第15話 【Side:ブレイブ】放課後の図書室

 夕暮れの橙に染まった図書室。放課後は決まってこの図書室に居た。本を読むのが好きな僕にとってこの静かな空間が心地よい。


 何よりクラスメイトにからかわれたり、文句を言われたり、いじめられたりしないから。


 クラスでは陽キャなビッチ女やチャラ男達から様々なチョッカイを掛けられるので教室は憂鬱な場所でしかない。僕ほどの陰キャは他にいなく、僕が陽キャに絡まれても他のみんなは見て見ぬ振りであった。


 そんな苦痛から解放される放課後の図書室は、僕にとって一番落ち着く場所であり……実は一番落ち着かない場所でもあった。


 なぜなら、図書室の窓側一番奥のテーブルには決まって彼女が居たから。僕はその隣のテーブルの同じ席に座る。いつからかお互い定位置になっていた。


 彼女は『月島 華那(つきしま かな)』。同じ中学二年生だけどクラスは別。一年生の時は同じクラスだったけど、ほとんど接点は無かった。おしとやかでおとなしく、読書が好きということで趣味が合い交流がはかれそうだが、やはり接点は無い。


 少なくとも、コミュ障な僕から声をかけるなんて……とても出来ない。仮に僕がコミュ障でなかったとしても、僕と彼女では超えられない高い壁があった。


 彼女は清楚で奥ゆかしく、綺麗にそろえられた黒髪が見目麗しい。総じて可愛いのだ。何より家柄が良く、江戸時代から代々続く有名料亭『月しま』の一人娘。そんな彼女と、中の下の庶民育ちでブサメンキモオタな僕が釣り合う筈もない。


 こうして同じ部屋で一つ隣のテーブルにいることさえおこがましいことだろう。でも……それだけが僕にできる精一杯の関わり。そして、丁度良い距離感。


 17時になると彼女は本を棚に戻し、身支度をして図書室を後にする。その時、決まって一度振り返る。視線が合う時は、とても幸せな気持ちになる。彼女の優しい表情がいつまでも頭に残り……胸は激しく熱くなり……でも、やがて切なくなる。


 懐かしい景色。これが僕が『吾妻 勇希(あづま ゆうき)』だった頃の日常。懐かしい夢を見た。


◇◇◇


「ブレイブ、起きなよ。朝だよー!起きろ〜!!」


 バフンッ!


「グエッ!!」


「あはははーっ!グエッ、だって。あははははっ!!」


 俺の視界には、超至近距離にファナの笑い顔があった。大の字でダイビングしてきたのだろう。俺とファナの身体が掛け布団ごしに重なり合う。


「ファナよ、お前は女なんだぞ。不用心に男に近づくと危険だぞ。」


 俺の言葉をファナは真面目な表情で聞くと言葉を返す。


「どう危険なの?具体的に言ってよ、ブレイブ〜。」


 したり顔で更に体重を乗せてくるファナ。


「ぐ、具体的にって……」


 転生してからの俺はイケメン効果で自信を持って他人とのコミュニケーションが取れていたが、いざと言う時の応用力や対応力に乏しいのは転生前のコミュ障のままだった。


 からかってくるのはいつものファナであり、いつもならそれなりにいなせていたが、今回は何故かしどろもどろになってしまった。


「何考えてるのかな?顔真っ赤だよ。ははは。そうそう、下でみんな待ってるよ。早く着替えて来てね。」


 スタスタと階段を降りて行くファナ。ぴょこっと階段から顔を出して言うと、


「続きはまた今度ね。」


 布団から出ようとするが、色々と収まりがつかないので、下に降りるまでしばらくかかった。


 ファナの悪戯のせいなのか、それとも……もう会えない、かつて心焦がれた図書室の黒髪が美しいあの子の夢を見たからなのか……。


「収まらない。仕方ない……」


 着替えがてら手短に済まそうとする俺は嫌な予感に振り向く。視線が合う。


「ファ、ファナ!?おま、まだ居たのかよ!?」


「朝から元気だね〜。最初から硬かったよ、ブレイブ。気にせずしていいよ。何なら……」


 両手をワシワシしながらニタリと笑むファナ。


「う、うるさいなぁ!下に行ってろって!!」


 俺は枕を投げつけるとファナは笑いながら逃げて行った。


「早く来ないとみんなに言っちゃうから、ブレイブがひとりでしてたって〜!ヘンタイ〜!!」


 くっそ、ファナのヤツ、いつもからかって来やがる!


 多分だけど、ファナは俺のことが好きなのかなと思う。まぁ、このイケメンエルフの俺は女子からは沢山モテた。


 だけど……外見に釣り合わない非モテキモオタだった頃の精神が女子にはマイナスギャップとなり、女子達は離れて行った。


 そんな女子の中で唯一ずっとそばに居てくれて、俺の性格に嫌気をささずに接してくれたのはファナだけだった。


 しかし、そんなファナが俺が好きなんだろ?なんて聞けない。もし違ったら……俺の勘違いだったらと思うと恥ずかしいし、嫌われるだろう。ファナだって俺をキモがって離れてしまうに違いない。


 だから……今のままの距離感が丁度良かった。傷付かないこの距離感が。

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