ACT47.35 二人が、これからしたいことは?


「ところで、今夜、わたくしの娘が美白さんのお家にお邪魔するとのことですが」


 二十四年前のお別れのアレコレはやんわりと和解したところで、朱莉は、愛すべき一人娘のことに話題を移す。


「そうなのっ。そちらの朱実ちゃんとは、もう一度お話したかったのよねっ、ふふふ」

「……美白さん。あまり、ウチの朱実に不穏当なことはしないでくださいましね」

「なによー、朱莉先輩。アタシがそんなキャラに見えるっ?」

「ええ。学生時代、コクったのはわたくしからなのですが、アレの時はもう美白さんから躊躇なくでしたので」

「そうだっけ? そうだったかな? んー、思い出してみると……ふ、ふふふ、うふふふふふっ」

「振っておいて何ですが、そこまで深く思い出さなくて良いですのよ?」


 ふにゃけた笑いを浮かべる美白を眺めつつ、朱莉は一息。

 若さ故の何とやら、と言われそうなものだが。それでも、そうしたことに後悔はなく、朱莉にとってむしろ大切な思い出でもある。

 ……美白みたいに、積極的に思い出すのは赤面ものなので、それはそれとして。


「それにしても先輩っ。ウチの真白ちゃんとそちらの朱実ちゃん、まさか親子二代でいい仲になっちゃうとは。すんごい偶然よねっ」

「ええ、そうですね。ただ、美白さんとのメールのやり取りで真白さんのことは聞かされてましたし、この町で朱実が高校に通うと決まってからは、わたくし、何となくそうなるような予感はしていましたの」


 高校入学初日の娘が、嬉しそうに聞かせてくれたこと。


 ――早速、一人、仲良く出来そうな友達が出来た。


 その友達の名を聞いたとき、朱莉は驚くと共に、奇妙なほどに納得していた。

 ああ、やっぱり、と。

 過去の自分達だけでなく、現在の娘達も、こうやって引き合ったのは、偶然なのか、運命なのか。


「ま、二人とも順調に仲良くなっちゃってるみたいだしね。むしろ、真白ちゃんの最近の話しぶりからするに、もうくっついてるでしょ、あれ」

「ええ。当人達は隠しているようですが。朱実も、すっかり色が付いてきたと言いますか、雰囲気でわかりますわ」

「そうだねー。……それで、さ、先輩」


 と、美白、いつものテンションとは一転、少々神妙な様子でこちらを見てくる。

 ……朱莉は、そんな彼女の言いたいことを、何となく理解した。


 自分達みたいに、どんな形であれ。



 いずれ、二人は、お別れすることにならないか?



 もし、そうなって、娘達が傷つくことになったら――

 

「大丈夫ですわよ」


 朱莉とて、その想像をしなかったわけではない。

 でも。

 それでも。

 美白に対して、朱莉はいつも通り、にっこりと微笑んで見せた。


「わたくしと違って、あの子は誰かに仕える身ではありませんし、それに――」

「? それに?」



「何があっても、わたくしは朱実の想う幸せを守ると決めてますから」



 昔、彼女に対して何も言わずにお別れしたことへの、罪滅ぼし。

 それもある。

 子供を育てるという母の義務。

 それもある。

 でも。

 何よりも、今、仁科朱莉がやりたいことは――娘の朱実の笑顔を、優しく見守ることである。


「美白さんも、そう決めてるのでしょう?」

「……もちろんっ。真白ちゃんの幸せのためだったら、アタシは何肌でも脱いじゃうっ」

「いい心がけですわ。ただ、学生時代にやったみたいに、物理的に脱ぐのはやめてくださいましね」

「うぬぅっ。せ、先輩ったら、忘れかけていた黒歴史をっ」

「ふふふ」


 いつものテンションに戻る美白。

 ひとしきり笑い合ってから、彼女は、どこか安堵したかのように朱莉のことを見てきて、


「先輩」

「なんです、美白さん」

「…………ありがとね」

「……はい」


 既に腹は決まっているけど。

 それでも、不安になる時だってある。

 朱莉とて、それは同じこと。

 でも、


「朱莉先輩、一杯どう? ママ特権で奢っちゃうっ」

「まだ昼間ですわよ」

「いいじゃんいいじゃん。一杯だけっ。大人になったら先輩とこうしてみたいって、昔何度も思ってたんだからっ」

「……しょうがないですわね、では、少しだけ」

「やたっ。朱莉先輩のこういうちゃんと受け入れてくれるところ、昔から大好きっ」

「わたくしも、美白さんのこういう押しの強いところは、年上ながら憧れてますわ」

 

 その時、その瞬間。

 支えられる、支えてくれる、仲間がいれば。


 ――あの子達だけでなく、わたくし達もきっと、大丈夫ですわねっ。


 強く、強くそう思えた。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 午後七時。

 今日は早めにお店を若い子達に任せて、アタシは家路についていた。

 夏の夜はとっても暑いけど、アタシの胸の内はポカポカと温かい。


 久しぶりの先輩との語らい、楽しかったなぁ。


 いろいろあったし、すべてがすべて元通りというわけでもないけど。

 やっぱり、先輩に会えて嬉しかったし。

 ――彼が居なくなってから、真白ちゃんの幸せを守ると決めたアタシにとっては、心強い仲間が増えたようにも思える。 


 今のアタシに、怖いものは何もないっ。

 何処までも行けそうな気がするっ。


 そんな思いだからこそ、アタシの足取りは実に軽やか。

 早く家に帰ろう。

 家では、愛する娘が、夕飯を作って待っている。それもまた、実に楽しみだ。


「ただいま~」


 楽しみを抱えたまま歩いていると、あっという間に家に到着。

 玄関の戸を開けたところ、


「おかえり、お母さん」

「えっと、おかえりなさい、美白さん」


 出迎えたのは、我が娘の真白ちゃんと、その友達で朱莉先輩の娘の朱実ちゃん。

 それだけだったら、よかったんだけど。


 ――二人とも、部屋着の上に、お揃いのエプロンを纏った姿の出迎えだったのに。



「…………ぐはぁっ!?」



 あまりの可愛らしさに、アタシ、尊死とうとしである。

『お、お母さん!?』『うっわ、美白さん、た、魂抜けてる!?』と娘二人の驚く声が聞こえたけど、それにも構わず、天にも昇る気持ちとはこういうものなのかしら……などと感じるアタシであった。


 いやー、怖いものは何もないとさっき思ってたけど、怖いものあったわー。

 この二人の可愛らしさは、正に兵器よ、兵器っ……!

 

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