第90話 【Side:ステラ】牛子

「そこのあなた、この子の知り合いでしょう?どうしよう?」


「そいつ、ゲロ吐いて寝たら起きないよ。どうするも何も……おねえさんもゲロ吐いてやれば?ゲにはゲを、ロにはロを!なんちゃてー。ぷぁははは〜!」


 エルフの青年は言いたいことを言いテーブルに突っ伏して寝てしまう。店のおじさんが来て言う。


「あんた、災難だったな。ま、そいつらはそのままそこいらに捨てておいていいぞ。いつものことだ。」


「そんなぁ……」


 夢の国にも質の悪い酔っ払いがいることに愕然とする。まぁ、普段から南瓜亭で汚物処理は慣れていたが、まさか自分が嘔吐物まみれになるの初体験だった……。


「はぁ~、部屋でお風呂入ろう……。着替えあったかなぁ〜?って、この子……どうするの〜?」


◇◇◇


 わたしはお風呂で髪を洗っていた……例の女の子の。


 嘔吐したその女の子をそのままにはできず、自分の部屋に連れて行き、汚れた服を脱がして一緒にお風呂に入る。ついでに洗濯も。


「次は身体洗うよ。おーい。」


 浴室の床にあぐらをかいたまま寝ている少女の身体は小柄ながら筋肉で引き締まっていて、いくつもの傷跡があった。キリコみたいな拳闘士かな?


 少女の全身を洗い終わると、次に自分の身体を洗い、髪を洗おうとした時……物音に気付く。


「おーい、ココか~?お金くれよ~。アレ、裸で何してるの〜?えへへ。」


 浴室のドアが開き、そこにはさっきの酔っ払いエルフが!


「きゃあーっっ、変態ーーー!!」


 わたしは両手で胸を隠しながら力いっぱい蹴りを入れる!吹き飛ぶエルフの青年はそのまま崩れるように気絶した。 


「もー、最悪だよ。」


 シャワーに打たれながら浴室に座り込む。


◇◇◇


 窓から射す朝日がベッドを照らす。目覚めるとぼやけた視界に寝息を立てる少女がいる。


「あぁ、そうか。」


 酒場には慣れてるハズがあんなトラップに引っかかるなんて、デネブ達に笑われるよ……。それも、このあどけない寝顔の酔っ払いのせいだ。ほっぺを指で弄んでいると少女はまどろみながら目覚める。


「もう朝?ふわぁ~。」


「おはよう。」


 その子はわたしの顔を見て驚く。咄嗟にベッドから飛び起きた少女は妙にスースーしていることに違和感を覚えたのだろう。自分が全裸であることに気付く。


「裸だ。えっと、誰?」


「え、覚えてないの〜?」


 少女の腰に腕を回し、抱き寄せる。わたしも裸だったので肌と肌が触れ合う。


「え?」


「一緒にお風呂に入って、ベッドで熱い夜を共にした仲じゃない。ウフフッ。」


 少女は考え込む。


「つまり、わたし達はベッドで戦ったってこと?裸で?」


 噴き出してしまう!


「もー、からかい甲斐が無いなぁ〜。」


 事の顛末を説明すると、少女は裸のまま平謝りをする。


「またやっちゃったかー。ごめんなさい!その、全然覚えてないんだけど、その話は間違いないと思う。いつものことだから……。じゃあ、お詫びは……身体で。」


 両手を広げてわたしをハグする少女。仔犬みたいに戯れてくる。何か可愛い。


「いやぁ、気にしないで。そういう趣味は無いからさ。」


 どちらからともなく笑みがこぼれる。


「そうだ、ブレイブはどこ?」


「ブレイブ?」


 キリコの言葉を思い出す!


「ま、まさか……あの酔っ払いエルフが……ブレイブなの!?」


「わたしと一緒に飲んでいたのがブレイブだよ。知ってる?」


 部屋の入口を指差す。そこには縄でグルグル巻きのブレイブが横たわっていた。


「ブ、ブレイブ!?」


「痴漢だと思って、つい。ゴメンゴメン!」


 わたし達の服は洗って干しているので、ファナはシーツを身体に巻いてからスマキのブレイブを解放する。二日酔いが酷いのかしばらくは意識が朦朧としているようだった。


「何か酷い目にあった気が……。何があったんだ、ファナ?」


「わたし達、この人に迷惑を掛けたんだよ、ブレイブ。しかも面倒まで見てくれたの。そういえば、名前聞いてなかった。」


 この子がファナ……かぁ。


「あぁ、わたしはステラ。何というか、始めまして。」


 まさかキリコから聞いていた敵が目の前にいるとは。偶然過ぎだよ~。


「ステラかぁ。わたしはファナ。スピリットガーデンの隣国オルガナの拳闘士だよ。こっちは同じくオルガナの……」


 そこまで言うとファナの口を手で押さえるブレイブ。


「待て待て、俺の自己紹介を取るなよ。ゴホン。俺は……オルガナの剣士にして『アビスの氷剣使い』ブレイブだ。ヨロシク。」


 クルリと華麗に回転してポーズを決めるブレイブ。その見事な体躯と容姿からのポージングは、さっきまでスマキにされていた姿からは想像もできない美麗さであった。


「酔っ払いの変態だと思ってたけど、よく見るとイケメンなんだね、キミ。」


「そんなぁ、ガチで褒められると照れるなぁ。ステラだって可愛……あれ?」


 ブレイブの動きが止まる。


「う……」


「う?どしたの、ブレイブ?」


 昨日のファナの惨事が脳裏をよぎる!


「ちょっと、やだ……吐かないでよね。」


 ブレイブの様子がおかしい。わたしを凝視している。その眼差しも美しい〜!


「う……牛子」


「ウシコ?」


 ファナが聞き返す。わたしは凍り付く。 


「う……」


「う?」


 わたしの反応に怪訝な顔をするファナ。


「牛子〜!」


「牛子って言うなぁーーー!!」


 ブレイブはわたしの両肩を掴む!同時にわたしはブレイブの胸ぐらを掴む!!ファナは唖然とする。


◇◇◇


 『牛子』


 それは『牛田 美輝(うしだ みき)』にとって黒歴史のあだ名。


 小学生の時、男子にからかわれ続けたそのあだ名は美輝にとっていじめ以外の何物でもなかった。


 牛の割には胸が無いだとか、牛のくせに牛乳が嫌いなのかと、とにかく『牛子』というあだ名はトラウマだった。


 そんな美輝は復讐を胸に空手を習い、修行で磨いた技で男子に復讐を果たした。それ以来、男子が『牛子』と呼ぶことは無くなった……ただ一人を除いて。


 お忘れかもしれないが、わたし魔法少女ステラの本名は『牛田 美輝』である。


◇◇◇


「何でその名を!?」


「いや……そんな訳ないよな。ステラはエルフだから俺の勘違いだ。気にしないで。」


 ブレイブは俯いてそれ以上は何も言わなかった。


 何かの偶然だろう。だって、こんな異世界で自分の思い出したくない昔のあだ名を呼ばれるなんてあるはずがない。だいたい、こんなイケメンなエルフとは面識も無いし。


 この異世界に『ウシコ』という単語があるんだろうか?どんな意味かは知らないし知りたくもなかった。


「な、なんだか分からないけどさ、お腹空いたし下でご飯食べようよ。ステラにはお礼もしたいし。」


 3人はどこか気まずい空気のまま朝食を共にするのだった。

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