ACT83 これ、どういう状況?


「ん? おなつさんと……奈央さん?」


 ある日の放課後。

 今日は、いつも一緒にいる朱実が、夕刻から近場の親戚だけでお茶会をするとのことですぐに帰ってしまったのと。

 家の方では母が仕事休みで、自分の家事当番ではなかったのとで。

 今の真白は、総じて言えば結構暇だったので、放課後の校舎内をぶらぶらと散策していたのだが……そこで、友達である緑谷奈津と、最近転入してきた友達の付き人である紺本奈央が、連れだって校舎外れの空き教室に入っていったのが、遠目から見えた。


「……なんだか、珍しい組み合わせね」


 これまで、あまり接点がないように思えたが、今、真白が見た限りでは結構親しげな二人。

 いつの間に、あんなにも仲良くなったのかが、ちょっと気になる。あと、あの空き教室の中で、何をしているのかについても。

 ……ちょっと、覗いてみようかしら?

 そんな思いで、真白は、彼女達の入っていった空き教室の方に歩を進めて、引き戸に手をかけようとしたところ、


『――こういうのも、結構久しぶりですね』

『おおっ、良いですね奈央さんっ。実に良いっ。これは優勝ですなっ』


 中から、二人の声と……あと、ごそごそと衣擦れの音が聞こえてきたのに、真白はピクリと止まった。


『緑谷様、やけに興奮されておりますね』

『そうですか? いやぁ、生で見るのは初めてなもので』


 興奮? 生で見る? 中では、一体何が?

 真白、首を傾げるも、聞こえてくる会話と衣擦れの音は続く。


『いかがでしょうか? 変ではないでしょうか?』

『全然変じゃないですっ。しかも、その、お胸のお持ちのものも……ううむ、これまた戦力差が……!』

『そこまで見られるのも……中々に、照れの入る気持ちでございます』

『あ……いえ、その、失礼いたしました。決して、いかがわしい目で見ているわけではなくっ』


 なんだか、やけに和気藹々と……朱実風に言えば、キャッキャウフフみたいな雰囲気が伝わってくる。

 もしや、二人で隠れて逢い引き?

 先日、黄崎桐子と付き合っていると打ち明けてくれた奈津と、八葉茶々に誠心誠意を尽くしている奈央が? しかも、興奮するような何かをしている? あと、生で見るとは?

 いろんな要素がそろってるためか、真白、胸中が穏やかではない。


『ですが、緑谷様も大変良ろしい資質をお持ちのように見受けられます』

『え? じ、自分ですか?』

『幸い、用意は整っていることですし』

『そ、それはそうなんですけども……!』

『緑谷様も、一度、お召しのものをお脱ぎになってみては? 私がお手伝いしましょう』

『え、あ、いや、ちょいと待ってくださいっ。自分、心の準備というものが……!』

『大丈夫です。私に何もかもを委ねてくだされば、そこは楽園そのものですよ、ふふふ……』

『な、奈央さん? なんだか楽しそうじゃありません!?』


 いよいよ、雲行きが怪しくなってきた。

 これはどうする。立ち去るか、突入するか……と、真白は考えるものの、答えは既に決まっている。

 奈央はともかく、奈津が……万が一、恋人である桐子に隠れて不義理を働いていたという事実があるならば、友達としてそれを見過ごすことは出来ない。

 何を言うか決まっていないが、兎にも角にも、真白は目前の空き教室へ突入を――


『! 何者ですか?』


 仕掛けようとしたところ、中の奈央が気づいたらしい。

 一瞬で、気配……というより殺気が近づいてきたのが分かり、空き教室の戸がぴしゃりと開いた瞬間、


「…………え?」

「おや、乃木様?」


 果たして、戸の向こうには、学校の女子制服ではない服装の奈央が居た。

 女子制服でなければ、どのような服装か?

 内向きシャギーのショートヘアにフリルの付いた髪飾り、メリハリのある長身細身には黒の半袖ドレスにロングスカート、その上にフリルの付いた真っ白なエプロン。

 ……これは、朱実に貸してもらった漫画などで、見たことがある。


「奈央さん、どうしてメイド服?」

「……これにつきましては、少々事情がありまして」


 そう。

 今の奈央は、侍女服に身を包んでいた。何故か。

 何故か、と思うのに、結構……否、ものすごく似合っているのにはびっくりである。

 奈央自身、茶々に幼少から仕えていると聴いていたのだが、よもやここまでとは……。


「あれ、真白さん? どうしてここに?」

「おなつさん」


 と、ちょっと奈央の姿に目を奪われていたところ、奈津が声をかけてきた。

 こちらは、メイド服ではなく普通の女子制服姿であるのだが、手にはデジタルカメラを持っている。

 あと、空き教室のように見えて、室内には、ボロボロの衣服から豪奢なドレスまで様々な衣装が、所狭しとハンガーに掛けられてあったり、隅っこには大小様々な着ぐるみが二十着くらい鎮座していたりする。

