴覚を突いたのだった。


「『猫だまし』もとい、『人狼だまし』だよ。」


「だましたのか!?卑怯だぞ!」


 怒るキリコを指差して笑ってみせる。更に怒ったキリコはまた真っ赤になる。


「それと、ただでは殺されないからね。いくよっ『マジカル☆バースト』!!」


 左指のリングに貯めた魔力を解放する。明らかに黒い星々がわたしを包み込み、漆黒の魔法少女の姿となる。


「魔法少女ステラ、降臨だよ!」


「それがステラの本気なんだね。待っていたよ、魔法少女!」


 怒っていたキリコはどこか嬉しそうに笑みを浮かべ、獣のように四肢を地に付ける。もう、落ち着いたようだ。


 わたしの心は晴れなかった。

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