ACT63 公共の場ではお静かに?
「ううむ……」
冷房の効いた町立図書館内、広々とした空間の一角。
机に夏休みの宿題のテキストを広げつつ、真白はシャーペンを手にしているのだが……。
「シロちゃん、手、停まってるよ?」
「ん……そうね、ちょっと、気が乗らなくて」
どうにも、進捗がよろしくない。
朱実が合流してから、共に宿題を始めて既に一時間が経過しようとしているのに、進んだテキストのページ数は二ページにも満たず、真白にしては、ひどく集中力散漫な状態であった。
あの、バスケで桐子に勝ったとき(ACT12参照)や、草野球の助っ人でホームランを打ったとき(ACT53参照)に発揮した集中力とは、もはや雲泥の差だ。
それもこれも、先ほどの小森先輩とのやりとりが少なからず影響しているのだが……。
「……………………」
ダメだダメだ。
いくら、彼女のあの無防備攻めがとてつもなく破壊力満載だったからって、それで心が揺らいでしまうなどと。
しかも、朱実の前で。
あの温もり、あの匂い、あの空気、一切合切。
朱実にはなかったものだったとは言え、やはり朱実の魅力には……でも、あれは、あれでものすごく癒されるような……はっ!
違う。
違うのだ!
自分の中では、何事にも――
「シロちゃん、また手が――」
「何事にも、朱実が一番なのよっ!」
「停ま……って、なっ……!?」
ガタっと、勢いよく席を立ち、真白は自分に渇を入れ直す。
そうすることで、どうにか真白の中の心のざわざわが治まり、反転するかのように、ぐんぐん心のテンションが高まっていくかのように感じるが、
「……あれ?」
そこで、ふと気付く。
周囲、静かだった図書館内の雰囲気が、よりいっそうに静まりかえっており、しかも、ちらほらと居る館内の人達全員の視線が、こちらを向いている。
視線比率で言えば、困惑が五割、好奇心が三割、ナマ暖かさが二割と言ったところか。
「なっ……なっ……なっ……!?」
そして、約一名。
真白のすぐ隣――仁科朱実だけが、顔を真っ赤にして口をパクパクさせながらこちらを見ていたのに、一体、どうしたんだろうと思ったのだけど。
彼女がそうなってしまう時のこれまでのパターンと、先ほどの自分への渇入れを総合するに、
「ご、ごめん、朱実。さっきからずっと念じていたことが、ついつい口に出ちゃったみたい」
「さっきからずっと!? しかも、念じてたって……!?」
「いろいろ揺らいじゃったけど、朱実は可愛い、朱実は最高、朱実は一番、と自分の中で渇を入れ続けたら、どうにか集中を取り戻せたわ」
「ぃ……っ!?」
「これ、もうちょっとでコツをつかめそうなの。朱実を一番に想う気持ちで、桐やんに勝ったときのような、あの集中力の扉を自由自在に――」
「ストップ、ストーップ! シロちゃん、これ以上は自重して!?」
「あと一息なの。だから――!」
「そこのお二人」
と、わいのわいのやってきいたところで、かかってくる声。
静かで、爽やかな印象ながらも、存在感が非常に色濃いものだったのに、真白と朱実はビクッと肩を震わせて、そちらに振り向くと。
中肉中背、事務制服を身に纏い、声の通りに爽やかな印象の、四十絡みの真鍮眼鏡の似合うナイスミドル――この図書館では名物と言われている司書の男性が、こちらを見下ろしており、
「――図書館では、静かにお願いいたします」
ズン、と。
爽やかな外見とは裏腹に、妙に圧のかかった笑顔で警告をしてきたのに、
『…………はい』
と、ついつい、真白と朱実は竦み上がったまま、返事をするしかなかった。
その後、司書さんからはそういう仕草がないと分かりつつも、とても注視されていたような気がするので、真白は静かに無難に宿題をこなしたのだが。
……この感覚、どこかで味わったような気がするのは、気のせいだろうか?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
あー、なんだか、とても妙なプレッシャー下で宿題をしたような気がするよ。
いやまあ、シロちゃんが変なテンションになってたのが原因と言えば原因なんだけど。あとで、わたしからもシロちゃんに注意しとかなきゃ。
……いつでも一番、と言ってくれて、ちょっと嬉しかったのは秘密。
それはともかく。
なんとかシロちゃんの分の宿題も最低限の目標を達成して、続きはまた今度にしようということで、帰る流れになったんだけど。
わたし、一冊、借りたい本があるんだよね。
で、現在、本の貸出カウンターにいるのが、例の司書さんなんだけど……うーん、さっきのこともあって、なんだか話しかけづらい……。
「本をお借りですか?」
と、まごついてたところで、司書さんの方から声がかかってきたのに、わたし、ちょっとピクリとなる。
……ええい、ままよ。
「えっと、この本、お願いします」
「はい。こちらのカードにご記入を」
特に、つつがなく受付が終了した。
拍子抜け、と言うわけではないけど、あの一瞬感じたプレッシャーは尋常でなかっただけに、何事もなければそれはそれで力が抜けるような――
「次の当館のご利用時は、もう少し静粛にお願いしますね」
「うっ」
思った矢先に、爽やかな笑顔で釘を刺されてしまった。
これにはわたし、息が詰まる心地だったんだけど、
「ですが、あなた達のあの仲睦まじさについては、私個人としましては大変微笑ましく感じております」
「え?」
「つきましては、こちらを」
「?」
と、司書さんが、貸し出しの本と共に渡してきたのは、一枚の小冊子。
首を傾げながらも、ついつい気になって、わたしはその小冊子を開くと、果たしてそこに載っていた内容は――
市内の、プライダルホテルの案内書だった。
「――――!?」
「そこで、私の旧友がプランナーをしております。――式を決めるときは、彼を頼るとよろしいでしょう」
「な、な、な、な……!?」
「お幸せに」
そういって、司書さんの男性は爽やかな笑顔を絶やさぬまま、カウンターから去っていく。
その際、制服の胸にある名札に『拝島』と書かれていたのが見えて、何か結びつくものを感じたんだけど、今のわたしは、それどころではなかった。
「朱実? どうしたの?」
図書館の入り口で待っていたシロちゃんが、固まってるわたしに声をかけてきたんだけど。
もちろん、これを見せるわけにはいかない。
「だ、大丈夫、問題ない」
「なんかもらったの? なにそれ?」
「いや、その、そんなに大それたものでは……あるけど、シロちゃんは、そこまで気にしなくて、いいもの、だよ?」
「そこまで言われると、逆に気になるわね。見せて見せて?」
「だ、ダメ、これは見せられない……!」
「ゑー、いいじゃん」
「絶対にダメ。……時期が来るまで」
「時期?」
「な、なんでもないっ!」
とまあ、何とか隠し通せたんだけど。
どうしよう、これ?
……とりあえず、家に帰ったら、大事にしまっておこう。
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