 まるで、この部屋そのものがクローゼットであるかのようだ。


「……あたしは、帰ってもちょっと暇だから、校内散策だけど。おなつさん達のこれ、どういう状況? というか、ここってなに?」

「ええと、そうですねぇ。どこから説明すればよろしいものか……」

「私からよろしいでしょうか」


 と、メイド服の奈央が、背筋を伸ばして手を前に組んだ直立姿勢で、説明を買って出る。

 その姿でその仕草は、何から何まで様になってるのに、思わず、真白も聞く姿勢を取ってしまった。


「私、実は、緑谷様の描かれている漫画にとても感銘を受けまして」

「感銘? おなつさんの漫画で?」


 普段から、知り合いの先輩の指導の下、漫画を描いている奈津。

 その趣味を、奈央も知っていたのには、真白はちょっと驚きである。


「奈央さんが漫画読むのって、なんだか意外な気がするわね」

「こう見えて、私も一つ二つは娯楽を嗜ませていただいております。数ヶ月前までと違って、最近は少々時間もあることですし」

「ああ、なるほどね」

「?」


 事情を知らない奈津だけ首を傾げているが、そこはスルー。


「中でもティーンズの女性向けの漫画やキャラクター文芸などは、私にはとても嗜好が合っておりまして……ある日、ふと、緑谷様の作業中の原稿が私の目に留まったのです。これはまた、私にとっては衝撃的な出会いでした」

「そ、そこまで大袈裟に言っていただかなくても。自分、まだ修行中の身ですしっ」

「なんと! あの品質でまだ修行中とは。腕前が完成されれば、間違いなく賞を総ナメ。将来的に総発行部数五千万を超越することでしょう……!」

「規模が大きすぎる!? あ、いや、だから、そこまで褒められるには、自分、まだ自信がなくてですね……!」

「お、おう……?」


 普段は伏せている切れ長の瞳を、両方とも見開きながら興奮気味に話す奈央と、これまでにないほどの規模で褒め千切られて、赤面しつつ頭を抱える奈津。

 真白、なんだか置いてけぼりを食らっている気分なのだが……ともあれ、まずわかったことは、奈央が奈津の趣味で描いている漫画を、いたく気に入っているということだ。

 それはそれで、奈津の努力の成果が実っていて、喜ばしいということなのだろう。


「それで、どうして奈央さんはメイド服を? っていうか、この部屋って一体? すんごい衣装の数だけど」

「……これは自分が説明しましょう。この部屋は、演劇部がお使いになられてる衣装部屋でして」

「演劇部。……そう言えば、見たことがあるわね。月一で講演会もしてるし。かなり本格的だったような」

「はい。ここのガッコの演劇部は、界隈では結構有名でして。精力的な活動が認められて、この部屋一室まるまる演劇部の倉庫として使わせてもらってるとのことで」

「ほうほう」

「それで、演劇部の部長さんに許可を取って、自分達は、この部屋から衣装を少々お借りしていた次第なのですよ」

「へえ。これまた、何のために?」

「作画資料用に、私が様々な衣装を着用した作画モデルを写真に収められないか、と緑谷様から依頼されまして。名作のためならば、私も是非協力させていただきました。本日は茶々様も身内のお茶会であるが故に、早々にご帰宅されましたのもありますし」

「なるほど……」


 事情はわかった。

 と同時に、皆に隠れて逢い引きなどと、二人のことを当初少々疑った目で見てしまったのには、真白、こっそり反省である。

 普段は勘がよく当たってくれるのだが、今回は外れを引いてしまった。その辺については、もう少し思慮を巡らさねば。

 朱実と接しているときなんかも、まだ勘が外れることが多いし……というか、今頃、朱実、どうしているかなぁ……。


「真白さん? 遠い目をされて、どうされたんです?」

「ん、いや、なんでもないわ」


 っとと、隙あらば朱実のことを考えてしまった。

 奈津と奈央との会話中なので、ひとまず、当たり障りのない話題を真白は検索するも……検索するまでもなく、この部屋自体が、話題にはつきなさそうだ。


「それにしても、衣装、いっぱいあるわね。古いものから新しいものまで、なんでもござれだわ。お手入れも行き届いてるし」

「ええ。役者さんだけでなく、裏方さんも、腕利きの部員が集まるらしいですからね。衣装班の腕前が、衣装の綺麗さから伺えます」

「かなり本格的とお聞きしております。講演会もですが、十一月の文化祭が楽しみになりますね」

「ふうむ……ここまで揃ってると、なんだか、あたしも一着くらい、着てみたくなっちゃうわね」


 ポツリ、と真白が呟くことで。

 それを聞きつけた奈津が、かけている眼鏡をキラーンと煌めかせ、


「だったら、真白さんも手伝ってもらえます? 作画モデル」

「え?」


 ニンマリとした笑顔で、そんなことを提案してきた。

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