ACT109 いつの間にか、取り合いになってない?


「お~~~~~~~~、こういう茶々様も断然アリだなっ」

「……あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど」


 家庭科室にて。

『二組』とポップなロゴの付いたワインレッド色のエプロンを制服の上に着用し、栗色の長髪をツインテールからバレッタでハーフアップに結い上げている、今回の喫茶店の店員スタイルの茶々様を見て、桐やんが感嘆の声を上げていた。


「大本のエプロンのデザインはこんなものだね~。今から量産に入るから、裁縫に自信のある子と手先が器用な子は何人かこっち手伝って~。仁科さんは残った子に接客のレクチャーをお願い~」

「ん、わかったよ、黒木さん」


 現在茶々様が着用しているエプロンの作成者――接客班のリーダーにして、被服部の一年生エースとして名高い黒木くろき小幸こゆきさんのちょっと間延びした指示を受けて、わたしは桐やんと茶々様を含めた男女数名と相対する。


「えー、この度、レクチャー役を承りました、仁科朱実です」

「よっ、アカっち! ここは一発頼むよっ」

「茶化さないでよ、桐やん」

「朱実、クラスのために頼むわよ。茶々は全力であなたの指導を受け止めるわ」

「茶々様、話を壮大にしてプレッシャーをかけないでください……!」


 桐やんと茶々様に囃されながら、わたしは一息。

 飲食店のバイトの経験があるのがわたしだけなので、なし崩し的に接客のレクチャー役になってしまったわけだけど……バイト歴一ヶ月もないわたしが、ここで言えることはというと。


「ええと、接客は笑顔で挨拶というのは基本中の基本ですが、何より忘れていけないのは視野の広さです」

「視野?」

「接客時に席がどこが空いていてすぐに案内できるか、お客様のお水が切れていないか、どの順番で注文を受けているか、混雑しているときは何分待ちになりそうか、空席のテーブルの清潔を保てているか……その他いろいろ、そういう細かいことに気付けることが大事になってきます。そのためにも、視野を広く持ってお店の状況の把握を常にしておいてください」

「簡単なように見えて、なかなか高度なテクニックね。一つのことに囚われていては出来ないことよ」

「ううむ、言わば店員は全員がポイントガードということか。大雑把なボクには難しそうだぞっ」

「いらっしゃいませとか、注文を受けるとか、そういうのだけじゃないんだな……」

「出来るかな……」


 わたしのレクチャーに、皆が少し難しい顔をしている。

 あー、やっぱりそうなっちゃうよね。わたしも藍沙先輩に教えてもらったときは、ちょっと難しく考えちゃったし。

 だから、この辺りも、藍沙先輩に教えてもらったとおりに、


「……とまあ、いろいろ難しそうに聞こえるけど、個人で全部を把握するのは確実に無理です。自分のわからない部分はチームの他の人に訊いたりしましょう。不測の事態が起こった場合はわたしや黒木さん、もしくは緋山先生に報告したりと、皆で協力しあってください。つきましては――」


 と、出来るだけ穏やかかつ明るい口調でレクチャーすると共に、黒板に接客班のシフトスケジュールを書いていく。

 シフトのチーム分けは大まかに六つ。三人編成で、出来るだけ仲のいい子達同士で。

 部活での出し物などがあって都合の悪い時間などがある子に関しては、その場でヒアリングして、他のチームと入れ替え、および時間の調整をしていって、と。


「おお、これなら行けそうだな」

「そういうことなら引き受けるぜ」

「助かるわ。この時間以外、けっこう微妙だったの」


 今、ここでレクチャーを受けている子、および黒木さんを始めとするエプロン作成をしている子達からも納得と了承を得られて、わたしはホッと一息。


「他に質問は?」


 最後の確認をしても、挙手がないから、この場に於いては無しと言うことで。


「じゃあ、チームに分かれて連携の取り方について話し合いをしてください。また、各自メニューの暗記も忘れずに。以上、解散」


 そうやって解散してから、わたしが自分のチーム編成――茶々様と桐やんに向き合うのだけど。


「……なんか、アカっち、すごいなっ」

「朱実、本当に一ヶ月しかバイトしてないの?」


 茶々様と桐やん、こちらを見て感嘆の息をこぼしていた。

 桐やんはいつも笑顔で変わらないんだけど、茶々様なんかは羨望と尊敬と、それ以外にも熱が混ざったような眼差しをしている。……あの、尊大な茶々様がここまでになるのは、初めてのような気がする。


