猫と人の日常

月環 時雨

祐編

祐とニコと出会い

 7月も中旬になり、暑さも本格的になってきたある日の夜。

 僕の部屋のドアがカチャリと音を立てて開き、1匹の猫が入ってきた。

 僕の家は猫を飼っていない。

 ではなぜ猫がいるのか? そんなの知るわけない。

 本にくぎ付けだった視線が、今度はその猫に注がれている。

「ミャア」

 猫はそうかわいらしく鳴くとスタスタと僕の方に近寄ってくる。

 毛艶のよい茶トラの猫も、僕を見つめていた。

 いよいよ僕の目の前までやってきた猫に思わず触れてしまいそうになるも、その手を引っ込めると、僕は部屋を出てリビングへ向かった。

 猫もついてきたが、気にしない。というかむしろその方が都合もいい。

 リビングに入ると、父と母、そして中3の妹が勢ぞろいしていた。

「あら祐。こんな時間にどうしたの? めずらしいわね」

 のんびりとした口調で母が言う。が、僕にとって今はそんなことはどうでもいい。僕は一緒にリビングに入ってきた猫を指さして言った。

「あの、猫がいるんだけど」

「そうね」

「え、それだけ?」

「なかなかかわいい猫だよなあ」

 猫がいることを特に不思議に思っていないような両親を、僕が不思議に思う。

 すると、今まで会話に参加せずスマホをいじっていた妹が口を開いた。

「その猫、あたしが拾ってきた」

「はあ……? 拾ってって、うちで飼うの?」

「当たり前。お兄ちゃん馬鹿?」

 ちらりと冷たい視線を送ってくる妹。最近僕にあたりがきつい気がする。

「この猫の事、父さんと母さんは知ってたの?」

「うん。さっきやよいがコンビニから帰るときに拾ってきたんだって。飼ってもいいかと聞かれたから、もちろんと答えた」

 さも当然のことのように父が言う。

「さっき拾ってきてすぐ飼うことにするって、少し軽すぎない?」

「でも、捨ててこいともいえないだろう? 祐にもなついているみたいだし、いいんじゃないか」

 言われて気が付いた。猫が僕の足に頭をすりすりと押し付けてきている。

「でも僕、猫、というか動物はもう飼いたくないって前に……」

「あー、そんなこともあったわねえ。まあ、いいんじゃないかしら。その猫ちゃんに罪はないわ」

「何、お兄ちゃんって動物嫌いだったけ? むしろキモいぐらいに可愛いって言ってるイメージがあるんですけど」

 もちろん僕は動物が好きだ。その中でも猫がダントツで可愛いと思う。でも、ネットや本で見るのと実際に飼うのは違うわけで。

 僕が答えに窮していると、代わりに母が返答した。

「やよい、覚えてない? 前うちに猫居たじゃない? その子、祐が6歳の時に死んじゃってね。よっぽど悲しかったのか、もう死ぬの見たくないから飼わないーってずっと言ってたのよ」

「お兄ちゃんが6歳ってことはあたしは4歳か。覚えてないね。覚えてないんだから、別にいいでしょ。その子、うちで飼うから。名前は……うん、ニコにしよう」

「名前決めるのも早いな」

「別にいいでしょ。じゃ、あたしお風呂入ってくるから」

「いってらっしゃい」

 スタスタとリビングを出ていくやよいを見送ってから、もう1度猫……ニコを見て、抱き上げてみる。

「うーん」

 こうしてみるとニコは中々の美人さんだ。毛艶もいいし、おそらく少し前まで誰かに飼われていたのだろう。

「僕も部屋に戻るね」

「うん」

 ニコを床におろして、リビングを出る。

 階段をのぼり自分の部屋に入り、ドアを閉じる。

「……おい、なんでお前までいるんだよ」

 下を見ると、ニコがちょこんと座って、毛づくろいをしていた。

 僕は溜息をつくと、ニコを抱え上げて部屋の外に出す。

 そうしてからベッドにダイブしてもう一度本を読み始める。と、

「ミャーン。ミャオーン。ミャーン!」

「……」

「ミャワーン! ミヤー‼」

 ニコがドアの前で一生懸命鳴いている。いったんおとなしくなったが、すぐにバッタン! という大きな音がした。

「マジかよ」

 ニコ可愛いだけでなく、ずいぶん頭もいいようだ。

 ドアノブにジャンプして、自分でドアを開けたのだ。

「ミャーン?」

 自分の力で僕の部屋に侵入してきたニコは、心なしかどや顔をしているような気がする。

「はいはい、部屋から出ましょうね」

 なんて僕の声も気にせずにズンズン僕の方へ近づいてくると、足に頭を押し付けたり、匂いをかいだりした。

「……はぁ」

 これは部屋から出そうとするだけ無駄なタイプのようだ。

 部屋のドアさえ開けておけば、いずれ出るだろう。

 そう思ってもう一度読書をして、ふろに入って、少しゲームをする。そして部屋の電気を消して眠りにつこうとする。

 少しばかり夢の世界に旅立った時。

 ふわっ。

 顔にやわらかい毛の感触が伝わった。

 ニコが僕の顔の隣で寝たのだ。

「……1日くらい、いっか」

 結局僕はニコを部屋から出すことはできず、そのまま一緒に寝た。

 これから僕はニコに付きまとわれることになるのだが、今はこの時に部屋から出しておけばもう少し付きまとわれずに済んだのではないかと思うのだ。

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