1-2 ぬいぐるみと学生証と星
「君はハンサム
父親のお下がりで年季の入ったワークデスクの上。ぬいぐるみが自立している。
自立どころか動いているし喋っている。
「さあ、ボクと契約してハンサム騎士になるリリ☆」
「契約って」
「この紙に必要事項を記入するリリ☆ 学生なら身分証明書は学生証でいいリリ☆」
生々しいな。
犬か熊かに似た、羽の生えたそのかわいらしいぬいぐるみは淡々と話を進めようとする。
そこにハンサムでない僕が
「ちょっと待って、状況が……」
「
「いやいや、ハンサム騎士って何?」
「時にカラプリを助け、時にカラプリを励ます、彼女たちにとってなくてはならない存在リリ☆」
カラプリの?
いやいや、なくてはならないって、いままで見たことないけど。
「カラプリを助けるって……僕がモンスターと戦うこともあるってこと?」
「あるリリ☆」
「お断りします」
あるリリ、じゃないよ。
あんな恐ろしいのと戦うなんて冗談じゃない。僕はそのぬいぐるみを両手で持って、部屋を出ようとした。
手触りは完全にぬいぐるみだ。
この不思議生命体に興味は尽きないが、厄介事を持ち込んできそうなのでやはり早々にお帰りいただこう。
「それにしても、どこから入って来たんだ?」
「君の押し入れとファンシーランドを繋いでおいたリリ☆ つまり押し入れから入ってきたリリ☆」
「えええ、よくわかんないけど、君を何度追い返しても押し入れから戻ってくるってこと?」
「そうリリ☆」
ことなさげに答える全自動ぬいぐるみに僕は呆れ始めていた。
とんでもないのに目を付けられたなあ。どうして僕が……。
「宇部三太、君は弱気な自分に嫌気がさしてるリリね☆」
僕ははっとした。そのぬいぐるみは、作り物とは思えないような力のこもった目で僕を見ていた。
「自分を変えたい、変えたいと思いながらきっかけがつかめずにいるリリ☆ しかし、君には隠された未知の強さがあるリリ☆ それはきっと、カラプリ達を救う大きな力になるリリ☆」
「そんな、僕なんて」
いざというときにはいつも失敗するし、何だって人の目が気になって躊躇するし、ほら、こうやって自分の嫌なところばかり考えてしまうし……。
「君はボクを見ても、拒絶しなかったリリ☆」
「え?」
「人間は自分とは明らかに異なった存在に対して嫌悪感を抱くものリリ☆ けど、君はボクに対して普通に接していたリリ☆ むやみに遠ざけようとしなかったリリ☆ これは君の強さの一つリリ☆」
「強さ……」
この子を部屋から追い出そうとしたことは、いまは忘れよう。
僕の強さ……自分にそんなものがあるなんて考えたこともなかった。確かに、この子に対して嫌悪感は抱かなかった。
「ボクはリリィだリリ☆ 君に足りない自信をファンシーランドから運んできた妖精リリ☆」
自信。その言葉は、妙に耳触りがよかった。
それでも僕の胸の中は不安でいっぱいだった。
頭が重くなって、次第に下がっていく。
こういうとき誰かが背中を押してくれたら──無自覚な甘えがあったのだ。
僕はずっと弱気な自分を変えるきっかけを待っていた。
それはいま、目の前にある気がする。
けれど、そこへの最初の一歩は自分で選らばなければ。
そんなことまで他人任せなんて情けなさすぎる。
「さあ、どうする……三太。君は選ばなくてはいけないリリ☆ ハンサム騎士としてカラプリ達を支えるか。あるいはこのまま普通の学生として、次にくるかもわからないチャンスを待つかリリ☆」
僕は顔を上げ、財布から学生証を取り出した。
「分かった、なるよ。僕はハンサム騎士になる!!」
この決断は早計だったと、僕は後々何度も後悔することになる。
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