「いや、その、これはバイト先で、藍沙先輩や店長、奥様に教えられているうちに、自然と分かってきた視点というか」

「それにしても、あそこまで人を動かせるのは見事ね。茶々が将来起業したときに、身内の贔屓ひいき目抜きでマネジメント職に欲しい人材よ。ゆくゆくは幹部を任せたいわね」

「ええっ……そうですかね?」

「アカっち、今からでもバスケ部入らないかっ!? ポイントガードとして天性のものを感じるんだ。技を鍛えたら将来名選手になると思うし、オリンピック選手だって夢じゃないぞっ!」

「そ、そこまでのものなの?」


 茶々様と桐やんがものすごく持ち上げてくるのに、わたし、身が縮こまる思いだよ。どんどん恥ずかしくなってきて、顔に熱を持って来ちゃう。

 でも、こうやって経験を重ねることで、将来、職につくときに何かしらの役に立ってくるのかな……。

 そう言う風に安定した職について、将来シロちゃんと暮らすときなんかも、シロちゃんに専業主婦をしてもらって……帰ったときは新妻エプロン姿で『おかえり』なんて言ってもらって……へへ、うへへへ……。


「桐子、あなたに朱実は渡さないわ。朱実は茶々のビジネスパートナーとして、共に覇道を歩むのよっ!」

「いーや、茶々様であろうと譲れないね。アカっちはボクと一緒に女子バスケ界に革命を起こして、世界のスーパースターになるのだっ!」


 と、将来のシロちゃんとのことなどをポワポワ夢想しているうちに、茶々様と桐やんは、何故かわたしとの将来について白熱していた。

 ……というか、これ、見ようによっては修羅場になってない? 大丈夫?


「あ、あの、茶々様も桐やんも、話が大きくなってない?」

「朱実、茶々は大真面目よ。茶々の夢には、あなたのことも必要よ」

「ボクも結構マジだぞ。アカっちのこの天性がどこまで行けるか見てみたいっ」

「えええぇぇ……」

「決めなさい、朱実。茶々と桐子、どっちを選ぶの?」

「今ここで決めるんだっ、アカっち!」

「決めろと言われても……」


 なんだかわたしの意思とは無関係に、選択しないと行けないらしい。

 いやまあ、わたしはわたしで将来何がやりたいっていうのはまだ見つかってないけど、だからと言って他の人に決められてしまうというのも、なんだか違う気がする。

 というか、そもそも今はクラスの出し物のチームミーティングであって、将来の夢の話ではないような?

 ……などといっても、この二人は納得しないと思う。二人とも我が強いので、この場に於いては、(仮)という形で選択しないと行けないらしい。

 ならば、茶々様と桐やん、どっちを取るかという話になるけど、



「茶々様かな」



 直感で、そうなった。


「な、なにぃぃぃぃっ! アカっち、ボクの何が行けなかったんだっ!?」


 この選択に、桐やん、わりと涙目で食い下がってきたのだけど、


「いやぁ、こういうのは悪いけど、わたしが本格的なバスケにあまり興味が向かなかったのと、現実的な将来を考えるなら茶々様かなって……」

「世知辛いっ! でも、アカっちのいうことも理解できるっ。ボクの歩もうとする道が修羅道と自分で分かっているだけに、無理強いは出来ないなっ」

「桐やん、修羅道と分かっていてわたしを誘っていたの……」

「いんや、たとえ修羅道でもボクとアカっちなら乗り越えられると思っていた部分もあったから、決して遊び半分で言ったわけじゃないぞっ。ただ、修羅道でいうなら、茶々様のいう道も結構大変そうだとは思うけどなっ」

「んー、茶々様とは幼い頃から付き合いが長いし、お互いの長所や短所も分かってると思うから、上手く協力しあっていけば乗り越えられるかもと直感で思ったんだよね」

「うぬぅ、付き合いの年輪の差でも負けたというわけか……。しょうがない、アカっちは茶々様と幸せになってくれっ」

「……桐やん、それ、なんだかものすごい誤解を生む発言だからね。そう思わないですか、茶々様……って、茶々様?」


 茶々様に話を向けてみても、返事がない。

 それどころか、先ほどから一言もしゃべっていないような?

 そう思って、わたしと桐やん、揃って茶々様を見るのだけども。


「……………………」


 茶々様、顔どころか耳まで真っ赤になって俯いていた。

 しかも、頭からは湯気が出てきそうな勢いだ。


「おおぅい、どうした茶々様っ!?」

「ちゃ、茶々様?」

「いや……その、朱実が本当に茶々を選んだというのが、その、なんというか……」

「え、それが、どうかしたんですか?」

「しかも、朱実に茶々と一緒に幸せになれっていうのは、それは、つまり……ごにょごにょ……」

「ん? ボクの言ったことが何か行けなかったか?」


 わたしと桐やん、揃って首を傾げるも、茶々様の回答は要領を得ない。

 熱に浮かされたかのように『あー』とか『うー』とか唸る茶々様に、わたし達がそろそろ心配になってきたところで、


「朱実っ」

「は、はいっ!?」


 何かを振り切ったかのように、こちらを見てわたしを呼んでくる茶々様に、わたしはものすごく驚いて肩を震わせて、改まった返事をしちゃった。


「朱実は、本当に将来、茶々と一緒に来てくれるの?」

「え……」


 ものすごく熱っぽい瞳で、茶々様が訊いてくる。

 それはつまり、茶々様が起業したときの、直々のスカウトしたいということだろうか?

 縁故採用はあまり上手くいかないとはお父さんから聴いたことはあるけど……さっき、茶々様がわたしに、何かを見いだしてくれたなら、


「茶々様がよければ、それも可能性の一つだと思ってます」

「――――」


 柔らかく笑って、今、わたしが思うことをそのまま伝えると。

 茶々様、驚きに目を見開いて、それから顔を赤くしたまま、またもや俯いて『~~~~~~』と数秒ほど悶絶した様子を見せてから、


「……あ、ありがと」


 それだけを伝えてきた。

 小さな声のわりには、とても嬉しそうだった。

 それくらい、茶々様はわたしを認めてくれているのかな。だとしたら、それはそれで嬉しいな。茶々様の夢を助ける、という道も良い気がする。

 あくまで可能性の一つとして、だけどね。


「…………そっかー、なるほどなぁ。こっちもこっちでわりと修羅道だぞ」


 と、わたしがいろんな可能性を思う傍ら、桐やんが腕組みをして何かを納得したようだった。

 いつもの明るさと相まって、今は少し複雑そうだ。珍しい。


「? どしたの、桐やん」

「……いんや、これはボクが何かを言うべきではないと思う」

「どういうこと?」

「ボクは見守るしかない、ということさっ」

「いや、だからどういうことっ!?」

「さて、脱線しちゃったけど、今はこのチームのミーティングをしようっ」

「話の持って行き方が大雑把すぎる!? 桐やんらしいと言えばらしいけどもっ」

「そうね、桐子の言うとおり、将来のことは何であれ今も大切にしなきゃ。朱実、何事も切り替えが大事よ」

「茶々様も乗っからないでっ!? わたしだけ、なんだか空気読んでない感じになってるんですけどっ!?」


 とまあ、これ以上は茶々様も桐やんも何も答えてくれなさそうだった。

 んー、先ほどの将来の可能性へのワクワクとうって変わって、なんだかモヤモヤするよ。

 ……でも、将来のことを話す時間はいっぱいあるけど、文化祭の出し物の話は時間が限られてるから、こっちを優先するしかないのかな。茶々様も桐やんも、それを思い出したのかも知れない。

 だから。

 文化祭が終わった後で、茶々様には改めて話を聞いてみようかな。

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